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第壱部 神に『魔人』と畏れられし教皇

第伍章 慈悲深き罰

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『しかし貴様らも少しは自分達の崇める神を敬えよ? 早朝、いきなり余の寝所に現れて叩き起こすや、腹に血糊を仕込んだ晒しを巻くわ、記者が使うような速記で書かれた台本を寄越して、覚えておけと抜かすわ、まだ着替えも終わらぬ内にベンツに押し込んで拉致するわ、ソレが神に対する仕打ちか?』

「しゃーねぇだろ。子供を犯さねぇと次の日の晩には鼻血が出るような奴がナオの機転で誘拐に失敗したンだ。早く始末をつけなきゃ何をするか分からねぇと思ったンだよ」

 クシモの苦言をミーケはあっさり斬り捨てる。
 それが二人の信頼関係のなせる業なのか、単に己が神をぞんざいに扱っているだけなのか、トロイには判断がつかなかった。

『余の裸を見た信徒が魅了され性欲が暴走したら何とする?』

「アンタの身の周りに鏡は無ェのか? 人を魅了したかったらケツと二の腕のセルライトを何とかしろ、ボケ! あと三メートル以上近づくな、鮮度の落ちた烏賊と腐ったチーズの臭いがするンだよ!」

 あんまりと云えばあんまりな言葉に呆然とするトロイに枢機卿は、いつもの事よ、気にするな、と笑った。
 余談だが、クシモの名誉の為に云わせて貰えばミーケの云っている事は事実無根である。
 天地魔界に比類するもの無しと謳われる程の美貌を持ち主であり、その肢体の悩ましさたるや人は云うに及ばす、魔王や神々すら虜にするほどだ。
 しかし今のクシモに取って愛すべきはミーケただ一人であり、常にあわよくば彼を物にしようと目論んでいる。
 ただ残念ながらミーケにその気は無く、ついでに云えば、男は勿論、女からすらも求められるクシモの美貌もミーケからすれば“好み”ではないのだ。
 他者が見ると蠱惑的で堪らないという微笑みだが、どうもミーケからすれば“人を小莫迦にしたような薄ら笑い”に見えて腹が立つらしい。
 それ故かミーケにクシモの誘惑は有効ではなく、仮に夜這いなど仕出かそうものなら長年磨き上げてきた三池流制圧術か魔女ユーム乃至母アルウェン仕込みの魔法で迎撃されるのが常である。
 そしてクシモ御付きの侍女達は彼女を回収するたびに戦慄するのだ、ミーケの手によって無力化・・・されたクシモの無惨な姿を見せつけられて。

「あのような姿にされて封印もされなければ死にもしない我らが神が凄いのか、あのような目に遭わせておきながら決して命を奪う事は無い叔父貴が恐ろしいのか。相手を殺す事なく屈服させて捕らえる三池流制圧術・宗家の面目躍如と云ったところかの」

 クシモがどんな目に遭ったのかは分からないが、きっと勇者アルウェンと戦った時より酷い事になっていたのだろうと想像せずにはおれない。
 ミーケとはつい今し方会ったばかりだが、何故かそう感じたトロイだった。

「話を戻そう。応接間にクシモの姐さんをスタンバイさせるとワシはトロイ、お前さんを呼びにやった。後はお主の知る通りよ」

 そこでトロイは三池組の存在を虚実を織り交ぜて知らされる。

「ではクシモ様が『淫魔王』から地母神へと変わられたくだりは……」

『いや、あれはあれで腹の立つ話でな。この男、余の配下に加わる際に抜かしおったわ。“色魔の三下じゃ世間体が悪いからせめて地母神の信者にしろ”とな。しかも“地母神として使えるか試してやるから手始めに家の裏手にある畑を耕して来い”とも云いおったわ』

 その場にいた全員が固まった。
 トロイもそうだが枢機卿や神崎、浮き世離れしたおシンですら呆れてミーケを見る。
 当のミーケは臆するどころか平然と煙管に刻み煙草を詰めている始末である。

「叔父貴……その話は初めて聞いたぞ。アンタ、どこの世界に豊穣を司る神その人に畑を耕せという信者がおるのだ」

「ソレ、お袋にも云われたぜ。でもな? ウチの『淫魔王ボス』はお袋と親父に負かされて四半世紀以上封印されていたンだぞ? 復活したとしてまた魔王に復帰出来ると思うか? 普通、後継者か何かが台頭してきてボスの座に収まってるモンだと思うだろ? 仮にテメェの国に帰れたとしてだ。居場所がなくて辺境に押し込まれて捨て扶持で飼われる可能性もあったろうよ?」

 そんなのに仕えるのはゴメンだ、と教皇は盛大に煙を吐き出してから云った。

「だったら地母神オヤジ担いで新しい組織作ってのし上がった方が面白ェじゃねぇか。折角地母神やってた実績があるンだ。現世利益を武器にすりゃ、おはようからおやすみまで暮らしを見つめるだけの星神教の神を相手にしても勝ちの目はあんだろ?」

 ケケケと笑うミーケに三池組の幹部衆は呆れると同時に、その剛胆さに感服もした。

「つーか、何度も脱線してンじゃねぇよ。でよ、俺はトラのスマホを通じて頃合いを見計らって礼拝堂にカチコミをかけた。そうすりゃ瀕死のオヤジを逃がす為にテメェも否応無く地下に逃げるしかねぇ」

「スマホって……」

「使えるぜ? 魔界の大魔王にして月と魔を司る神『月の大神』ってのが居るンだが、そいつが大の新し物好きでよ。莫迦みてぇに無駄、あ、いや、絶大な魔力でこの世界は勿論、魔界や地球にまでネットが繋がるようにしちまいやがったのよ」

「だ、大魔王……『月の大神』……」

「これ以上、脱線する気はねぇぞ。兎に角、若手の神官の活躍は良かったな。身を呈して参拝客を逃がし、尚且つ多対一の状況を作りながら三池組の組員を数人やっつけやがった。あいつらは将来物になろうよ」

 教皇は若い神官達の頑張りを褒め称える。
 しかし急に不機嫌に顔を歪めた。

「けどよ、あの司祭はなんだ? オロオロと逃げ惑うわ、参拝客を護ってた神官に“そんなのは良いから私を護れ”と喚くわ、見ていてむかついたンだけどよ」

「ああ、年功序列で司祭になったという男だな。ワシも司祭にして良いものかと司教
から相談されておったが、そうか、やはりその程度の奴であったか」

「ったく、参拝客が俺の用意したエキストラだったから良かったものの本物だったら大恥掻いてたところだよ。しかも対テロを想定した抜き打ちの演習だって種を明かした途端に腰を抜かして泣き喚くわ、漏らすわ、垂らすわ、エラい騒ぎだったぜ」

「では降格か除名にでもするかの?」

「いいや、ただ放逐するのも問題ありそうだ。ま、しばらくは俺が実家の道場で直々に鍛え直してやるよ」

 クシモと幹部衆が憐れむように合掌するのでトロイは、ああ司祭さまはこれから地獄を見るんだな、と我が身の状況を忘れて同情した。
 それにしても、あの襲撃が自分を追い立てるだけでなく、司祭さまや神官を鍛える演習を兼ねていたのかと、そのそつの無さにただ感心させられた。

「次に出番が回ってきたのが私です。トロイ君がどれほどのチート能力を持っているのか、どれだけ前世の記憶が残っているのかを探るのが役目でした」

 神崎が慇懃に一礼をする。
 先程はガタイが大きく見えたが、今はスラリと痩せた長身の貴公子然としており涼しげな雰囲気を纏っている。
 訝しむトロイの様子を察したのか神崎はニコリと笑って種明かしをした。

「先程は我が社が開発したパワードスーツを着込んでいたので大きく見えたのでしょう。恥ずかしながら私は頭ばかりで戦闘はからきしでしてね。どんなチートを持っているか分からない敵を前にして生身で立つ度胸はありません」

「あの時は逃げて正解だったぞ。何せあのスーツの中にはテーザーガンやらグレネードランチャーやら50ミリ機関砲やら仕込まれておったからの。下手をすれば蜂の巣どころか死体も残っとらん」

「50ミリって対人の装備じゃないですよね?! 無痛ガンだって7.62ミリですよ?!」

 どんなチート能力を得たところで耐えられるものではない。
 枢機卿の云う通り戦わなくて良かったと心底思うトロイであった。

『こやつはミーケの親友だった男の孫だ。察しろ』

「あ、はい」

 神崎の祖父もミーケと馬が合うくらいなのだから尋常ならざる仁なのだろう。
 遠くを見つめるクシモから察するにかなりの苦労をかけられたに違いない。
 他の魔王達に何度頭を下げに行ったかなぁと呟くクシモの背中はかなり煤けていた。

「福澤遼太郎は共に罪を償うと云ってくれた御両親を殺してお金を奪うような男でした。なので伝承だけならトロイ君も知っている『最後の種族間戦争』を脚色してオヤジがアルウェン女史を殺したというシナリオを追加したら君がどう反応を示すか見てみたかったのです」

『あの時、貴様が見せた義憤は演技ではなかったようだな。だが、首の折れた老婆の人形を見た反応で前世の記憶が蘇りつつある事も理解した』

 全てはトロイを追い詰める為の芝居だったのだ。
 トロイを慕う子供達を傷つけないが為に、チート能力を持つ危険な転生者を確実に葬る為に彼らはここまでやるのである。

 シャラン。

「そしてやっとやつがれの出番が回ってきたワケでさ。この目眩のおシンのね」

 錫杖の輪を鳴らしながら黒衣の少女、否、少年が進み出た。

「おシンの錫杖は怖ェぞ。こいつが一度ひとたびシャランと鳴らせば、どんな大店おおたなの金庫でも開き、顔を見た奴らの頭ン中からおシンの顔が綺麗さっぱり消えるときた。変装、演技も得意でな。またの名を百化けのおシンという」

 子供達の幻影もあのおぞましいペットボトルも全てがおシンの作りだした幻だったのだ。
 今も尚ブーツ以外は裸でいるのだけは現実であるようだが、出来ればそれも幻であって欲しかった。

「どんなに胆の太い奴でも裸にしちまえば逃げるに逃げられないでしょうよ。それに裸にされた羞恥や不安、心細さから口も割らせやすいですしね」

「況してやテメェは子供達を犯し、嬲り殺しにしているからな。自分がやった事をやられるかも知れねぇって心理も働いて効果はバツグンだろ?」

 実際、トロイはすっかり縮み上がっている股間を手で隠しながら正座をしている。
 彼らからはトロイを拷問にかけようとする気配は感じられないが、自分が子供達にしてきた事を思えばそうされても文句は云えないと考えているのは確かだ。

「神崎の旦那に子供を模した人形を拵えて頂いたのは目眩しの下準備の為でさ。まあ、何もない所でも幻を作れるは作れやすがやはり素体があった方がやりやすいんでやすよ」

 おシンは猫背となり、顔を突き出すようにトロイへと近づける。

「あの人形達、実は福澤に殺された子供達の顔がモデルなんでやすよ。貴方様はそれに見覚えがあった。事実、福澤の太腿には千枚通しで逆襲された痕があったそうでやすよ。つまりは貴方様の中の福澤が完全に蘇った瞬間だ」

「た、確かに僕はその後、恐怖に駆られて逃げ惑いました。得手勝手な理屈を叫びながら世を呪い、如何にしてこの窮地から脱するかを考えながら走り続けたのです」

 しかし今の自分はどうだろうか。
 先程、福澤遼太郎の煮え滾る汚物のようなドス黒い感情に身を任せていたのに、今の自分は最早逃げる気も起こらず、彼らからの制裁を待ち望んですらいる。あれだけ世を呪い、生き汚く逃げ回っていたのにだ。

「順を追って説明してやるよ」

 教皇が神官見習いの前に出てしゃがんだ。
 その際、これ以上は控えよ、と煙管を取り上げようとしたクシモの額に殴り付けるようにして火皿を押し付けている。
 痛みと熱で額を抑えてのたうつクシモを見てトロイのこめかみにデフォルメされた汗が浮かんだ。

「酒は俺にとってのガソリン、ニコチンは知恵の泉だっつったろ、ボケ!!」

「よ、宜しいのですか?」

「神を崇拝する心持ちが敬虔なら問題無ェよ。現に餓鬼の頃、毎日祈っただけで封印が解けたんだから効果はあるンだろうよ」

『うう……毎日毎日、“守り神さま”と余に祈りを捧げてくれたあの純粋で可愛かった月弥はどこへ……』

 さめざめと泣く顔面にペットボトルを投げつけられた挙げ句に、鬱陶しいと睨らまれるクシモがなんだか憐れに思えてきた。

「あと月弥じゃねぇよ。三池だ、三池」

「叔父貴、もう七十年も昔の話であろう。そろそろ許してやれい」

 どういう事かと問うトロイに枢機卿は答えた。

「叔父貴が幼い頃、山の中で迷子になった事があったそうでな。その時、念話で叔父貴を封印されていた自分の所へ導き、同時にアルウェン婆にも念話を送って迎えにこさせて事無きを得た事があったそうでな」

「アルウェン婆……あ、そうか。教皇さまの甥御さまなら枢機卿さまはアルウェン様のご令孫に当たるのか。あ、いや、それなら地母神さまは恩人ならぬ恩神じゃないですか」

「そこには恩を感じているよ。けど後がいけねぇよ。“守り神さま”と懐いた俺に有ろう事か、“我は人々から忘れられた哀しき神。礼がしたいと云うのであれば毎朝毎夕祈りを捧げ、我を慰めておくれ”といけしゃあしゃあと抜かしやがってな」

『ミーケの祈りは素晴らしかったぞ。日ごとに力が回復し、一年経つ頃には分身や使い魔を作りだし活動できるようになっていたからな』

「当時の俺は阿呆の極みでな。雨晒しじゃ可愛そうだと社を作ってやったり、綺麗に掃除してやったり、供物もくれてやったっけなぁ」

 ミーケはジロリとクシモを睨む。
 クシモは罰が悪そうにしているが、それを枢機卿がかばった。

「騙されて折角両親が封印した魔王を復活させてしまった悔しさは分かるがいつまでも怨むことはあるまい? 復活してからの我らが神は叔父貴に尽くしてきたではないか。地母神をやれと云われれば他の魔王との折り合いがしゅうなろうとも神となったであろう。これだけ滅私の心で叔父貴に償っておるのに未だ許さずは如何なものか? 叔父貴、これ以上は男を下げるまいぞ」

「いや、トラよ。お前、勘違いも甚だしいぞ。俺が騙されたのもオヤジを復活させちまったのも何とも思っちゃいねぇよ、当時は腹立たしくあったけどな」

「では何故クシモの姐さんに冷たく当たる?」

「あのな、魔界には『月の大神』を中心にそれを守護する九柱の魔王がいるのは知ってるだろ?」

「うむ、九本の尾を持つ狼という『月の大神』の姿に因んで『一頭九尾ナインテール』と呼ばれておるな」

「その『一頭九尾』がよ、どういうワケか俺の事を構い倒すんだよ」

『ミーケは可愛いからな。しかも魔王達を前にしても物怖じせずプレゼンも完璧、魔界全体を商売で繋いで豊かにした功績は誰にも真似はできぬ。その上、強い者がこれ即ち偉いという単純にして崇高なルールを尊重する魔界にあってミーケの強さは群を抜いておる。つまり魔王達からすれば放っておく理由がないのだよ』

 エヘンと胸を張るクシモにミーケは苦虫を噛み潰したような顔になった。

「張っ倒すぞ、テメェ。でだ、例えば俺がコイツを旅行に連れて行ったとするだろ? するとどこから聞き付けてきやがったのか、“クシモばかり狡い。余も連れて行け”と騒ぎ出すンだよ」

『考えてもみよ。王なんてものをやっているとプライベートなど無いに等しい。少々出掛けるだけで御付きやら護衛やらをゾロゾロと引き連れねばならぬ。先触れを出し、場所によっては規制をかけねばならん。旅を愉しむどころではないわ』

「だからって何で俺が魔王連中の面倒見なくちゃいけねぇンだよ? しかもこないだ『騎士王』と『盗賊王』を連れて温泉に行ったら、『騎士王』の側近共に、“清廉なる我が君を有ろう事か盗賊の守護者である『盗賊王』と相部屋にするとは何事か”って云われたンだぜ? なんで少ない休日削って旅行に連れて行ってやって文句云われンだって話よ」

 冷たくしているばかりかと思えば一緒に旅行に行く事はしているらしい。
 しかもねだられるままに他の魔王達も旅行に連れて行き面倒を見ている事から、言葉では何だかんだと云いながら仲は良いのだろう。

「するてぇと三池のオヤジがクシモの姐さんに優しくしないのは、姐さんに何かしてやると『一頭九尾』の御歴々が羨ましがってオヤジにねだってくるからだと?」

 おシンの問いにミーケは忌々しげに頷いた。

『ミーケの企画する旅行は面白いからな。山海の珍味に舌鼓を打ち、その地ならではの酒に酔い、素晴らしい景色に心を奪われ、人々と触れ合い、童心に帰ってアクティビティを思いきり楽しむ。雁字搦めの生活を送る魔王達にとって最高のガス抜き、癒やしなのだよ』

「かといってしょっちゅう連れてけって云われても困るし、それで内政が手につかないようじゃ本末転倒だ。だから俺は条件を出したンだよ。一つ“口喧嘩程度なら仲裁するが旅行先で人様に迷惑をかけるようなら二度と旅行には連れていかない”、二つ“領民を苦しめる愚王とは縁を切る”、三つ“民衆の幸福度を見て旅行に連れて行く優先度を決める”ってな」

「なるほど上手い事、考えやしたね。この条件なら旅行を円滑にする為に魔王同士で仲良くしようとするだろうし、民衆を幸せにしようと努力するようになるでしょうよ」

 トロイは思案する。
 これ、罷り間違ってミーケを斃してしまったら『一頭九尾』と呼ばれる十柱の魔王達に刻み殺される事になるのでは?
 今の自分では逆立ちしても傷一つつけられないだろう事は分かっているが、想像してしまって背筋を震わせた。

『殺しはせぬよ。ただ尻から糧を食し口から排泄するように内臓の位置を変えてやるだけだ。その上で千年の寿命と無限の再生能力をくれてやろう』

 クシモの壮絶な笑みを見せつけられてトロイは息を飲んだ。
 ミーケに弄られている姿を見てつい忘れていたが、彼女はかつて百年以上前に世界を滅ぼしかけた程の強大な魔王なのだ。
 その力は未だ健在、否、ミーケの祈りと信徒の信仰によってより強くなっているに違いない。
 トロイは思考を読まれていた事も相俟って恐怖に駆られて平伏した。

「からかうな。折角特殊清掃員まで雇って綺麗にしたのに失禁でもされたら敵わん。異世界への出張費用、口止め料上乗せでいくら払ったと思ってンだ?」

「三池流門下生であることを差し引いても、否、門下生だからこそ奮発するのが叔父貴だからな」

 云われて気付いたが、確かに見覚えのある部屋だ。
 偶然にもこの部屋に逃げ込んだのか、おシンの幻に誘導されたか、或いは子供達に呼ばれたのかも知れない。
 トロイはその資格は無いと思いつつも、両手を合わせて自分が殺してしまった子供達の冥福を祈らずにはおれなかった。

「さて、随分と脱線しちまったが今のテメェの状況を教えてやる」

「は、はい、お願いします」

 ミーケがトロイに向き直ると、彼は居住まいを正した。

「テメェが信の字からの幻術を受けて気絶している間にお前の魂を二つに分割した」

「た、魂を分割?!」

「おうよ。今回の元凶が星神教のクソ女神である事もあってか、上位の神々も協力的でな。その力を借りてお前さん、即ちトロイと福澤遼太郎の二つに魂を分けたのよ」

 だから今のお前の心はドス黒い感情が薄れているはずだ、と教皇は云う。
 トロイは自分の胸に手を触れる。確かにあの人の持つ悪意を濃縮したかのような吐き気を催すほどの醜悪な感情は無くなっていた。
 しかし、同時に文字通り半身を失ったかのよな喪失感も覚えていた。それでいて福澤遼太郎の人生の記憶もまだ残っていたのだ。

「まあ、神さん達が魂をどのように分けたかは知らんが、少なくとも福澤の持つ邪悪さや変態的性癖は二度とお前の中には現れねぇはずだぜ」

 教皇ミーケがトロイの肩に手を乗せてぐっと顔を近づける。

「つまり再びテメェが悪事を働いた時はテメェ自身が邪悪に染まったって事だ。そこンとこは、善く胆に銘じておけよ?」

 三池組・組長の三白眼に凄まれてトロイは十秒たっぷりかけて漸く掠れた声を振り絞って「はい」と答えた。
 数多くの勇者を屠ってきた歴戦の剣客に睨まれて返事が出来るだけ大したものだ、と老枢機卿はトロイを褒めたものだ。

『おいおい、そなたが脅してどうする。見よ、かわいそうに随分と縮こまって、まるで萎びておるようではないか』

「見たくもねぇやい。でよ、分離した福澤の方は星神教の神の手によってきっちり地獄に送られていったぜ。“もう一回、転生させろ”だの“トロイそいつは何故、地獄行きじゃないんだ”だのうるさかったが、降格して地獄の獄卒になった元クソ女神共々地獄へと引き摺られていったよ」

 さりげなく密かなコンプレックスを抱いていた部分を太腿で挟んで隠しながらトロイは最大の疑問を口にした。

「あの、福澤が地獄に落ちたのは分かったのですが、何故、ボクはまだここにいるのでしょうか?」

「まあ、疑問に思うわな。ただ地獄に落とすならわざわざお前と福澤を分離させる必要は無ェ。けどお前の事を許したワケでも無ェぜ」

「そなたはな、これから償いの旅に出るのじゃよ。長い長い旅にのぅ」

「償いの旅……」

「今回の事件に限らず子供というのは命を落としやすい。病気、怪我、災害、飢餓、戦争、暴力、数え上げたらキリがありませんが幼児の死亡率はかなり高い。だから七歳になって初めて社会の一員と認められるのです。“七歳までは神のうち”とは善く云ったものですよね」

 神崎がトロイの前に服を置く。
 ミーケに顎で促されて着てみると、それは慈母豊穣会公式の巡礼衣装だった。

「お前はこれから幼くして死んだ子供達の霊を慰める旅に出ろ。福澤やお前の犠牲者だけじゃない。事故や病気、飢えで死んだ者。この世に生まれることが出来なかった水子。それだけじゃねぇ、理不尽な暴力に苦しんでいる命も救え。親がいない子、亡くした子を保護しろ。それがお前に課す罰と心得ろ」

「各地にある慈母豊穣会の教会に行けば宿泊、路銀の補充、保護した子供達の引き受け、諸々協力を受けられるように手配してあります。莫迦正直に贖罪の旅と称しては風当たりも強いでしょうからオヤジから特務を受けて巡礼をしているという事にしておきましたので君も含んでおいて下さい」

 神崎の言葉にトロイは居心地の悪い心境になる。
 確かにありがたい話ではあるのだが、その厚情を受ける資格が自分にあるのかどうか……

「勘違いするな。慈母豊穣会の支援は飽くまで子供達の保護、供養の為だ。その責務の担い手に早々と野垂れ死にされたとあっちゃあ困るンだよ。それにこの任務はお前の償いだと云ったろ? さっさとくたばって楽になられちゃ罪もすすげめぇ」

「そなたに渡した杖はそのまま使え。ワシの杖を持つという事はそのまま枢機卿ワシのお墨付きを得ておるという事よ。それに罪人扱いの男が救出にきたところで保護される側も素直には応じまい。含んでおけとはそういう意味でもある」

「ありがとうございます。ボクが手にかけてしまった子供達の魂の安息の為、この御恩に報いる為、生涯をかけて償いを致します!!」

 トロイは万感の想いを込めて教皇達に向かって頭を下げたのだった。
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