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商会の元オーナー
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翌日、例の商会のオーナー……今は元オーナーがフレン伯爵邸へとやって来た。
「伯爵夫人におかれましてはご機嫌麗しく……」
元オーナーは恰幅のいい老紳士といった容姿だ。
そんな大柄の男性がシスティーナを見た瞬間、顔を強張らせ低姿勢で礼をとった。
「ご足労感謝するわ。どうぞ座って頂戴」
「は! ありがたき幸せ!」
思わず軍人のような返事をしてしまった、と元オーナーは心の中で突っ込んだ。
しかしそれも仕方ない。仕事柄多くの人間を見てきた彼にとってシスティーナは決して逆らってはいけない人種だと本能で理解してしまったのだから。
「今日呼んだ理由は聞いていて?」
「はい、現オーナーより聞いております。過去の購入履歴について伺いたいと」
「そうよ。どうも無関係の他人が夫の愛人を偽ってドレス類を購入していたらしくてね……」
鋭い視線を送ると元オーナーは大袈裟なほど身を震わせた。
「“愛人”と公言するだけで好きなものを買えるだなんて、夢みたいな話よね……」
吐き捨てるように呟くと、元オーナーは再びブルリと身を震わせた。
これは言外に「なに詐欺の片棒担いでいるんだ」と、過去の彼の過失を責めているのだ。
そしてこの発言で思い出した。確かに昔、伯爵の愛人だとかいう女数人に商品を販売したことがある。しかもその購入代金を言われるがままに伯爵家に請求していた。
「も、申し訳ございません……。先代の伯爵様も、その……よくその方法で商品を購入していらしておりましたから……」
「旦那様はご存じなかったそうよ? 本人の許可も得ずによく出来たものね……」
「……っ!? も……申し訳……ございません」
少女の言う事はもっともだった。先代の際にはきちんと本人が許可を出したうえで行っていたのだが、当代の際には本人から許可を得ていない。冷静に考えればそれはかなり不味いことだと今更ながら気づいた。
「まあ、いいわ。過ぎたことを責めてもどうしようもないものね。それはそれとして勝手に使われた分を野放しにするわけにはいかないの。協力してくれるわよね?」
ここで“否”など唱えられるはずもない。
完全に退路を断たれた元オーナーは弾かれたように「勿論でございます!」と勢いよく頷いた。
ここに来てからまだ少ししか時間が経っていないのに、まるで丸一日話し続けたかのような疲労感。いくら引退した身とはいえ、会話をすることを生業としてきた自分が年若い少女相手にここまで消耗させられるとは予想だにしていなかった。
この相手に立場を分からせたうえで自分の要望に有無を言わせぬやり方は己の権力に絶対的な自信を持つ者のそれだ。正直、ここに来る前は小娘がわざわざ呼びつけやがってと侮っていたのだが、本人を目の前にして舐めてかかったことを盛大に悔いた。
「ではまず、その無関係の他人たちの購入履歴を洗い出して頂戴。聞いた話だと商人は高額の商品を販売する際、その顧客の情報を書き留めておくらしいわね? それで愛人を偽った他人がどれくらいの商品を購入したか分かるでしょう?」
「は、はい……分かるかと思われます」
返事はしたものの、それはかなり大変な作業だと内心ため息をついた。
まず、過去の購入履歴簿からフレン伯爵家関係のものを選別し、さらにそこから少女の言う“愛人もどき”が購入したであろうものを洗い出す。
かなり時間がかかるであろうそれをなるべく早めに終わらせなければどうなるか……。
考えるだけで恐ろしい。
「伯爵夫人におかれましてはご機嫌麗しく……」
元オーナーは恰幅のいい老紳士といった容姿だ。
そんな大柄の男性がシスティーナを見た瞬間、顔を強張らせ低姿勢で礼をとった。
「ご足労感謝するわ。どうぞ座って頂戴」
「は! ありがたき幸せ!」
思わず軍人のような返事をしてしまった、と元オーナーは心の中で突っ込んだ。
しかしそれも仕方ない。仕事柄多くの人間を見てきた彼にとってシスティーナは決して逆らってはいけない人種だと本能で理解してしまったのだから。
「今日呼んだ理由は聞いていて?」
「はい、現オーナーより聞いております。過去の購入履歴について伺いたいと」
「そうよ。どうも無関係の他人が夫の愛人を偽ってドレス類を購入していたらしくてね……」
鋭い視線を送ると元オーナーは大袈裟なほど身を震わせた。
「“愛人”と公言するだけで好きなものを買えるだなんて、夢みたいな話よね……」
吐き捨てるように呟くと、元オーナーは再びブルリと身を震わせた。
これは言外に「なに詐欺の片棒担いでいるんだ」と、過去の彼の過失を責めているのだ。
そしてこの発言で思い出した。確かに昔、伯爵の愛人だとかいう女数人に商品を販売したことがある。しかもその購入代金を言われるがままに伯爵家に請求していた。
「も、申し訳ございません……。先代の伯爵様も、その……よくその方法で商品を購入していらしておりましたから……」
「旦那様はご存じなかったそうよ? 本人の許可も得ずによく出来たものね……」
「……っ!? も……申し訳……ございません」
少女の言う事はもっともだった。先代の際にはきちんと本人が許可を出したうえで行っていたのだが、当代の際には本人から許可を得ていない。冷静に考えればそれはかなり不味いことだと今更ながら気づいた。
「まあ、いいわ。過ぎたことを責めてもどうしようもないものね。それはそれとして勝手に使われた分を野放しにするわけにはいかないの。協力してくれるわよね?」
ここで“否”など唱えられるはずもない。
完全に退路を断たれた元オーナーは弾かれたように「勿論でございます!」と勢いよく頷いた。
ここに来てからまだ少ししか時間が経っていないのに、まるで丸一日話し続けたかのような疲労感。いくら引退した身とはいえ、会話をすることを生業としてきた自分が年若い少女相手にここまで消耗させられるとは予想だにしていなかった。
この相手に立場を分からせたうえで自分の要望に有無を言わせぬやり方は己の権力に絶対的な自信を持つ者のそれだ。正直、ここに来る前は小娘がわざわざ呼びつけやがってと侮っていたのだが、本人を目の前にして舐めてかかったことを盛大に悔いた。
「ではまず、その無関係の他人たちの購入履歴を洗い出して頂戴。聞いた話だと商人は高額の商品を販売する際、その顧客の情報を書き留めておくらしいわね? それで愛人を偽った他人がどれくらいの商品を購入したか分かるでしょう?」
「は、はい……分かるかと思われます」
返事はしたものの、それはかなり大変な作業だと内心ため息をついた。
まず、過去の購入履歴簿からフレン伯爵家関係のものを選別し、さらにそこから少女の言う“愛人もどき”が購入したであろうものを洗い出す。
かなり時間がかかるであろうそれをなるべく早めに終わらせなければどうなるか……。
考えるだけで恐ろしい。
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