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揺らめく心と核心~前編~
#9
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夏目さんが腰を下ろしてからしばらくの間、すぐに始まるだろうと思っていた検査結果の説明は一向に始まる気配がなく。
どういうわけだか、ドラマか何かで見聞きしたような、まるでお見合いの場で交わされるようなやりとりが、私の目の前で繰り広げられていた。
……といっても、夏目さんに向けての、女医さんからの一方的な質問が主なのだけれど。
さすがの夏目さんも、要さんの親族が経営している病院の関係者に対して、あのインテリ銀縁メガネ仕様の冷たい対応をするわけにもいかないのだろう。
しょうがないので、夏目さんに助け舟を出してあげようと……。
女医さんにとってきっと空気のような存在になっているだろう私が、コホンなんて軽く咳払いなんかしたりして、
「……あのう、そろそろ検査結果の説明のほうを」
遠慮気味にそう言って言葉をふってみたところ。
”助かった”という、なんとも分かりやすすぎる表情をして、両肩をストンと落とし、ホッと胸を撫でおろしている夏目さん。
夏目さんにしては珍しく、ずいぶんとお疲れのご様子だ。
その真向かいで、
「あっ、いっけないっ、そうだったわぁ。私ったら……どうもすみません。これだから、来月には三十路になるっていうのに、小百合姉さんに”まだまだ半人前”なんて言われるんだわぁ」
綺麗な顔を破顔させて謝罪し、可愛いテヘペロを披露してすぐに、サラッと気になる名前を放つと、手元の検査結果の書類に視線をやって、ペラペラと捲りはじめた女医さん。
来月で三十路だなんて、とてもじゃないけど、見えないんですけど! って、確かにそうだけど、いやいや、そうじゃなくって。
……確か、譲さんの奥さんの名前が小百合さんだったはず。
もしかして、この女医さんって、譲さんの義理の妹さんなのかな?
きっとおバカな私のことだから、そんなことを考えていた所為で、女医さんのことを穴が開くほどの不躾な視線でマジマジと見つめてしまっていたのだろう。
案の定、いつのまにやら私の方に向き直っていたらしい女医さんから、
「……あのう、どうかされましたか? もし具合が悪くなったのでしたら、遠慮なくおっしゃってくださいね? 採血でもフェリチンの値が少し低く、貧血気味のようですし。眩暈もあったようなので」
なんて、さり気なく検査結果を口にしつつ、とっても心配そうな声をかけられてしまっていたのだった。
「あっ、いえ、今はもう大丈夫です」
不躾な視線を向けてしまってた気まずさから、慌ててそう返して、意味なくハハハと笑って誤魔化すことしかできない、おバカ丸出しの私だったのだけれど……。
「だったらいいのですが……。妊娠超初期や初期から悪阻が酷くて食事ができず、点滴をしないと、充分な栄養が摂れない方もいらっしゃいます。病気ではないからと言って、あまり無理はなさらないでくださいね?」
「……は、はいっ!そうしますっ!」
さっきまで、可愛いテヘペロを披露していた人と同一人物だとは思えないくらいの真面目な表情に切り替えて、これまた真面目な口調で、お医者様のような(実際お医者様なのだから当たり前なんだけれど……)お言葉を返されてしまった私は、ベッドの上で起き上がり、姿勢をただして、元気よく返事を返した。
その直後。
それは、私の頭が女医さんに返された言葉を反芻している途中のことだった。
『フェリチン』だの『貧血』だの、これまで何度か耳にしたことのあったいくつもの単語を拾い上げて頭の中で並べていると、『妊娠超初期や初期』、『悪阻』まできたところで、私の思考はものの見事に緊急停止してしまったのは。
そんな状態に陥ってしまってる私を尻目に、女医さんと夏目さんの間では、
「ふふっ、元気で可愛いらしいお母さんになりそうですねぇ?」
「――えっ!?あぁ、はい、そうですねぇ、ハハハ」
なんて言葉が交わされていたようだったけれど、当然のことながらそんな言葉は、私の頭には一言たりとも届いちゃいなかった。
どういうわけだか、ドラマか何かで見聞きしたような、まるでお見合いの場で交わされるようなやりとりが、私の目の前で繰り広げられていた。
……といっても、夏目さんに向けての、女医さんからの一方的な質問が主なのだけれど。
さすがの夏目さんも、要さんの親族が経営している病院の関係者に対して、あのインテリ銀縁メガネ仕様の冷たい対応をするわけにもいかないのだろう。
しょうがないので、夏目さんに助け舟を出してあげようと……。
女医さんにとってきっと空気のような存在になっているだろう私が、コホンなんて軽く咳払いなんかしたりして、
「……あのう、そろそろ検査結果の説明のほうを」
遠慮気味にそう言って言葉をふってみたところ。
”助かった”という、なんとも分かりやすすぎる表情をして、両肩をストンと落とし、ホッと胸を撫でおろしている夏目さん。
夏目さんにしては珍しく、ずいぶんとお疲れのご様子だ。
その真向かいで、
「あっ、いっけないっ、そうだったわぁ。私ったら……どうもすみません。これだから、来月には三十路になるっていうのに、小百合姉さんに”まだまだ半人前”なんて言われるんだわぁ」
綺麗な顔を破顔させて謝罪し、可愛いテヘペロを披露してすぐに、サラッと気になる名前を放つと、手元の検査結果の書類に視線をやって、ペラペラと捲りはじめた女医さん。
来月で三十路だなんて、とてもじゃないけど、見えないんですけど! って、確かにそうだけど、いやいや、そうじゃなくって。
……確か、譲さんの奥さんの名前が小百合さんだったはず。
もしかして、この女医さんって、譲さんの義理の妹さんなのかな?
きっとおバカな私のことだから、そんなことを考えていた所為で、女医さんのことを穴が開くほどの不躾な視線でマジマジと見つめてしまっていたのだろう。
案の定、いつのまにやら私の方に向き直っていたらしい女医さんから、
「……あのう、どうかされましたか? もし具合が悪くなったのでしたら、遠慮なくおっしゃってくださいね? 採血でもフェリチンの値が少し低く、貧血気味のようですし。眩暈もあったようなので」
なんて、さり気なく検査結果を口にしつつ、とっても心配そうな声をかけられてしまっていたのだった。
「あっ、いえ、今はもう大丈夫です」
不躾な視線を向けてしまってた気まずさから、慌ててそう返して、意味なくハハハと笑って誤魔化すことしかできない、おバカ丸出しの私だったのだけれど……。
「だったらいいのですが……。妊娠超初期や初期から悪阻が酷くて食事ができず、点滴をしないと、充分な栄養が摂れない方もいらっしゃいます。病気ではないからと言って、あまり無理はなさらないでくださいね?」
「……は、はいっ!そうしますっ!」
さっきまで、可愛いテヘペロを披露していた人と同一人物だとは思えないくらいの真面目な表情に切り替えて、これまた真面目な口調で、お医者様のような(実際お医者様なのだから当たり前なんだけれど……)お言葉を返されてしまった私は、ベッドの上で起き上がり、姿勢をただして、元気よく返事を返した。
その直後。
それは、私の頭が女医さんに返された言葉を反芻している途中のことだった。
『フェリチン』だの『貧血』だの、これまで何度か耳にしたことのあったいくつもの単語を拾い上げて頭の中で並べていると、『妊娠超初期や初期』、『悪阻』まできたところで、私の思考はものの見事に緊急停止してしまったのは。
そんな状態に陥ってしまってる私を尻目に、女医さんと夏目さんの間では、
「ふふっ、元気で可愛いらしいお母さんになりそうですねぇ?」
「――えっ!?あぁ、はい、そうですねぇ、ハハハ」
なんて言葉が交わされていたようだったけれど、当然のことながらそんな言葉は、私の頭には一言たりとも届いちゃいなかった。
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