物語のようにはいかない

わらびもち

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甘くない朝

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「疲れた……。それに喉も痛い……」

 怒涛の初夜が明け、満身創痍となった私はベッドから起き上がれなかった。

「レイチェル様……無理をさせてすみませんでした」

 寝起きも美しい夫はぐったりとする私を見てバツが悪そうにしていた。
 自分が妻をそんな風にさせたことを喜ぶでもなく、どちらかといえばやり過ぎてしまったことを後悔しているような顔。

 私は彼のそんな顔を見て「おや?」と疑問を覚えた。
 
「今日は一日ゆっくり休んでください。貴女の分の仕事も僕の方でやっておきますので。それと湯浴みや着替えが必要でしょうから侍女に声をかけておきます。」

「あ、はい……ありがとうございます……」

 そそくさと着替えを済ませた彼はそれだけ伝えるとさっさと寝室から出てしまった。初夜を迎えた妻相手にその素っ気ない態度は如何なものかと思う。

(なんだかなあ…………。もうちょっとこう、頭を撫でるとかして労わってほしかったわ……)

 前世で初体験をした時の相手はもっと事後の対応が優しかったと覚えている。 
 せっかくの初夜明けなのだからもう少しリヒャルトと一緒にいたかった。

 それでなくとも貴族の風習では初夜を含めた数日は夫婦で共に過ごすものなのに、さっさと仕事に行ってしまうというのは蔑ろにされているみたいで悲しい。

「いや……先にあちらを蔑ろにしたのはレイチェルだし、文句を言える立場じゃないわね」

 なにせ一年も夫を放置した身だ。彼の態度に不満を漏らす資格はない。
 だが……どうにも惨めな気持ちが胸の中を占める。
 昨夜の幸福な気持ちなんてどこかに行ってしまった。

 いまだぼんやりとする頭でそんなことを考えていると、マーサを含めた侍女数人がやってきた。

「まあまあ、お嬢様。昨夜は無事お済みになられたようで誠にようございました」

 よほど私とリヒャルトの仲が改善されたことが嬉しいのか満面の笑みを浮かべるマーサ。私はそれに苦笑いで答えた。

「それにしても……旦那様もこの日くらいはお嬢様のお傍でお過ごしになられたらよろしいですのに……」

 湯で私のべたついた体を清めてくれながらマーサがポツリと呟いた。
 だが、すぐに失言だと思い「出過ぎたことを申しました……」と口を噤む。

(マーサもそう思うってことは……やっぱり今朝のリヒャルトの態度はちょっと……)

 この国の貴族の常識に当て嵌めると、リヒャルトの今朝の行動はマナー違反に値する。
 まず、初夜を迎えた男性は翌朝部屋の中で妻と共に朝食をとり、その日一日はそこで夫婦共に過ごすというのが一般的な慣習だ。これは政略で結ばれたにしろ恋愛で結ばれたにしろ変わらない。

 それを放棄したことでレイチェルはリヒャルトに軽く扱われていると使用人達に知らしめたようなもの。レイチェルが当主なのでそれをされたところで使用人から軽んじられることはないが、これで嫁いだ身であれば女主人としての立場はなくなる。

 確かに先に初夜を放棄するというマナー違反を犯したのはこちらだ。
 だから……これは彼のレイチェルへの当てつけなのだろう。

 昨日の態度で仲直りが出来たのだと多少なりとも思ってしまった。
 それに初夜を強行したことからリヒャルトもレイチェルに好意があったのかとも思った。

 だが、今朝のリヒャルトの態度からそれは間違いだったのではないかと嫌でも理解した。

 彼は……
 

「お嬢様? 如何なさいましたか?」

 ぼんやりと考え事にふけっているとマーサが心配そうに顔を覗き込む。
 
「あ、ううん! なんでもないわ」

 余計な心配をかけまいと取り繕った。
 だが、内心はものすごくショックを受けている。

 考えが甘いと自分でも思うが、夫婦としてやり直したいと言われたことで勝手にもう解決したものだと信じ込んでいた。

 初夜も済ませ、これからは仲良くしていけたらいいなと思っていた矢先の素気ない態度。
 あの態度で理解した。彼はちっとも私を好いていないと。

(いや、分かるよ……なにせ初夜を放棄した挙句に一年も放置したんだもの。そんな女に好意なんて持つわけがないし、そう簡単にわだかまりが消えるはずもないって……)

 分かっている。先に彼を傷つけたのはこちらなのだから、恨みもわだかまりも受け入れるべきだと十分に分かっている。

 だが、これから先自分を恨んでいる相手と共に過ごすというのは……正直辛い。

 悶々としているといつのまにか身支度が終わっており、テーブルの上に朝食が用意されてあった。仕事が済んだマーサ達が去っていくと、広い部屋にポツンと一人だけになる。

「いただきます……」

 冷めないうちにいただこうと朝食に手を伸ばす。
 いつもよりも豪華な内容のそれは初夜が済んだ祝いとして家令か料理長が気を利かせてくれたのだろう。


 夫婦二人で共にと用意してくれただろうそれを一人で食べるのは空しい。

「…………リヒャルトは、これで満足かしら……」

 初夜明けに妻に一人で朝食をとらせるという恥をかかせて満足だろうか。
 少しは溜飲が下がっただろうか。

 味気の無い食事をとりながら、私は昨夜芽生えた彼への甘い熱が急激に冷えていくのを感じていた。
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