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深まる疑惑

#10

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三ヶ月ぶりに訪れた、閑静な高級住宅街の一等地にある神宮寺家の立派な和風庭園の、美しい曲線が描かれた白砂と、趣《おもむき》のある池を眺めつつ。


鹿威しの風流な音色と涼やかな水の奏でる音色とが微かに響くなか、豪華絢爛な欄間《らんま》彫刻がふんだんに施された、だだっ広い和室で要さんと共に待っていると。


「お待たせしちゃってごめんなさいね~」


と軽やかに言いながら、襖を開けて登場した『YAMATO』の社長であり、要さんのお母さんでもある麗子さん。


因みに、『YAMATO』の専務であり要さんの弟の隼さんは、所用があって少し遅れて来るらしい。


麗子さんは、さすが要さんのお母さんだけあって、なんとも綺麗なお顔立ちに上品さと華やかさまで加わった、とても五十代なんて思えないほどの美魔女さんだった。


一応独身でもあるんだし、相当おもてになるに違いないから、フランス人の恋人が一人や二人いたってなんら不思議じゃない。


今日はもしかすると、フランス人の恋人も居るのかもと、ちょっとだけワクワクしていたのだけれど、いらっしゃらないようだ。


それはさておき、麗子さんは挨拶もそこそこに、隣の要さんとは反対側の私のすぐ隣までくると。


そのまま私の膝に自分の膝を寄せあうようにして、腰を落ち着けたかと思えば。


私の膝上にあった手を、白魚のような白くて綺麗にネイルの施された自身の両の手で、優しく包み込むようにして引き寄せて、


「やっとお会いできて嬉しいわぁ。要の母親の麗子です。よろしくね」


そう言って、引き寄せた私の手もそのままに、綺麗なお顔で上品に微笑みかけられ、ウインクまでお見舞いされてしまい。


「こ、こちらこそ、お会いできて光栄です。綾瀬美菜と申します。よ、よろしくお願いいたしますっ」


あっけにとられた私がポカンとしつつも、なんとか言葉を返せば……。



「まぁ、まぁ。そんな堅苦しい挨拶はなしにしましょう。こんなに緊張しちゃって。可愛らしいわ。若い頃の自分を見ているようで、懐かしいわぁ」


と、相変わらず私の手を包み込んだままで、なにやら懐かしそうに遠くを見つめておられる麗子さん。


そこへすかさず、


「母さん。寝言はそれぐらいにして、美菜が困惑してるから解放してやってほしいんだけれど」


酷く呆れた表情の要さんのこれまた酷く呆れたような声が割り込んできたけれど。


そこは、さすがは要さんのお母さん。


要さんの声にもなんら怯むことなく、難なくかわして、


「……んもうっ、要ったら、相変わらず親に対して失礼なんだからぁ……。息子なんて可愛かったのは小さい子供の時分だけねぇ」
「すみませんね。誰かさんのお陰で、毎日仕事にばかり追われてるせいで、心にゆとりがないもんで」
「あら、誰のことかしら?
それにしても、両親が言ってた通り、可愛らしいお嬢さんだこと。ねぇ、美菜さん、今度は要抜きでゆっくり母娘水入らずで温泉にでも行きましょうよ?」
「……え、あぁ、はい」
「はっ!?行かせないし」
「あら、やだ。蚊でも入ってきたのかしらぁ? 耳障りだわぁ……」
「……」
「……」


なんて、どこまでもマイペースに話が進められていく。


その光景を目の当たりにした私が、あの要さんを黙らせるなんてさすがだなぁ、なんて、変なところで感心してしまったほどだ。


そんな感じで、なんとか無事に要さんのお母さんとの初のご対面を果たすことができ。


それからほどなくして、要さんの祖父母である虎太郎さんと雅さんも加わって。


とんとん拍子に話は進み、結婚にまで及んだ結果、おばあちゃんのこともあるため、年が明けて春頃がいいんじゃないかということになった。


昨日までは、どうなることかと案じていたのだけれど、要さんのお母さんがとっても気さくな方で、私は肩の力を抜いて、終始和やかムードで過ごすことができた。



そんなこんなで、結婚に向けての話も一通り済んだところで、昼食のために用意された和洋折衷の豪華なお料理の数々が広い卓上にところ狭しと並べられて。


いつしか宴会ムードになっていたのだった。


お酒好きだという虎太郎さんに、お酌していた筈の要さんは、


「要、めでたい席なんだからもっと呑みなさい!」


虎太郎さんにそう言われ、持ってた冷酒の入ったガラス容器を取り上げられて。


さっきからご機嫌な虎太郎さんによって、お猪口ではなくグラスに並々と注がれた冷酒を煽らされている要さん。


そんな要さんの顔はほんのりどころか、もうすっかり紅く色づいてしまっていて。


「いや、いや、もう充分呑んでるから」


口調はいつもと変わらないようだけれど……。

なんだか目もとろんとしていて、いつにも増して色っぽく見える要さんは、どうやらずいぶんと酔っぱらっているご様子だ。


私も、雅さんや麗子さんと一緒に、美味しいご馳走に舌鼓を打ちつつ、少々お酒もいただいたりして、楽しいお喋りに花を咲かせていた。


そんな時、襖の向こうから、突然、


「ずいぶん遅くなってしまいすみません。隼です」


要さんの弟である隼さんらしき男性の、要さんに負けず劣らずのよく通る低めの声が聞こえてきて。


「おー、隼か。いいから入りなさい」


虎太郎さんのその声に促され、開け放たれた襖の向こうから現れた隼さんと、その隣に現れたある人物の姿に、私の穏やかだった鼓動は、途端に嫌な音をたて始めた。

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