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あの夜の続きを
⑧
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そう理解していながら、奏の口からそれを聞きだそうだなんて、何て酷い女なのだろう。
(――ううん、違う)
いくら想いを告げる覚悟がないからって、想いを秘めたまま奏の優しさに縋ってしまった時点で、酷い女確定だ。
奏への仕打ちにようやく気づいた穂乃香は、悔い嘆くことしかできないでいた。
そんな穂乃香の思考に、奏の穏やかなバリトンボイスが割り込んでくる。
「穂乃香は俺が好みの匂いに惹かれているだけだと思っているんだろうが、そうじゃない」
(――……え?)
「はじめは、可憐な容姿と魅力的なスタイルでありながら、それを隠す穂乃香に、誰にも特殊な嗅覚のことを曝け出せずにいた自分とが重なって、親近感のようなものが湧いたのかもしれない」
(そ、そうだったんだ)
「だがあの夜、穂乃香と過ごす中で、本当は弱くて脆くて誰かに甘えたいのに、自分を曝け出すのが怖くて、それを必死で隠そうとしているからなんだと気づいた。そしたら穂乃香のことが愛おしくて、どうしようもなくて。この手でとろとろに甘やかしたいと思ったんだ。そんなこと初めてで自分でも驚いたよ」
思いがけない言葉の数々に、罪悪感に苛まれていた穂乃香の心が温かなもので満たされてゆく。
「けど、酒に酔ってあの男の名前を泣きながら口にする穂乃香を見ていたら、つけいるような真似はできなかった。素面に戻った穂乃香を傷つけてしまいそうで……怖くなったんだ」
(――じゃぁ、あの夜は何もなかったってこと?)
「目が覚めて、穂乃香の姿がないことに気づいた時には、猛烈に後悔したよ。穂乃香に交際を申し込むつもりでいたからな。この歳になって初めて、誰かを好きになるってことが理屈じゃないんだって、思い知らされたよ」
(――こんなにも私のことを……)
最後に照れくさそうに自嘲じみた声音を切なげに響かせた奏からの独白に、穂乃香の魂が強く揺さぶられる。
そこに、ネタばらしをしてきた奏の言葉によって、穂乃香の心情などすべてお見通しだったことが窺える。
「穂乃香の覚悟が決まるまで待つつもりだったのに、俺もまだまだだな。けど、ようやく受け入れてくれたんだ。どんなに卑怯だと言われようが穂乃香の心を手に入れるためなら手段なんて選ばない。それだけ穂乃香に惚れてるってこと、しっかり自覚しておくように」
穂乃香の心を少しでも軽くしようとしてくれたからに違いない。
穂乃香を思いやる優しさと、穂乃香のことを何としてでも振り向かせたい、という熱烈な想いと、打算までもがチラチラと見え隠れする。
そうまでして穂乃香の心を手に入れようとしてくれている。
気づけば、この上ないほどに歓喜している自分がいて、呆れにも似た感情が湧き上がってくる。
けれどもそれ以上に奏の優しさが穂乃香の心にじわじわと染み渡ってゆく。
(――包み隠さず何もかもを曝け出してくれるこの人のことなら、信じられる気がする)
まだ信じ切る覚悟は持てないけれど……そうなりたい。
これまで頑なだった穂乃香の心にそんな想いが芽生えていた。
そこに飄々とした奏のバリトンボイスが奏でられた。
「で、どうなんだ? 呼ぶ気になってくれたか?」
意識を向けると、奏の期待に満ちた顔が輝いていて、たちまち穂乃香は魅入られてしまう。
「……へ?」
間の抜けた声を返した穂乃香に、奏は意地の悪い笑みを深めてゆく。
嫌な予感を覚えた穂乃香とは対照的に、身体は期待するかのようにゾクゾクと粟立ちはじめる。
(――ううん、違う)
いくら想いを告げる覚悟がないからって、想いを秘めたまま奏の優しさに縋ってしまった時点で、酷い女確定だ。
奏への仕打ちにようやく気づいた穂乃香は、悔い嘆くことしかできないでいた。
そんな穂乃香の思考に、奏の穏やかなバリトンボイスが割り込んでくる。
「穂乃香は俺が好みの匂いに惹かれているだけだと思っているんだろうが、そうじゃない」
(――……え?)
「はじめは、可憐な容姿と魅力的なスタイルでありながら、それを隠す穂乃香に、誰にも特殊な嗅覚のことを曝け出せずにいた自分とが重なって、親近感のようなものが湧いたのかもしれない」
(そ、そうだったんだ)
「だがあの夜、穂乃香と過ごす中で、本当は弱くて脆くて誰かに甘えたいのに、自分を曝け出すのが怖くて、それを必死で隠そうとしているからなんだと気づいた。そしたら穂乃香のことが愛おしくて、どうしようもなくて。この手でとろとろに甘やかしたいと思ったんだ。そんなこと初めてで自分でも驚いたよ」
思いがけない言葉の数々に、罪悪感に苛まれていた穂乃香の心が温かなもので満たされてゆく。
「けど、酒に酔ってあの男の名前を泣きながら口にする穂乃香を見ていたら、つけいるような真似はできなかった。素面に戻った穂乃香を傷つけてしまいそうで……怖くなったんだ」
(――じゃぁ、あの夜は何もなかったってこと?)
「目が覚めて、穂乃香の姿がないことに気づいた時には、猛烈に後悔したよ。穂乃香に交際を申し込むつもりでいたからな。この歳になって初めて、誰かを好きになるってことが理屈じゃないんだって、思い知らされたよ」
(――こんなにも私のことを……)
最後に照れくさそうに自嘲じみた声音を切なげに響かせた奏からの独白に、穂乃香の魂が強く揺さぶられる。
そこに、ネタばらしをしてきた奏の言葉によって、穂乃香の心情などすべてお見通しだったことが窺える。
「穂乃香の覚悟が決まるまで待つつもりだったのに、俺もまだまだだな。けど、ようやく受け入れてくれたんだ。どんなに卑怯だと言われようが穂乃香の心を手に入れるためなら手段なんて選ばない。それだけ穂乃香に惚れてるってこと、しっかり自覚しておくように」
穂乃香の心を少しでも軽くしようとしてくれたからに違いない。
穂乃香を思いやる優しさと、穂乃香のことを何としてでも振り向かせたい、という熱烈な想いと、打算までもがチラチラと見え隠れする。
そうまでして穂乃香の心を手に入れようとしてくれている。
気づけば、この上ないほどに歓喜している自分がいて、呆れにも似た感情が湧き上がってくる。
けれどもそれ以上に奏の優しさが穂乃香の心にじわじわと染み渡ってゆく。
(――包み隠さず何もかもを曝け出してくれるこの人のことなら、信じられる気がする)
まだ信じ切る覚悟は持てないけれど……そうなりたい。
これまで頑なだった穂乃香の心にそんな想いが芽生えていた。
そこに飄々とした奏のバリトンボイスが奏でられた。
「で、どうなんだ? 呼ぶ気になってくれたか?」
意識を向けると、奏の期待に満ちた顔が輝いていて、たちまち穂乃香は魅入られてしまう。
「……へ?」
間の抜けた声を返した穂乃香に、奏は意地の悪い笑みを深めてゆく。
嫌な予感を覚えた穂乃香とは対照的に、身体は期待するかのようにゾクゾクと粟立ちはじめる。
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