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「本当に、ただの幼馴染みなんだ……。やましい気持ちなど何もない。それなのに、会っては駄目なのか?」
「……逆にお伺いしますが、何故そんなに彼女達に会いたいのですか? 彼女達に何か特別な感情をお持ちで?」
「そんなものはない!」
「本当に? 実は愛人候補……もしくは既に愛人関係にあったりしません?」
「それはない! 神に誓ってそれはないと断言できる!」
「……なら、どうしてそこまで会いたいのです?」
何故頑なに幼馴染みと交流を図りたいのだろう。
これで好意があるならまだ分かるが、それはないという。
全く持って意味が分からない。
「それはその……彼女達といると、楽だから……」
「はい? 楽、とは……?」
「だからその……。伯爵位を継いでからというもの、気苦労が耐えなくて……。そんな中、気心知れた彼女達と話すと安らぐんだ……」
「はあ、そうなんですの。では、幼馴染みのご令嬢方との交流は今後も今まで通りに続けていくと? 彼女達は先触れも無しに我が家に押しかけても構わないと?」
「システィーナ……そんな言い方はどうかと……」
「言い方などこの場合どうでもよろしいのです。それで、どうなのです?」
「私は今まで通りでいたい……」
こちらのことも、家の体面も考慮してくれないレイモンドにシスティーナは呆れてしまった。感情が表に出てしまい、彼女の美しい顔から完全に笑みが消え失せる。
「シ、システィーナ……」
レイモンドが焦ってシスティーナに手を伸ばす。
だがその手はスパンッと小気味よい音をたてて弾かれた。
「はあ、全くもう……。今まで通りですって? 何寝ぼけたことおっしゃっているんですの!?」
美人の怒った顔は怖い。
なまじ顔が整っているせいで、やけに迫力がある。
いつも微笑みを絶やさない妻の怒りの形相にレイモンドは恐怖ですくみあがった。
「今まで通りでいいわけがないでしょう!? 未婚の貴族令嬢が既婚の男性の家に足しげく通うだなんてはしたない行為を黙認する妻がどこにおります? それに旦那様のその行いが彼女達の婚期を逃しているのですよ? わたくしにも彼女達にも酷いことをしていると、何故分かりませんの?」
「え? え……? 酷い? 婚期を逃す?」
「ええ! すでに彼女達は旦那様のお手付きとみなされておりますから、もう貴族相手に嫁ぐことなんてできません! 責任取って愛人にでもなさいますか? でもそうなると旦那様は伯爵位を失うことになりますので、平民となって彼女達を養うから大変でしょうね! ああ、でもそうすれば誰の目も気にせずに彼女達とずっと一緒にいられますわよ?」
「は? ちょっと待ってくれ! 彼女達と私の間に男女の関係はない! なのにどうしてお手付きとみなされるんだ!? それに私が伯爵位を失うとはどういう……」
「はあ……順を追って説明させていただきます。まず、彼女達が旦那様のお手付きとみなされることについてですね。これは貴族社会において、成人した男女が個室で二人きりになるというのは、男女の関係があると同義とみなされるからです。彼女達は何度もこの屋敷に通って旦那様とお会いしているのでしょう? すでに男女の関係を結ぶ、つまりは旦那様のお手付きとなったとみなされます。例え事実でないとしても」
貴族女性の純潔は婚姻において最も重視される。
純潔ではない女性はもうまともな結婚は望めない、と言われるくらいの重要事項。いやむしろ必須事項だ。
「そんな……彼女達とはただの友人なのに……?」
「ですから事実なぞどうでもよろしいのです。大切なのはその女性の貞淑性の有無なのですから」
「貞淑性の有無……?」
「ええ。王侯貴族はなにより血を繋ぐことを重視します。万が一にでも自分の代で先祖より受け継がれてきた青い血が途絶えないようにそれはもう必死です。ですが、女性でなく男性が家を継ぐ場合、子供に本当に自分の血が受け継がれているかなんてわかりませんよね? もしかしたらこの子供は自分の子じゃないのかもしれない……なんて不安はつきまとうものです。そこで重要なのが、跡継ぎを産む妻への信用。みだりに夫以外の男性と二人きりにならない、そういった疑いをもたれる行為をしない、そういったことが当たり前に出来る貞淑な女性であれば信用できますよね」
妻が別の男の子を孕み、その子が家を継げばそこで受け継がれてきた血の系譜は途絶える。長年守り続けてきた血筋が途絶え、どこの馬の骨とも分からない者の血に取って代わられるなど耐えられないと思うのは当然だ。それを防ぐために貴族は貞淑な妻を求める。
「お分かりいただけましたか? 旦那様は男女の垣根を通り越した友情関係を育んでいるとお思いでしょうが、そんなの貴族社会では通用しませんわよ。それに少なくとも彼女達のお父君は娘が旦那様の愛人になることを望んでいると思われますわよ」
「えっ!? 男爵達が?」
「そうでなければ娘が既婚男性の家に入り浸ることを止めるでしょう? それか早いうちに嫁ぎ先を整えるはずです。お嬢様方はもう30近いのでしょう? なのにまだ未婚ということは、旦那様の愛人を狙っているからです」
「男爵達がそんなことを……? そんな……私は彼女達をそういう目では見ていないのに……」
女として見ていないのなら早々に線引きすべきだった。
そんな簡単なことすら分かっていない夫に失望を隠せない。
「え? え……システィーナ?」
初めて見る妻の侮蔑の表情にレイモンドは凍りついた。
妻からこんな眼で見られるなんて……とひどくショックを受けた顔を見せる。
「……逆にお伺いしますが、何故そんなに彼女達に会いたいのですか? 彼女達に何か特別な感情をお持ちで?」
「そんなものはない!」
「本当に? 実は愛人候補……もしくは既に愛人関係にあったりしません?」
「それはない! 神に誓ってそれはないと断言できる!」
「……なら、どうしてそこまで会いたいのです?」
何故頑なに幼馴染みと交流を図りたいのだろう。
これで好意があるならまだ分かるが、それはないという。
全く持って意味が分からない。
「それはその……彼女達といると、楽だから……」
「はい? 楽、とは……?」
「だからその……。伯爵位を継いでからというもの、気苦労が耐えなくて……。そんな中、気心知れた彼女達と話すと安らぐんだ……」
「はあ、そうなんですの。では、幼馴染みのご令嬢方との交流は今後も今まで通りに続けていくと? 彼女達は先触れも無しに我が家に押しかけても構わないと?」
「システィーナ……そんな言い方はどうかと……」
「言い方などこの場合どうでもよろしいのです。それで、どうなのです?」
「私は今まで通りでいたい……」
こちらのことも、家の体面も考慮してくれないレイモンドにシスティーナは呆れてしまった。感情が表に出てしまい、彼女の美しい顔から完全に笑みが消え失せる。
「シ、システィーナ……」
レイモンドが焦ってシスティーナに手を伸ばす。
だがその手はスパンッと小気味よい音をたてて弾かれた。
「はあ、全くもう……。今まで通りですって? 何寝ぼけたことおっしゃっているんですの!?」
美人の怒った顔は怖い。
なまじ顔が整っているせいで、やけに迫力がある。
いつも微笑みを絶やさない妻の怒りの形相にレイモンドは恐怖ですくみあがった。
「今まで通りでいいわけがないでしょう!? 未婚の貴族令嬢が既婚の男性の家に足しげく通うだなんてはしたない行為を黙認する妻がどこにおります? それに旦那様のその行いが彼女達の婚期を逃しているのですよ? わたくしにも彼女達にも酷いことをしていると、何故分かりませんの?」
「え? え……? 酷い? 婚期を逃す?」
「ええ! すでに彼女達は旦那様のお手付きとみなされておりますから、もう貴族相手に嫁ぐことなんてできません! 責任取って愛人にでもなさいますか? でもそうなると旦那様は伯爵位を失うことになりますので、平民となって彼女達を養うから大変でしょうね! ああ、でもそうすれば誰の目も気にせずに彼女達とずっと一緒にいられますわよ?」
「は? ちょっと待ってくれ! 彼女達と私の間に男女の関係はない! なのにどうしてお手付きとみなされるんだ!? それに私が伯爵位を失うとはどういう……」
「はあ……順を追って説明させていただきます。まず、彼女達が旦那様のお手付きとみなされることについてですね。これは貴族社会において、成人した男女が個室で二人きりになるというのは、男女の関係があると同義とみなされるからです。彼女達は何度もこの屋敷に通って旦那様とお会いしているのでしょう? すでに男女の関係を結ぶ、つまりは旦那様のお手付きとなったとみなされます。例え事実でないとしても」
貴族女性の純潔は婚姻において最も重視される。
純潔ではない女性はもうまともな結婚は望めない、と言われるくらいの重要事項。いやむしろ必須事項だ。
「そんな……彼女達とはただの友人なのに……?」
「ですから事実なぞどうでもよろしいのです。大切なのはその女性の貞淑性の有無なのですから」
「貞淑性の有無……?」
「ええ。王侯貴族はなにより血を繋ぐことを重視します。万が一にでも自分の代で先祖より受け継がれてきた青い血が途絶えないようにそれはもう必死です。ですが、女性でなく男性が家を継ぐ場合、子供に本当に自分の血が受け継がれているかなんてわかりませんよね? もしかしたらこの子供は自分の子じゃないのかもしれない……なんて不安はつきまとうものです。そこで重要なのが、跡継ぎを産む妻への信用。みだりに夫以外の男性と二人きりにならない、そういった疑いをもたれる行為をしない、そういったことが当たり前に出来る貞淑な女性であれば信用できますよね」
妻が別の男の子を孕み、その子が家を継げばそこで受け継がれてきた血の系譜は途絶える。長年守り続けてきた血筋が途絶え、どこの馬の骨とも分からない者の血に取って代わられるなど耐えられないと思うのは当然だ。それを防ぐために貴族は貞淑な妻を求める。
「お分かりいただけましたか? 旦那様は男女の垣根を通り越した友情関係を育んでいるとお思いでしょうが、そんなの貴族社会では通用しませんわよ。それに少なくとも彼女達のお父君は娘が旦那様の愛人になることを望んでいると思われますわよ」
「えっ!? 男爵達が?」
「そうでなければ娘が既婚男性の家に入り浸ることを止めるでしょう? それか早いうちに嫁ぎ先を整えるはずです。お嬢様方はもう30近いのでしょう? なのにまだ未婚ということは、旦那様の愛人を狙っているからです」
「男爵達がそんなことを……? そんな……私は彼女達をそういう目では見ていないのに……」
女として見ていないのなら早々に線引きすべきだった。
そんな簡単なことすら分かっていない夫に失望を隠せない。
「え? え……システィーナ?」
初めて見る妻の侮蔑の表情にレイモンドは凍りついた。
妻からこんな眼で見られるなんて……とひどくショックを受けた顔を見せる。
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