99 / 136
茶会……?
しおりを挟む
馬車が曲がり角を抜けると、彼女の瞳に金色の光が滲んだ。高くそびえる門の向こうには金と翡翠のランプに照らされた豪奢な館が見える。
御者が手綱を引くと、馬車は滑るように停止した。やがて扉が静かに開き、香辛料を思わせるような甘い香りが鼻をくすぐる。
「変わった香りだわ……」
花の匂いとはまた違う香りを楽しんでいると、館の中から見知った顔が現れる。
「お待ちしておりました、フレン伯爵夫人。お越しいただき誠にありがとうございます。今宵は先日の無礼の詫びにと存じまして、ささやかながら茶会を設けさせていただきましたの」
(ふーん……“茶会”ねぇ……)
出迎えたのは茶会の招待者であるミスティ子爵夫人だ。いつもの侍女ではなく、異国の衣装を身に纏った若い男性を数人連れている。
「ご招待ありがとうございます。素敵な場所ですね。一歩足を踏み入れた途端まるで別世界に迷い込んだよう……素敵な夜になりそうですね」
表向きはにこやかに世辞を述べるシスティーナだが、内心では言いたいことだらけだ。
(茶会だと言うのなら、その衣装はナシでしょう……)
まず、夫人の衣装だが、娼館に迷い込んだのかと思うほど大胆に肌を露出させたドレスを身に着けている。この国の茶会のドレスコードは主催者や季節によって異なるが、共通しているのは“肌を露出させない”ということ。見せていいのは顔から鎖骨にかけての部分と手くらいだ。夜会のように肩や背中、腕が見えるなどとんでもない。
しかし、夫人は肩・背中・うなじ・胸元とかなり大胆に露出させており、足元の生地にはスリットまで入っているので艶めかしい白い足が動くたびに嫌でも目に入る。しかも体のラインに沿ったデザインのドレスなので彼女の色香に満ちた肢体が際立ち、なんとも艶やかだ。
心なしか夫人の背後に控える男達の目がチラチラと彼女の露出した部分を追っている気がしてならない。その分かりやすい性的な視線は生理的な嫌悪感を催した。
出だしから嫌な気がしてならないとゲンナリするも、そんな悪感情を笑みで装いシスティーナは夫人に案内されるまま後に続いた。
門をくぐると中庭が広がる。噴水が静かに水を跳ね、水面がランプの光を浴びて煌めいていた。
(人の気配があまり無いわね……)
ここがどんな場所なのかは分からないが、通常の茶会の場であれば客人を出迎える大勢の使用人の姿があるはずだ。それなのに今ここにいる自分達以外の人気が全く感じられない。それだけで夫人がよからぬことを考えていると分かってしまう。悪事は人がいない場所で行われるものだから。
「こちらです。さあ、どうぞ」
促されるまま通された部屋はこれまた変わった造りをしていた。
丸い天井には夜空の星座が描かれ、低いランプが仄かに金箔を照らしている。壁には厚いカーテンが垂れ、外界を完全に遮断していた。中央には、モザイク細工の低卓と、色とりどりのクッションが散りばめられ、さながら夢の中の船室のようだった。
「素敵な部屋……。まるで海に漂う客船のようですね」
部屋の中を漂う甘ったるい香りが鼻につくが、室内の造りは幻想的で美しい。
(素敵……。出来ることなら一晩ここに留まりたいくらいだわ。視界の端に映る存在さえいなければ……ね)
いくつも設置されている大きなクッションにはあられもない恰好の男女が寝そべっていた。ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべてこちらを見るのが癇に障る。
そして、その中には一度だけ顔を合わせた夫の幼馴染、パメラの姿があった──。
御者が手綱を引くと、馬車は滑るように停止した。やがて扉が静かに開き、香辛料を思わせるような甘い香りが鼻をくすぐる。
「変わった香りだわ……」
花の匂いとはまた違う香りを楽しんでいると、館の中から見知った顔が現れる。
「お待ちしておりました、フレン伯爵夫人。お越しいただき誠にありがとうございます。今宵は先日の無礼の詫びにと存じまして、ささやかながら茶会を設けさせていただきましたの」
(ふーん……“茶会”ねぇ……)
出迎えたのは茶会の招待者であるミスティ子爵夫人だ。いつもの侍女ではなく、異国の衣装を身に纏った若い男性を数人連れている。
「ご招待ありがとうございます。素敵な場所ですね。一歩足を踏み入れた途端まるで別世界に迷い込んだよう……素敵な夜になりそうですね」
表向きはにこやかに世辞を述べるシスティーナだが、内心では言いたいことだらけだ。
(茶会だと言うのなら、その衣装はナシでしょう……)
まず、夫人の衣装だが、娼館に迷い込んだのかと思うほど大胆に肌を露出させたドレスを身に着けている。この国の茶会のドレスコードは主催者や季節によって異なるが、共通しているのは“肌を露出させない”ということ。見せていいのは顔から鎖骨にかけての部分と手くらいだ。夜会のように肩や背中、腕が見えるなどとんでもない。
しかし、夫人は肩・背中・うなじ・胸元とかなり大胆に露出させており、足元の生地にはスリットまで入っているので艶めかしい白い足が動くたびに嫌でも目に入る。しかも体のラインに沿ったデザインのドレスなので彼女の色香に満ちた肢体が際立ち、なんとも艶やかだ。
心なしか夫人の背後に控える男達の目がチラチラと彼女の露出した部分を追っている気がしてならない。その分かりやすい性的な視線は生理的な嫌悪感を催した。
出だしから嫌な気がしてならないとゲンナリするも、そんな悪感情を笑みで装いシスティーナは夫人に案内されるまま後に続いた。
門をくぐると中庭が広がる。噴水が静かに水を跳ね、水面がランプの光を浴びて煌めいていた。
(人の気配があまり無いわね……)
ここがどんな場所なのかは分からないが、通常の茶会の場であれば客人を出迎える大勢の使用人の姿があるはずだ。それなのに今ここにいる自分達以外の人気が全く感じられない。それだけで夫人がよからぬことを考えていると分かってしまう。悪事は人がいない場所で行われるものだから。
「こちらです。さあ、どうぞ」
促されるまま通された部屋はこれまた変わった造りをしていた。
丸い天井には夜空の星座が描かれ、低いランプが仄かに金箔を照らしている。壁には厚いカーテンが垂れ、外界を完全に遮断していた。中央には、モザイク細工の低卓と、色とりどりのクッションが散りばめられ、さながら夢の中の船室のようだった。
「素敵な部屋……。まるで海に漂う客船のようですね」
部屋の中を漂う甘ったるい香りが鼻につくが、室内の造りは幻想的で美しい。
(素敵……。出来ることなら一晩ここに留まりたいくらいだわ。視界の端に映る存在さえいなければ……ね)
いくつも設置されている大きなクッションにはあられもない恰好の男女が寝そべっていた。ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべてこちらを見るのが癇に障る。
そして、その中には一度だけ顔を合わせた夫の幼馴染、パメラの姿があった──。
3,948
あなたにおすすめの小説
兄にいらないと言われたので勝手に幸せになります
毒島醜女
恋愛
モラハラ兄に追い出された先で待っていたのは、甘く幸せな生活でした。
侯爵令嬢ライラ・コーデルは、実家が平民出の聖女ミミを養子に迎えてから実の兄デイヴィッドから冷遇されていた。
家でも学園でも、デビュタントでも、兄はいつもミミを最優先する。
友人である王太子たちと一緒にミミを持ち上げてはライラを貶めている始末だ。
「ミミみたいな可愛い妹が欲しかった」
挙句の果てには兄が婚約を破棄した辺境伯家の元へ代わりに嫁がされることになった。
ベミリオン辺境伯の一家はそんなライラを温かく迎えてくれた。
「あなたの笑顔は、どんな宝石や星よりも綺麗に輝いています!」
兄の元婚約者の弟、ヒューゴは不器用ながらも優しい愛情をライラに与え、甘いお菓子で癒してくれた。
ライラは次第に笑顔を取り戻し、ベミリオン家で幸せになっていく。
王都で聖女が起こした騒動も知らずに……
戻る場所がなくなったようなので別人として生きます
しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。
子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。
しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。
そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。
見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。
でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。
リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
私を追い出した結果、飼っていた聖獣は誰にも懐かないようです
天宮有
恋愛
子供の頃、男爵令嬢の私アミリア・ファグトは助けた小犬が聖獣と判明して、飼うことが決まる。
数年後――成長した聖獣は家を守ってくれて、私に一番懐いていた。
そんな私を妬んだ姉ラミダは「聖獣は私が拾って一番懐いている」と吹聴していたようで、姉は侯爵令息ケドスの婚約者になる。
どうやらラミダは聖獣が一番懐いていた私が邪魔なようで、追い出そうと目論んでいたようだ。
家族とゲドスはラミダの嘘を信じて、私を蔑み追い出そうとしていた。
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる