嘘つき同期ドクターの不埒な純愛ラプソディ。【改稿版】

羽村 美海

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#9 純愛ラプソディ。

#1

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 いつものように職場である光石総合病院に出勤してすぐ、親戚のおじさんである院長に内線一本で院長室まで呼びつけられてしまった私が窪塚の話を聞かされたのは、樹先生が学会での発表を無事に終えた翌日のことだった。

 なんでも窪塚は、連日の忙しさに加えて、学会前日の大雨にも打たれたことで、どうやら風邪をひいてしまったらしく、昨夜の深夜から高熱を出して珍しくダウンしてしまっているらしい。

 確かに、これまで体調不良で欠勤なんてしたこと一度もなかったと思うし、医大生の頃だって、窪塚が風邪くらいのことで寝込んでしまうなんてこと、一度としてなかったような気がする。

 以前、部屋に泊まったときだって、豆乳とプロテインくらいしかなかったし。

 ひとりで大丈夫なのかなって心配にもなってくる。

 けれど父と対峙した窪塚が私の意見なんて無視して、勝手に約束を取り付けてしまったあの日から、私は、もの凄く落ち込んだし、もの凄く怒ってもいた。

 そして導き出した結論はこうだ。

 窪塚が私のことを本当に好きだったとしても、あんな約束であっさり引き下がるくらいの、それくらいの気持ちでしかないんだ。

 だから、あれから職場では何度か顔だって合わせているのに、ちょっと私がシカトしたくらいで、話どころか、挨拶もしてこなかったし。

 ーーほらね。やっぱりそれくらいの想いでしかないんだ。

 そりゃ、そうだよね。元々は、画像で脅してセフレにしたくらいの存在だったんだもん。

 一夜の過ちがきっかけで、たまたま関係を持った私との身体の相性が頗る良かったことと、恋愛ごとに疎くて、セックスとかそういうことにも不慣れな私のことが物珍しくて、ちょっと興味が湧いたくらいのものだったに違いない。

 そうじゃなきゃ、いくらお見合いを回避するためとはいえ、あんなに簡単に約束なんかする訳がない。

 ーー本当に私のことが好きだったら、私の気持ちを一番に尊重してくれるはずだ。

 この二週間というもの、そう結論づけていた私は、知らぬ間に募りに募っていた窪塚への想いをなんとか吹っ切ろうと躍起になっていたのだった。

 けれど、寝ても醒めても、窪塚のことばかり考えてしまう。

 一向に吹っ切れる兆しがなかったものだから、途方に暮れていたのだ。

 それなのに……。

 ここ最近では、医大の同期であり元彼でもある藤堂から突然連絡があって、逢ってみれば、窪塚との交際をお祝いされちゃったり。

 彩には、ことあるごとに、樹先生経由で知り得た窪塚の情報を逐一聞かされてしまったり。

 窪塚の独断で、依然、表向きには付き合っていることにされてしまっているし。

 これに関しては、前みたくビッチなんて呼ばれないように気遣ってくれているだけなのだろう。 

 窪塚からすれば、画像で脅してセフレにした私に対しての、罪滅ぼし的なものに違いない。

 けどそのお陰で、窪塚の気持ちが真剣なものだと思い違いしてしまっているおじさんからも、今みたいにこうして窪塚のことで呼び出されちゃうしで。

 もう本当に散々だった。

 でも、一番厄介なのは、私が以前みたいにビッチなんて呼ばれたりしないように、表向きにはカレカノであろうとしてくれているくらいには、私のことを大事に想ってくれているのかな。なんていうことを期待してしまっている自分自身だ。

 その証拠に、頭ではいくらおじさんに頼まれても、突っぱねてやろうと思うのに……。

「はっ!? なんで私が窪塚のお見舞いなんか行かなきゃいけないのよッ! ただの風邪なんでしょ? 絶対に嫌だからッ!」

「確かに、隼も圭先生も、鈴ちゃんの意見無視して約束なんかしてって、怒るのも無理ないと思うよ? でもさぁ、そんなに怒らなくてもいいんじゃないのかなぁ? だってあの場合はさぁ、父親である隼の手前、約束せざるを得なかった訳だし。なにより、鈴ちゃんのためだったんだしさぁ」

「……そんなこと……わかってるわよ。わかってるけど……。兎に角、逢いたくないって言ったら逢いたくないのっ! 皆好き勝手言って、ホント勝手なんだからっ! フンッ!」

「……そっかぁ。そんなに嫌って言うならしょうがないかぁ。けど、困ったなぁ。圭先生、ここんところずいぶんと疲れてたみたいでさぁ。高熱出して倒れてたりしてないかって心配なんだよなぁ」

「ちょっと熱が出たくらいで、大袈裟なんだからッ! フンッ!」

「否、それが大袈裟じゃないんだなぁ。電話受けた医療秘書の話だと、死にそうな声で電話かけてきて、通話が途中で途絶えちゃったなんて言うからさぁ。もう心配で心配で。おじさんにとってはさぁ、医大の頃からお世話になってる先輩の息子さんだし、何かあったら顔向けできないんだよねぇ。いやぁ、本当に困った困った」

「……だったらおじさんが行けば?」

「……行きたいのはやまやまなんだけど。おじさん、この通り院長だから忙しくてさぁ。参ったなぁ、とっても心配だなぁ。こうしてる間にも、倒れてたりしてないといいんだけど」

「……わ、わかったわよ。行けばいいんでしょ? 行けばッ! けど、ちょっと様子見てくるだけだから。ホントにそれだけだからねッ!」

 結局は、こうやって、おじさんの大袈裟でわざとらしい小芝居にまんまと不安を煽られて、窪塚の様子を見に行っちゃうんだから、本当にどうしようもない。
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