どうして許されると思ったの?

わらびもち

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少しだけ羨ましい

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「フレン伯爵夫人――我が妻の罪、万死に値するものと存じております。されど、どうか……我が子らには、何卒、責が及ばぬよう……お願い申し上げます」

 額を床につけたまま子爵は絞り出すような声で言葉を紡ぐ。
 威厳ある貴族としての矜持をかなぐり捨て、震えた声で父としてただひとつの願いを口にする。

「子供たちは妻の所業を知る由もありません。私にできる贖いは、すべて……命をもって果たします。どうか、子供たちだけはお赦しくださいますよう……何卒お願い申し上げます……」

 自分の振る舞いが貴族として相応しくないことを重々承知したうえで、子爵は子のために頭を下げ続けた。
 それは血を分けた我が子への愛しさと、妻エルザとの結婚で得たものが、もはや子供たち以外には何ひとつ残っていないという理由からだった。
 妻譲りの美貌を受け継ぎ、妻に似ず聡明な我が子たち。
 あの子たちこそ、子爵がエルザを妻に迎えたことで得た唯一の良い結果。
 エルザとの縁が決して誤りではなかったと示す、確かな証。
 愛しい我が子たちのためならば──この命を投げうっても惜しくはない。

「……子に、責が及ばぬように――そう仰せでしたね?」

 システィーナは感情の見えない瞳を子爵に向けた。
 静かに、だが明確に言葉を重ねた彼女の声には憐れみも怒りもない。

「あなたの妻が犯した罪は、公に背き、名を汚すもの。そして複数人の罪なき人の人生を狂わせました。それは到底見過ごせないもの……それは承知しておりますか?」

「重々、承知しております……。それでも、あの子たちだけは……」

 子爵は床に額をこすりつけ、呻くように答える。
 しばしの沈黙の後、システィーナはゆっくりと口を開く。

「分かりました。あなたの子らには一切の咎を問わぬと保証いたしましょう」

 子爵はバッと顔を上げ、驚きに目を見開いた。

「本当でございますか……!?」

「ええ、わたくしの名にかけて、お約束いたしましょう。ただし――あなたの妻、エルザ夫人には、相応のけじめをつけていただきます」

 相応のけじめが何を意味するか、子爵は重々承知していた。
 エルザの命が危ういことも。しかし――それでも迷いはなかった。

「もちろんでございます。……妻は、それだけのことを致しました。それと、私に償えることがございましたら、何なりとお申し付けください」

「結構。それではエルザ夫人の身柄はこのままわたくしがお預かりします。……今宵限りで妻との縁を断つこと。それが子を救う唯一の道です。……できるならば、ですが」

 子爵は、覚悟を試すようなシスティーナの視線を真っ直ぐに受け止めた。
 もしエルザと話す前だったなら、躊躇していたかもしれない。だが今は微塵の迷いもない。

「はい、もちろんでございます。諸手続きにつきましては後ほど執り行うとして、今宵をもちまして妻は当家の人間ではなくなりました。これより先はミスティ子爵夫人という肩書のなくなったです」

 そう言い切ったとき、不思議なほど心が軽くなった。
 長く自分を裏切り続けていた妻と今まさに決別したのだと実感し、胸に燻っていたモヤが晴れた心地がした。

「よろしいでしょう。それと、わたくしはこの件を公にするつもりはありません。なのであなたも他言なさらぬようお願い申し上げます」

「公にするつもりはない……と? 私としてはありがたい限りですが、夫人はそれでよろしいのですか……?」

「ええ。公にしてしまうと、夫の前の奥方たちが被害者だと世間に知られてしまいます。それはご本人も、ご家族も望まないでしょうから」

 当時、被害を泣き寝入りした前妻とその家族たち。
 彼等は事が公になることで家の名が汚れることをなにより恐れていた。
 エルザの言いなりになってまで守ろうとした名誉を穢すわけにはいかない。

「この件に関わったすべての者には、わたくしの手でしかるべき償いをさせます。一切の情けをかけるつもりはございません。それでよろしいですね?」

「ええ、もちろんです。すべては貴方様の御心のままにお任せいたします」

「では、そのように……。それにしても、少しだけあなたの子供が羨ましいですね。ここまで父親に大切にしてもらえて……」

 その言葉に、子爵は戸惑いの声をあげた。

「……え?」

 システィーナは目を伏せ、ほんの一瞬、言葉を選ぶように間を置く。

「我が父は、わたくしのために床に額をつけて懇願するなんて真似をしてくださらないでしょうから……。そこまでしてもらえるあなたの子供たちが羨ましい。そう思える自分に、少し驚いています……」

「伯爵夫人……」

 目を伏せたシスティーナは自分の腹を軽くさすった。

「きっと、我が夫レイモンドもあなたと同じように、我が子のためなら何でもするのでしょう……。それを、不思議と嬉しく思えます……」

 父のように優秀でなくとも、父には絶対に出来ないことを簡単にしてくれるであろう夫に愛しさが募る。
 子爵は、何も言わずにただ静かにその様子を見つめていた。
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