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◆番外編◆ それぞれの未来へ
#21
しおりを挟むその日は会食もなく、要さんは珍しく早く帰宅した。
けれど仕事で何かあったのか、酷く疲れた表情をしていて、「ただいま」の声にも元気がないような気がして。
ずっと忙しくしてたから疲れちゃったのか、と思っているところに、夏目さんの明るい声が聞こえてきた。
「美菜ちゃん、ちょっと書斎にお邪魔するけどお気遣いなく」
これまでも時折、仕事のことなどでゴタゴタがあったときなどには、こんな風に夏目さんが要さんの書斎で仕事の打ち合わせをすることがあった。
……でも、なんだか違う気がして。
気にはなりながらも、玄関ホールで出迎えたふたりに続いて廊下を進み、リビングの手前でふたりは書斎へ行き。夕飯の準備の途中だった私はキッチンへと舞い戻った。
それから一時間ぐらい過ぎた頃、休憩がてら軽い食事でもと、食べやすいおにぎりと野菜たっぷりのスープを持って書斎へと向かい。
私が書斎のドアをノックしようとしたのと、
「特定の恋人も作らないし、見合いだって断ってばっかだったのに、いきなり秘書室でド派手な告白して、今度は同棲始めたかと思った途端、隠し子発覚なんて、まったく吃驚させられるよなぁ」
夏目さんがえらく感心したように声を放ったのが同じタイミングで。
内容からして隼さんのことを言っているんだとすぐに察した私は、あまりのショックに一瞬眼前が真っ白になりかけるも、真っ先に高梨さんのことが浮かんで、気づいたときにはドアを開け放ち、
「か、隠し子発覚って、一体どういうことですかッ!?」
書斎の中央に置かれた応接セットで向かい合って話していたふたりに向けて、大きな声でそう問いかけていたのだった。
事の経緯を聞いたところ。
神宮寺家とは昔から付き合いがあるらしい日本最古の百貨店として知られる鳳凰堂デパート。
そこのご令嬢で、パリコレでファッションモデルをしているという円城寺さやかさんがどうやら隼さんの子供を内密に出産し海外で育てているらしく。
そのことをマスコミに嗅ぎつかれそうなので、これを機に婚姻して責任をとって欲しいとの申し入れが、今日顧問弁護士より、社長である要さんにあったというのだ。
それをここで、要さんと夏目さんが、祖父母や母親に知られる前に、なんとか早期に解決をはかろうとあれこれと相談していたと言うことらしい。
そしていつぞやのように、私にははっきりとは言わないけれど、さっきの夏目さんの口ぶりからして、おそらく。
隼さんのことを、やれ、『不誠実だ』、『だらしない』、『無責任だ』などと言っていたに違いない。
そのことを裏付けるように、
『明日にでも隼を呼びつけて、ご令嬢との婚姻を進めなきゃならない。出産が近づいているというのに、しばらく忙しくなりそうだ。すまない』
と迷惑そうに言いながら、最後に私に向けて申し訳なさそうに謝ってきた要さん。
聞いているうちに、あまりにも隼さんのことが不憫に思えてきて。
だって、お正月に会ったときに、『欠陥品の僕に結婚なんてできる訳ないのに』って、思い詰めたように呟いていた人が、そんな不誠実なことをするようには、とても思えなかったのだ。
なにより、恋人である高梨さんのことを想うとーー胸が締め付けられるようで、痛くて痛くてどうしようもない。
高梨さんは正義感が強くて、口調がきつかったりして、私だって最初は怖い人なのかも。なんて、勝手な先入観を持ってしまっていたけど。
私が自分の陰口を聞いて嫌な思いをしていた時には、私以上に怒ってくれたし、味方にもなってくれた。
ーーそんな高梨さんが好きになって、同棲までしている隼さんが、そんなことをする人であるはずがない。
だって隼さんは、要さんの元カノのことで、いくら『YAMATO』を守ろうとしたとは言え、私に嫌な想いをさせてしまったことを悔やんで、何度も頭を下げてくれていた。
今だってそうだ。
そのことが今も気になるのか、義理の妹である私のことを色々気にかけてくれていて、会えば必ずプレゼントを用意してくれていたり。
料理が苦手な私にも、簡単に失敗なく作れるレシピを時折メッセージアプリで送ってもくれている。
ーーそんな隼さんがいい加減な人であるはずがない。
私だって、もしも要さんにあらぬ疑惑がかけられて、周りに非難されたとしても、私だけは要さんのことを信じてあげたいと想う。
ーー隼さんにとってたったひとりの兄である要さんにも、そうであって欲しい。
「要さんも夏目さんも、いい加減にしてくださいッ!」
「み、美菜ッ!? 急にどうしたんだ? そんなに怒って。あんまり興奮したら身体に障るだろう?」
「そうだよ、美菜ちゃん。ちょっと落ち着こうか? ね?」
隼さんのことを説明してくれている要さんと夏目さんのあんまりな言い草に、だんだん腹立たしくなってきて、大きな怒声を放った私は、すっかり興奮してしまっていた。
おそらく妊娠しているせいだろう。
要さんと隣り合っていたソファから突然立ち上がって、鼻息荒く強い口調で言い放った私のことを慌てたふたりが宥めようとしているけれど、そんなの無視して。
「特に要さんッ! 要さんはもうすぐお父さんになるのに、そんなことでどうするんですかッ! たったひとりの弟のことを信じてあげないなんて、あんまりですッ! 最低ですッ! そんなんで、この子のお父さんになんてなれる訳ないッ!」
興奮しきりで冷静さを欠いた私は、今は克服しているものの、EDになるほど繊細で、ヘタレなところのある要さんに対して、強烈な言葉をお見舞いしてしまっていた。
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