どうして許されると思ったの?

わらびもち

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招待状

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 薄曇りの午後、マホガニーの書斎にかすかな紙の音が響く。
 システィーナは侍女が銀のトレイに載せて運んできた封筒をそっと摘み上げ、既に封が解かれた中身に目を通した。

「あら……ミスティ子爵夫人からだわ」
 
 赤い蝋の封にはミスティ子爵家の紋が押印されている。
 それを目にした瞬間、システィーナの唇の端がほんのわずかに吊り上がったのを侍女は見逃さなかった。侮蔑か、愉悦か、それともその両方か。手紙には丁寧すぎるほどの筆致で茶会への招待が綴られていた。
 
 システィーナは椅子に深く身を沈め招待状を細い指先でなぞる。
 その顔には喜色が浮かんでいた。

「先日の非礼へのお詫びと書いてあるけど……本当かしらね」
 
 囁くように独りごちた声に、侍女はわずかに身を強張らせたが、その瞳に揺れはない。静かに主の飲み終わった茶器を片づけながら、彼女はほとんど表情を変えずに口を開いた。
 
「……罠でございましょうか?」
 
 システィーナはその問いにすぐには答えず、むしろ楽しげに口元に手を添えた。

「罠であるなら、なおのこと愉しめそうね」

 あの他責志向が強く短絡的な夫人がしおらしく詫びなどするはずがないと分かっている。侍女には茶化してみせたが、システィーナにはこれが自分を嵌める為の“罠”だと確信していた。

「ふふ、いつもの退屈なお茶会と違って楽しくなりそうだわ」

「奥様……ほどほどにしてくださいまし。今の奥様はお一人の体ではないのですから……」

「あら、大丈夫よ。お医者様には軽い運動をした方がいいと言われているもの」

「……奥様の楽しみは決して“軽め”ではありませんよ」

 長年システィーナに仕えてきた侍女は主人のしたたかさをよく知っている。
 こうして“罠”を仕掛けてくる相手をやり込めることに愉悦を感じる主人は実に貴族らしい。自分への敵意を逆手に取ろうとする様は頼もしくあるが、仕える身としてはやはり心配でもある。

「早速準備に取り掛からないとね。茶会は週末だから、急いで揃えなくては……」

「? 何を準備なさるのです? 手土産ですか?」

「いいえ? の準備よ」

「捕り物って……罪人を召し取ることですよね? いったい何をしに行くおつもりなのですか、奥様……」

 嬉しそうな主人の様子に侍女は苦笑いを浮かべた。
 こういう時の主人は絶対にろくでもないことを考えているのだから……。


「……お茶会って、普通は昼に開催されるものですよね?」

「ふふ、ミスティ子爵夫人に今更そういった常識は求めなくてよ。面白いわよね、夜のお茶会だなんて……中々風情があるじゃないの」

 宵闇が街を包みはじめる頃、システィーナを乗せた馬車は静かに石畳の道を進んでいた。鉄の蹄が打つ規則的な音を鳴らして目的地へと運んでいく。カーテン越しに眺める窓の外では街灯に照らされ通りの輪郭がゆるやかに浮かび上がってゆく。風は柔らかく、甘い花の香りがどこからともなく漂ってきた。

 馬車の内部には柔らかなクッションが敷き詰められ、システィーナの腰や背中に負担を与えぬよう配慮されている。壁には深紅のビロードが貼られ、足元には薔薇の花弁を編んだ絨毯が敷かれていた。
 
 ミスティ子爵夫人は茶会の開始時間を陽の光に包まれた昼間ではなく、闇に包まれた夜を指定してきた。夜に茶会を開くというのは流石のシスティーナも初めての経験だ。
 
 しかも場所はミスティ子爵邸ではなく、街外れにある館を指定してきた。
 もうこれは“何か企んでいます”と明言しているようなものだろう。

「おまけにこの指定された場所……異国の民が経営しているという妖しげな店と噂されています。身重なのにそんな場所に行くべきではありませんよ……」

 侍女はシスティーナが言い出したら聞かないと分かっていながらも苦言を呈した。
 そんな怪しい場所に身重の体で行くのは危険極まりない。

「これは彼女のなのよ。だったら見届けてあげないと、可哀想でしょう?」

「奥様が見届けて差し上げる必要はないと思われますが……」

 かなりの上から目線……というより、力関係が遥かに上の存在特有の余裕でシスティーナはミスティ子爵夫人のを見届けると言った。彼女には分かっているのだろう。この茶会が夫人の命運を分けることになると。

「あ、見えてきたようです……」

 窓の外に宵闇に浮かぶ金色の建物が見えた。
 辺りは暗いというのにそこだけは眩い光を放っている。

「まあ……! 見事な建物だわ……」

 この国のものとはまた違った形式の、異国情緒溢れる建物にシスティーナは目を輝かせた。これから始まる楽しいの予感に胸が高鳴るのを抑えきれない。

「ふふ、楽しい夜になりそうね……」

 これから他者の図り事に飛び込んでいくとは思えぬほどキラキラした目の主人に侍女はため息を抑えきれなかった。
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