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満更でもない
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「……次に、愛人を持った場合に旦那様が伯爵位を失う理由をお話します。どうしてかと言いますと、伯爵家には愛人を養う余裕はないからです。ここ数年の領地は赤字続きですし、わたくしの生家の支援がしばらく必要なほどです。こんな状態なのに愛人を持ちなどしたら、国王陛下の御不興を買ってしまうでしょう。陛下は潔癖な御方ですから。貴方から爵位を剥奪することはまず間違いありません」
「だから彼女達は愛人じゃないんだ! ……ちょっとまってくれ、私から爵位を失くしたら誰がこの領地を継ぐんだ? それに君はどうなる?」
「伯爵位は旦那様のご親戚のどなたかに譲られるでしょう。そしてわたくしはその方と再婚し、伯爵夫人のままで居続けます」
「再婚!? 君が他の男と? なんでそんなことになるんだ!?」
「今の伯爵領にはわたくしの存在が必要だからです。わたくしという、伯爵家とベロア侯爵家を繋ぐ存在が。ただ旦那様と離縁して終わり、というわけにはいきません。わたくしと伯爵家との婚姻には多くの領民の生活がかかっているのです。領地改革の一端として始動中の我が父主導の鉱山事業が頓挫したらどうなると思います? 失業者が大量に溢れ出てしまい、領民の生活が立ちいかなくなりますよ。そうなれば死者が何人出てしまうことか……」
鉱山目当てではあったが、実際に嫁いでみれば伯爵領の状態はまあ酷かった。
目ぼしい職がないので働くこともできず、毎日の食べる物にも事欠くありさま。街には浮浪者が溢れかえり、活気もない。
生家のベロア侯爵家からの支援と、鉱山事業における労働者の大量雇用で改革の兆しが見えてきた。領民たちは希望に満ち溢れ、やっとこれからという時に伯爵夫人のシスティーナが離縁し、侯爵家が手を引けばどうなるか。まず間違いなく領民は絶望し、生きる力を失ってしまうことだろう。そうなればこの地で暴動が起きてもおかしくない。
「旦那様が当主としての重責に耐えられない、というのであればその座を他の方に譲った方が幸せかもしれませんわね。……どうやら妻のわたくしでは貴方のお心を癒すことは出来なさそうですし。…………ねえ?」
ここで初めてレイモンドは自分の失言が妻を怒らせたことに気づいた。
『彼女達といると心が安らぐ』なんて言えば妻が怒るのは当然だ。夫が自分以外の女を癒しだなんて言うことは妻に対しての侮辱に他ならない。
しかも先触れ無しに格上相手を訪ねるという礼儀のなっていない女を褒めたのだ。
妻としても淑女としても馬鹿にされたとシスティーナが不愉快に思うのは当然だった。
「す、すまないシスティーナ……! 私が愚かだった! 君がそんなにも領民のことを慮ってくれているのに、私はなんて甘えたことを……!」
ここで初めてレイモンドは自分がどれだけ馬鹿なことを言ったかを知る。
だが時すでに遅し。システィーナは酷く冷たい声音でこう告げる。
「いいんですよ、殿方が癒しを求めるには仕方がないこと。わたくしのような癒されない女といても苦痛なのでしょう?」
妻の自分よりも礼儀知らずな幼馴染みの方がいいならそちらをとればいい。
言外にそういう意味を込めた言葉に、レイモンドは金槌で頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
「そんなわけないだろう!? ……いや、すまない、私が馬鹿なことを言ったせいだな。許してくれシスティーナ……! 私は君を手放したくない! 君が他の男の妻になるだなんて耐えられない! もう彼女達とは会わないようにする! だから許してくれ……君にそんな眼で見られるのは耐えられない!」
レイモンドの素直な反応はシスティーナにとって少し意外だった。
てっきり幼馴染みのご令嬢方をとるのかと思いきや、あっさりと妻であるシスティーナをとったのだ。これにはシスティーナも驚いて呆気にとられてしまった。
「あら? まあ……旦那様、そんなにわたくしと別れたくないのですか?」
跪いて必死に許しを請う年上の夫を見て、意外にも可愛いと思ってしまった。
ここまで縋りつかれるのは満更でもない。
「もちろんだ! 私は君が可愛くて愛しくて……できることならずっと手放したくない! お願いだ! 捨てないでくれ……!」
やだ、可愛い。
大の男が目に涙を滲ませて縋り付く様は大型犬がじゃれてくるようで可愛い。
システィーナの胸に燻っていた怒りが消え、表情に段々と笑みが戻る。
「ふふ、もう……仕方のない旦那様ですね? では、もう幼馴染みのご令嬢方とは会わないと誓ってくれますか?」
「勿論だ! もう会わない! 君が嫌がることはしないと誓う!」
膝に縋りついてくる夫の頭を撫で、柔らかく微笑む。
愛する妻の顔にいつもの笑みが戻ったことにレイモンドは安堵した。
「約束ですよ。破れば離縁ですからね?」
「約束する! 離縁は嫌だ! 彼女達にももう会わない旨の書状を送るから!」
当主直々の書状を受け、従わないならもう家臣ではない。
各家の反応によって今後の対応を決めよう。
「よろしくてよ旦那様。許してさしあげます」
「本当か!? ありがとうシスティーナ!」
妻の許しを得たレイモンドは、嬉しさのまま彼女の顔中に口づけの雨を降らす。
「ふふ、くすぐったいですわ」
「ああ、システィーナ。私の可愛い妻……愛しているよ」
柔らかい蜂蜜色の髪に、白く滑らかな額に、そして薔薇色の唇に。
レイモンドは愛しい妻に繰り返し口づけ、その大きな手は彼女の女性らしい曲線を描く体を撫でまわしていく。
「もう……! こんなところでは駄目ですよ?」
「では、寝室まで連れていこう。そこで仲直りをさせてくれ」
システィーナの華奢な身体はレイモンドに軽々と抱き上げられる。
彼女は満更でもなさそうに夫の首に腕を回した。
「だから彼女達は愛人じゃないんだ! ……ちょっとまってくれ、私から爵位を失くしたら誰がこの領地を継ぐんだ? それに君はどうなる?」
「伯爵位は旦那様のご親戚のどなたかに譲られるでしょう。そしてわたくしはその方と再婚し、伯爵夫人のままで居続けます」
「再婚!? 君が他の男と? なんでそんなことになるんだ!?」
「今の伯爵領にはわたくしの存在が必要だからです。わたくしという、伯爵家とベロア侯爵家を繋ぐ存在が。ただ旦那様と離縁して終わり、というわけにはいきません。わたくしと伯爵家との婚姻には多くの領民の生活がかかっているのです。領地改革の一端として始動中の我が父主導の鉱山事業が頓挫したらどうなると思います? 失業者が大量に溢れ出てしまい、領民の生活が立ちいかなくなりますよ。そうなれば死者が何人出てしまうことか……」
鉱山目当てではあったが、実際に嫁いでみれば伯爵領の状態はまあ酷かった。
目ぼしい職がないので働くこともできず、毎日の食べる物にも事欠くありさま。街には浮浪者が溢れかえり、活気もない。
生家のベロア侯爵家からの支援と、鉱山事業における労働者の大量雇用で改革の兆しが見えてきた。領民たちは希望に満ち溢れ、やっとこれからという時に伯爵夫人のシスティーナが離縁し、侯爵家が手を引けばどうなるか。まず間違いなく領民は絶望し、生きる力を失ってしまうことだろう。そうなればこの地で暴動が起きてもおかしくない。
「旦那様が当主としての重責に耐えられない、というのであればその座を他の方に譲った方が幸せかもしれませんわね。……どうやら妻のわたくしでは貴方のお心を癒すことは出来なさそうですし。…………ねえ?」
ここで初めてレイモンドは自分の失言が妻を怒らせたことに気づいた。
『彼女達といると心が安らぐ』なんて言えば妻が怒るのは当然だ。夫が自分以外の女を癒しだなんて言うことは妻に対しての侮辱に他ならない。
しかも先触れ無しに格上相手を訪ねるという礼儀のなっていない女を褒めたのだ。
妻としても淑女としても馬鹿にされたとシスティーナが不愉快に思うのは当然だった。
「す、すまないシスティーナ……! 私が愚かだった! 君がそんなにも領民のことを慮ってくれているのに、私はなんて甘えたことを……!」
ここで初めてレイモンドは自分がどれだけ馬鹿なことを言ったかを知る。
だが時すでに遅し。システィーナは酷く冷たい声音でこう告げる。
「いいんですよ、殿方が癒しを求めるには仕方がないこと。わたくしのような癒されない女といても苦痛なのでしょう?」
妻の自分よりも礼儀知らずな幼馴染みの方がいいならそちらをとればいい。
言外にそういう意味を込めた言葉に、レイモンドは金槌で頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
「そんなわけないだろう!? ……いや、すまない、私が馬鹿なことを言ったせいだな。許してくれシスティーナ……! 私は君を手放したくない! 君が他の男の妻になるだなんて耐えられない! もう彼女達とは会わないようにする! だから許してくれ……君にそんな眼で見られるのは耐えられない!」
レイモンドの素直な反応はシスティーナにとって少し意外だった。
てっきり幼馴染みのご令嬢方をとるのかと思いきや、あっさりと妻であるシスティーナをとったのだ。これにはシスティーナも驚いて呆気にとられてしまった。
「あら? まあ……旦那様、そんなにわたくしと別れたくないのですか?」
跪いて必死に許しを請う年上の夫を見て、意外にも可愛いと思ってしまった。
ここまで縋りつかれるのは満更でもない。
「もちろんだ! 私は君が可愛くて愛しくて……できることならずっと手放したくない! お願いだ! 捨てないでくれ……!」
やだ、可愛い。
大の男が目に涙を滲ませて縋り付く様は大型犬がじゃれてくるようで可愛い。
システィーナの胸に燻っていた怒りが消え、表情に段々と笑みが戻る。
「ふふ、もう……仕方のない旦那様ですね? では、もう幼馴染みのご令嬢方とは会わないと誓ってくれますか?」
「勿論だ! もう会わない! 君が嫌がることはしないと誓う!」
膝に縋りついてくる夫の頭を撫で、柔らかく微笑む。
愛する妻の顔にいつもの笑みが戻ったことにレイモンドは安堵した。
「約束ですよ。破れば離縁ですからね?」
「約束する! 離縁は嫌だ! 彼女達にももう会わない旨の書状を送るから!」
当主直々の書状を受け、従わないならもう家臣ではない。
各家の反応によって今後の対応を決めよう。
「よろしくてよ旦那様。許してさしあげます」
「本当か!? ありがとうシスティーナ!」
妻の許しを得たレイモンドは、嬉しさのまま彼女の顔中に口づけの雨を降らす。
「ふふ、くすぐったいですわ」
「ああ、システィーナ。私の可愛い妻……愛しているよ」
柔らかい蜂蜜色の髪に、白く滑らかな額に、そして薔薇色の唇に。
レイモンドは愛しい妻に繰り返し口づけ、その大きな手は彼女の女性らしい曲線を描く体を撫でまわしていく。
「もう……! こんなところでは駄目ですよ?」
「では、寝室まで連れていこう。そこで仲直りをさせてくれ」
システィーナの華奢な身体はレイモンドに軽々と抱き上げられる。
彼女は満更でもなさそうに夫の首に腕を回した。
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