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淑女教育と覇王教育
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「……待って頂戴、伯爵家はずっと赤字続きよね? 宝石やドレスを買うようなお金が何処にあるの? いくら馴染みの店といっても支払い能力が無い相手に物を売るとは思えないのだけど?」
店も商売なのだから支払い能力の無い顧客を相手にするとは思えない。
馴染みであろうと、貴族であろうと、金が無いと分かれば見限るのが商売人だ。
「邸に請求書が届いても、払えなければ意味ないわ。そのお金はどうしていたの?」
システィーナの問いかけに侍女長は身を震わせる。
しかしその絶対零度の眼差しに恐れをなし、おずおずと口を開いた。
「……そのお金は……前の奥様方が個人の資金から用立てておりました」
「は? どういうこと?」
何故、前妻達が夫の幼馴染……つまりは赤の他人が豪遊した分のお金を用立てねばならないのか。意味が分からない。
夫はどうやらこの話は初耳だったようで、顔を真っ赤にしながら「な、な……」と怒りで言葉にならないようだ。
「どうして赤の他人が豪遊した分を妻が補填せねばならないの? 愛人だと誤解していたとしても、妻に愛人の散財を支払う責務はないはずよ?」
「……それは、その……支払いが滞れば伯爵家の名声が地に落ちると……」
「……何それ、脅しじゃないの。愛人の散財を妻が補填しなければいけない時点で落ちているわよ。馬鹿馬鹿しい……」
この侍女長は前妻を騙して愛人もどきの幼馴染達の散財を支払わせたというわけか。
支払わなければ伯爵家の名声が地に落ちるなどとは随分馬鹿馬鹿しい。
妻が愛人の尻拭いをする必要も責務も無いのに。
「お前っ……! そんなふざけた事を言ったのか!?」
「ひっ……! 申し訳ございません……!」
レイモンドの怒声を耳にした侍女長は顔面蒼白のまま深く頭を下げた。
彼にしてみれば妻に愛人の散財の尻拭いをさせた屑という汚名を着せられたことになる。
怒るのは当然だ。
「何ということをしてくれたんだ!! お前は使用人の立場でありながら私の妻に何てふざけた真似を……! その愚かな言動こそ伯爵家の名を地の底に落とすものだと何故分からぬ!」
穏やかなレイモンドからは想像がつかぬほどの形相と大声に侍女長は何度も「申し訳ございません……どうぞお許しを……」と謝り続ける。しかし、その謝罪がレイモンドの怒りを鎮めることはない。
「許せるわけがあるか! ……私も私だ、妻がそんな目に遭っていることに気づきもしなかった。なんと情けない……」
嘆く夫の背にそっと手を当て、システィーナは伏して泣く侍女長を一瞥する。
「夫人にあてられた個人資産だって決して多いものではないわ。それで足りたのかしら?」
ハッとなり目を泳がせる侍女長の顔で分かる。足りていなかったのだなと。
「そうなると足りない分は生家で用立ててもらったのかしらね。それだったら奥方のお父君から離婚の申し立てがあるのも頷けるわ。いくら娘が伯爵夫人になれるといってもお金を湯水のように使われては家が傾きかねないもの」
「そう……だったのか。だからあのような形で離婚の申し立てを……。だが、どうして妻も義父君も私に直接言ってくれなかったんだ……? 誤解があったとはいえ、非難されて当然のことをしたのに……」
システィーナもそれは確かにと思った。
自分の父ならば間違いなく非難する。それ以前に無駄な金も出さないと思うが……。
「下位貴族からから伯爵家に抗議するのはなかなか難しゅうございますわね。高位貴族に睨まれたらどうしようと怖れを抱く方が大半ではないでしょうか?」
ここまで沈黙していたサリバン夫人が口を開く。
「そういうものなの? でも、奥様は下位貴族出とはいえ伯爵夫人となったのだから旦那様を非難できる立場にあるんじゃなくて?」
「蝶よ花よと育てられた箱入りのご令嬢が夫に苦言を呈すのは難しいかと。大抵のご令嬢が『旦那様に逆らわぬように』と従順な妻として教育されておりますので」
「え? わたくしはそんな教育受けていないけど?」
システィーナが受けた教育は『旦那様に従順に』ではなく『旦那様といえども理不尽には屈するな』だった。
例え夫といえども相手が理不尽な要求をしてきた場合、完膚なきまでに叩きのめし二度とそんな口がきけないように心に刻ませろと習った。
それが標準の淑女教育だと思っていたのに、ここにきてその認識が間違っていたことに気付く。
「奥様はベロア侯爵家のご令嬢です。敵が多いベロア家の子女がそんな軟弱な教育をしていてはすぐに食い物にされてしまいますわ。『強くあれ』の家訓のもと、どんな理不尽にも屈することのない猛者としての教育を施させていただきました」
それは淑女教育ではなく覇王教育の間違いでは?
とその場にいる一堂は心の中で思った。
店も商売なのだから支払い能力の無い顧客を相手にするとは思えない。
馴染みであろうと、貴族であろうと、金が無いと分かれば見限るのが商売人だ。
「邸に請求書が届いても、払えなければ意味ないわ。そのお金はどうしていたの?」
システィーナの問いかけに侍女長は身を震わせる。
しかしその絶対零度の眼差しに恐れをなし、おずおずと口を開いた。
「……そのお金は……前の奥様方が個人の資金から用立てておりました」
「は? どういうこと?」
何故、前妻達が夫の幼馴染……つまりは赤の他人が豪遊した分のお金を用立てねばならないのか。意味が分からない。
夫はどうやらこの話は初耳だったようで、顔を真っ赤にしながら「な、な……」と怒りで言葉にならないようだ。
「どうして赤の他人が豪遊した分を妻が補填せねばならないの? 愛人だと誤解していたとしても、妻に愛人の散財を支払う責務はないはずよ?」
「……それは、その……支払いが滞れば伯爵家の名声が地に落ちると……」
「……何それ、脅しじゃないの。愛人の散財を妻が補填しなければいけない時点で落ちているわよ。馬鹿馬鹿しい……」
この侍女長は前妻を騙して愛人もどきの幼馴染達の散財を支払わせたというわけか。
支払わなければ伯爵家の名声が地に落ちるなどとは随分馬鹿馬鹿しい。
妻が愛人の尻拭いをする必要も責務も無いのに。
「お前っ……! そんなふざけた事を言ったのか!?」
「ひっ……! 申し訳ございません……!」
レイモンドの怒声を耳にした侍女長は顔面蒼白のまま深く頭を下げた。
彼にしてみれば妻に愛人の散財の尻拭いをさせた屑という汚名を着せられたことになる。
怒るのは当然だ。
「何ということをしてくれたんだ!! お前は使用人の立場でありながら私の妻に何てふざけた真似を……! その愚かな言動こそ伯爵家の名を地の底に落とすものだと何故分からぬ!」
穏やかなレイモンドからは想像がつかぬほどの形相と大声に侍女長は何度も「申し訳ございません……どうぞお許しを……」と謝り続ける。しかし、その謝罪がレイモンドの怒りを鎮めることはない。
「許せるわけがあるか! ……私も私だ、妻がそんな目に遭っていることに気づきもしなかった。なんと情けない……」
嘆く夫の背にそっと手を当て、システィーナは伏して泣く侍女長を一瞥する。
「夫人にあてられた個人資産だって決して多いものではないわ。それで足りたのかしら?」
ハッとなり目を泳がせる侍女長の顔で分かる。足りていなかったのだなと。
「そうなると足りない分は生家で用立ててもらったのかしらね。それだったら奥方のお父君から離婚の申し立てがあるのも頷けるわ。いくら娘が伯爵夫人になれるといってもお金を湯水のように使われては家が傾きかねないもの」
「そう……だったのか。だからあのような形で離婚の申し立てを……。だが、どうして妻も義父君も私に直接言ってくれなかったんだ……? 誤解があったとはいえ、非難されて当然のことをしたのに……」
システィーナもそれは確かにと思った。
自分の父ならば間違いなく非難する。それ以前に無駄な金も出さないと思うが……。
「下位貴族からから伯爵家に抗議するのはなかなか難しゅうございますわね。高位貴族に睨まれたらどうしようと怖れを抱く方が大半ではないでしょうか?」
ここまで沈黙していたサリバン夫人が口を開く。
「そういうものなの? でも、奥様は下位貴族出とはいえ伯爵夫人となったのだから旦那様を非難できる立場にあるんじゃなくて?」
「蝶よ花よと育てられた箱入りのご令嬢が夫に苦言を呈すのは難しいかと。大抵のご令嬢が『旦那様に逆らわぬように』と従順な妻として教育されておりますので」
「え? わたくしはそんな教育受けていないけど?」
システィーナが受けた教育は『旦那様に従順に』ではなく『旦那様といえども理不尽には屈するな』だった。
例え夫といえども相手が理不尽な要求をしてきた場合、完膚なきまでに叩きのめし二度とそんな口がきけないように心に刻ませろと習った。
それが標準の淑女教育だと思っていたのに、ここにきてその認識が間違っていたことに気付く。
「奥様はベロア侯爵家のご令嬢です。敵が多いベロア家の子女がそんな軟弱な教育をしていてはすぐに食い物にされてしまいますわ。『強くあれ』の家訓のもと、どんな理不尽にも屈することのない猛者としての教育を施させていただきました」
それは淑女教育ではなく覇王教育の間違いでは?
とその場にいる一堂は心の中で思った。
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