どうして許されると思ったの?

わらびもち

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低俗な感情

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 淡い朝の日差しが、レースのカーテン越しに差し込む。窓を開けた部屋には小鳥のさえずりと、たまに遠く馬車の音が混じるだけの静けさがあった。

 システィーナは絹のクッションを敷いた長椅子に腰掛け、純白の布に刺繍を施している。卓上に置いてある細工箱には金や緋色の絹糸が陽光を浴びて宝石のように輝いていた。彼女の指は針の動きに迷いがなく、繊細な家紋を布の上にすらすらと描いてゆく。

「見事ですわ。まるで筆で描いたかのように緻密で繊細な出来栄えでございます」

「ふふ、ありがとうサリバン夫人……」

 傍に控えるサリバンがシスティーナの刺繍を見て目を輝かせた。

「奥様はご少々の頃から何をしても優秀でいらっしゃいます。奥様ほど完璧な淑女は国中……いえ、大陸中探しましても存在しないでしょう」

 サリバンの教え子の中でもシスティーナは群を抜いて優秀だった。
 一を聞いて十を知り、教えたことを砂漠が水を吸収するが如き速さで覚え、形にする。
 まさに完璧な淑女という言葉が似あう女性であった。

「……いいえ、わたくしは完璧などではないわ」

システィーナは針を止め、寂しげな笑みが浮かべた。

「奥様……? どうしてそう思われるのですか?」

「……わたくしね、から教えていただいた事の中で、ひとつだけどうしても出来ないと分かったものがあるのよ」

 憂いを帯びた顔で俯くシスティーナは儚げで美しい。
 優秀なだけでなく社交界でも指折りの美貌を持つ彼女の完璧でない部分などサリバンには思いつかなかった。

「わたくしの記憶では奥様に出来ない分野など無かったと思いますが……」

「ええ、当時は理解していたはずなの。でも……今は駄目だわ。頭では分かっていても感情がついていかないの……」

「まあ……そんなにも奥様を悩ませるなんて、いったいどのような事ですか?」

 システィーナは言葉にすることを躊躇う様に中々口を開かなかった。
 いつも堂々としており、躊躇うことなど滅多にない彼女の珍しい姿にサリバンは少しだけ驚く。

「先生……。わたくし、旦那様に好意を寄せる女性が近くにいることが許せなくて、どうしても遠ざけたくてたまらなくなるの……。こんなの、淑女として有るまじき姿だわ……」

 淑女たるもの、夫の女性関係に心を乱してはならない。
 それが淑女教育で学ぶ正しい在り方。
 “嫉妬”などという低俗な感情は己に自信のない女がすることだと教えられてきた。

 そんな低俗な感情に身を焦がし、理性で抑えられなくなる時が訪れようとは思いもしなかった。その感情に蝕まれるたびに“淑女”ではなく“ただの女”だと突きつけられてたまらなくなる。

 レイモンドを好きになればなるほど正しき“淑女”でいられない。
 そんな自分が嫌で、自分を嫌になるということも嫌で、仕方ない。

「奥様…………」

 きっとこんな情けない自分を見てサリバンはがっかりするだろう。
 そう考えると頭を上げて彼女の顔を見ることも出来なかった。さぞかしがっかりしているに違いないだろうから……。
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