どうして許されると思ったの?

わらびもち

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醜い

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「だ、だって……どうしても、諦めきれなかった。初恋だったのよ……」

 それでも他の男への恋心を語り続ける妻に子爵の心は徐々にすり減ってゆく。
 結局のところ妻は自分のことしか考えていない。
 自らの言葉が目の前の夫をどれほど傷つけているかなど、微塵も思い至らぬのだ。
 そんな女に心を奪われ、周囲の反対をも振り切って妻に迎えた自分の愚かさを改めて思い知らされる。

「…………お前は、醜いな」

「えっ…………!?」

 子爵の絞り出すような声と、その口から放たれたこれまで一度も聞いたことのない言葉にエルザは息を呑み、言葉を失った。

「こんなにも自分の欲しか考えられない醜い女だったのか……」

「あ、あなた…………?」

『醜い』などという言葉は夫から今まで一度もかけられたことはなかった。
 それは美貌だけで選ばれ、それ以外誇れるものがないエルザの存在そのものを否定するような言葉だ。

「いつまで経っても子供以下の礼儀作法しか身につかないお前でも……私は、愛していた。それなのに、お前は私や子供たちを裏切り他の男に好意を寄せ、無関係の女性の人生を弄んだ。しかも、好意を寄せた男にまで多大な迷惑をかけ、当家にまで平気で迷惑をかけた。お前がここまで人の心が無い化け物だとは思いもしなかったよ」

 悲しみと怒りを滲ませた声で、子爵はゆっくりと言葉を紡いだ。
 それは相手に言い聞かせるというよりも、自分自身に言い聞かせるような言葉だった。

「お前がおぞましい罪を犯したと聞いても、私はなお、お前を庇いたいと思った。惚れた女の面倒は最後まで見てやりたいと、そう思っていたさ。お前の口から……フレン伯爵を好いていると聞くまではな……」

 ここで初めてエルザは自分が不味いことを言ったと気づいた。
 それは夫を傷つけたことを悔いたわけじゃない。ただ、味方を失ったことに気づいて動揺しただけ。
 他者の心に配慮する頭などないエルザに夫の心の傷など理解できるはずもない。

「そんな……。あなたはもう、私を好きでいてくれないの……?」

「……ここで出る言葉がそれか。つくづくお前は私を見下していたのだな。今の今までそれに気づかなかった私はなんと滑稽なのか……」

 自嘲気味に笑う子爵を見て、エルザの背筋に冷たいものが走った。
 不味い、かける言葉を間違えた。そう思ったが時すでに遅し。子爵の目からは完全に情が消えうせていた。

「ようやく分かったよ。お前という女が、どれほど醜いかを。……エルザ、今、この時をもってお前をミスティ家の籍から外す。当家と無関係のお前を庇う様な真似を一切しない。お前の罪は、お前が償え」

 子爵から完全に突き放されたと分かり、エルザは絶望した。

「そんな! 私、殺されてしまうのかもしれないのよ!? それなのに見捨てるの!」

「罪に対して妥当な罰だろう。犯罪者の分際で文句を言うな。大人しく罪を償え、あの世で反省しろ」

「………………ッ!!?」

 およそ夫の口から発せられたとは思えないほどの辛辣な言葉にエルザは言葉を失った。
 そして、次に自分がどうなるのかを想像し、全身から血の気が引く。

「い……いや、いやよ……お願い、助けて……」

 縋りつく妻の手を振り払い、子爵は馬車の扉を閉めた。
 それは妻との決別の証である。

 馬車の中からエルザの泣き叫ぶ声が聞こえてきたが、不思議と心が動かされない。
 今までは当たり前のように彼女のやらかしの後始末をしてきたが、情も尽きた今ではそれをしてやりたいとも思わなかった。

 酷く傷ついたはずなのに、子爵の顔にはどこか吹っ切れたような諦めが滲んでいた。
 そのままその場から静かに立ち去り、システィーナの待つ応接室へと向かう。

「……お帰りなさい。話し合いは済んだかしら?」

 この世の美をすべて集めたかのような所作で静かに待つシスティーナを見て、子爵は力なく笑った。

「はい。お待たせして申し訳ございません。……そして、改めて妻が大変なご迷惑をおかけしたこと、心よりお詫び申し上げます」

 再び子爵は床に額づき謝罪の言葉を述べる。涙を滲ませた顔をシスティーナに見られぬように……。
 
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