どうして許されると思ったの?

わらびもち

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心構えの話

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「それは、あくまで“心構え”の話にございますよ」

「え……?」

 サリバン夫人の意外な返答にシスティーナは目を丸くして驚いた。
 てっきり未熟であることを叱責されると思っていたのに、彼女は全く予想していない方向に話を続ける。

「夫の女性関係に本当に心を乱さない模範的な“淑女”というのは数えるほどしか存在しません。歴史上どれだけの貴婦人が恋敵を葬ってきたことか……。奥様もそれはご存じでしょう?」

「え、ええ……そうね」

 そう言われてみれば確かにそうだ。貴族の愛人が本妻に命を狙われるなんてことはザラだし、どこの国の後宮でも妃や愛妾が命を狙われるのは日常茶飯事。そう考えると夫の女性関係に心を乱す貴婦人はそう珍しくないということになる。

「人には感情があり、どうしても理性だけでは抑えきれないもの。しかし、それを表に出しては己の首を絞めることに繋がります。たとえば……そうですね、奥様が既婚の男性と愛人関係にあると仮定してください」

「え? え、ええ……分かったわ」

 突拍子もない話に面食らってしまったが、落ち着いて耳を傾ける。
 するとサリバン夫人はそのまま続きを話し始めた。

「そこで、お相手の妻と対峙している状況を思い浮かべてください。表情ひとつ動かさず冷静に対応する妻と、取り乱して激高する妻、どちらの方が手強いと感じますか?」

「えーっと……そうね、前者の方が手強そうだわ」

「それは何故そう思われますか?」

「それは……やはり平然としている相手の方がやりにくいからよ。貴族の舌戦は相手の感情を乱した方が勝ちのようなものなのだから……」

 そこでシスティーナは何かに気づいたようにハッとなった。

「その通りでございます。貴族は心を乱したことを相手に悟られた方が負けなのです。たとえ内心どれだけ焦燥に駆られようと、常に余裕の態度でいる必要がございます。特に人前で嫉妬した姿を見せようものならすぐに侮られてしまうのが貴族の世界の理。それゆえ淑女たちは『夫の女性関係に心を乱すのは低俗である』と習い、その感情は表に出すことは恥ずかしいことだと学ぶのです。恥ずかしいとされているものを表には出さないでしょう?」

「ええ、確かにそうね……」

「はい。ですから『淑女たるもの夫の女性関係に心を乱してはならない』とはあくまでも心構えだと考えてください。そう考えれば冷静でいられるでしょう? 実際に夫の女性関係に心を乱さない淑女なんて数えるほどしかいません。なので、奥様が気に病む必要はございません。大切なのは他者に嫉妬していることを気取られぬことにございます。嫉妬とは無縁の聖人であれということではございません」

 そう言われてシスティーナは心の靄が晴れるような心地がした。
 嫉妬をすることは悪い事だと思い、嫉妬に塗れた自分の心が嫌になったが、皆そうなのだと、そしてそれは自然なことなのだと知りとても楽になった。

 考えてみれば確かに歴史上夫の女性関係による血生臭い悲劇はいくらでもある。
 全ての貴婦人が嫉妬をしないのであればそれは起こり得なかったはず。

「……でも、それならどうしてそう教えてくださらなかったの?」

 今言ったことをあの時に聞かせてくれていたならこんなに悩まなかったのに……。
 システィーナが少しだけ恨みがましさを滲ませた声で尋ねれば、サリバン夫人はそっと視線をそらした。

「それは……そのように教えました結果、若かりし頃の王妃様が少々まずいことをされたものでして……」

「また叔母様!? いったい何をなさったの……」

 サリバン夫人は額に汗を滲ませつつ若かりし頃の叔母の所業を話し始めた。
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