どうして許されると思ったの?

わらびもち

文字の大きさ
120 / 136

牢屋の中で

しおりを挟む
「……冗談じゃないわよ。なんで私がこんな目に……!!」

 冷たい石床の上にしゃがみ込み、ドレスの裾をぐいっと引き寄せながら、エルザは誰にともなくつぶやいた。
 ドレスからのぞく肌がひんやりと寒さを感じる。こんなことになると分かっていたら、こんな露出の多いものなど着なかったのに……。

 彼女がいる場所はフレン伯爵家の地下にある牢屋。
 天井は低く、身を起こせば頭がすぐに冷たい石にぶつかる。壁は粗く積まれた石でできており、隙間から染み出た地下水が冷たい筋となって床を伝っている。床そのものも土と石が混じった不均一なもので、苔と藁が腐った臭いを漂わせていた。

 眼前に見える鉄格子は厚く、古びて錆びついていた。格子の外には細い廊下が伸びており、松明の光が遠くにぼんやりと揺れている。その明かりがかろうじて牢の中にも差し込むが、陰影が濃く、部屋の隅には何があるのかさえ判別できない。ネズミの鳴き声と、時折聞こえる水音に恐怖を感じ、体が小刻みに震える。

「ヒッ……!? なんなのよ、ここ……なんで私がこんな場所に押し込められなければならないの!」

 自分の声が冷たい石壁にぶつかり、静寂の中に響き渡る。
 自分の声が虚しく返るその一瞬で、ここには自分しかいないのだと悟った。

「なんで私一人……? パメラお従姉様は何処……?」

 蝋燭もない薄暗がりの中で、彼女は戸惑いと混乱の渦中にいた。
 あのとき、従姉のパメラもまた馬車こそ違えど、間違いなく騎士に連れて行かれたはずだ。
 忌々しいあの女が騎士に「牢へ入れなさい」と命じてたのを覚えている。
 なら、ここ以外の牢に入れられているのだろうか。それとも、もう既に始末されている……?

 そこまで思い至り、エルザは身震いした。胸の奥に忍び寄る恐怖を振り払うように激しく頭を振る。

「どうして、こうなるのよ……。私はただ……好きな人と結ばれたかっただけじゃない……! それの何が悪いっていうのよ…………」

 この期に及んでも自分に非があるとは思っていない。
 それでもエルザの頭の片隅には傷ついた夫の顔がちらつくのだった。

「あの人のあんな顔、初めて見た…………」

 ふとした瞬間、夫の顔が脳裏に浮かぶ。
 あの時の、眉間に深く寄せられた皺、傷ついた目の奥に映る失望と裏切りの色。何度も見たはずの顔なのに、まるで知らない人のように思えた。

「でも、仕方ないじゃない……好きになってしまったんだもの……」

 そう自分に言い聞かせるように呟いた。胸の中に僅かによぎった罪悪感を消すように。
 エルザの選択はあまりにも愚かだった。熱に浮かされたように突き動かされ、未来の影など顧みることもなく、その場の感情に身を委ねてしまったのだから。
 愛だの恋だのいう耳障りの良い言葉で正当化しようとしても裏切りの代償は重く、取り返しのつかないものだった。

「……そうよ、私は悪くない。絶対、悪くなんかない……」

 そう繰り返す声は小さく震えていた。

「大丈夫……。きっと、夫が助けに来てくれるはずよ。だってあの人は私に惚れているもの……」

 別れの言葉が幻であったかのように、彼女はただ、夫が迎えに来るのを信じていた。
 それが現実逃避からくるものなのか、それともこんな状況になっても事態を軽く見ているからなのかは分からない。
 彼女が現実と向き合わなければならなくなるのは、まだもう少し先のこと。
 その時には好いた相手のことなど思い出す余裕すら、きっと残されていない。
 そんな彼女が最後に思い出すのは、うるさくも彼女を想い続けてくれた夫なのだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

皆さん勘違いなさっているようですが、この家の当主はわたしです。

和泉 凪紗
恋愛
侯爵家の後継者であるリアーネは父親に呼びされる。 「次期当主はエリザベスにしようと思う」 父親は腹違いの姉であるエリザベスを次期当主に指名してきた。理由はリアーネの婚約者であるリンハルトがエリザベスと結婚するから。 リンハルトは侯爵家に婿に入ることになっていた。 「エリザベスとリンハルト殿が一緒になりたいそうだ。エリザベスはちょうど適齢期だし、二人が思い合っているなら結婚させたい。急に婚約者がいなくなってリアーネも不安だろうが、適齢期までまだ時間はある。お前にふさわしい結婚相手を見つけるから安心しなさい。エリザベスの結婚が決まったのだ。こんなにめでたいことはないだろう?」 破談になってめでたいことなんてないと思いますけど?  婚約破棄になるのは構いませんが、この家を渡すつもりはありません。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

幼馴染の婚約者を馬鹿にした勘違い女の末路

今川幸乃
恋愛
ローラ・ケレットは幼馴染のクレアとパーティーに参加していた。 すると突然、厄介令嬢として名高いジュリーに絡まれ、ひたすら金持ち自慢をされる。 ローラは黙って堪えていたが、純粋なクレアはついぽろっとジュリーのドレスにケチをつけてしまう。 それを聞いたローラは顔を真っ赤にし、今度はクレアの婚約者を馬鹿にし始める。 そしてジュリー自身は貴公子と名高いアイザックという男と結ばれていると自慢を始めるが、騒ぎを聞きつけたアイザック本人が現れ…… ※短い……はず

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

処理中です...