茶番には付き合っていられません

わらびもち

文字の大きさ
35 / 87

ヘレンの出生②

しおりを挟む
「ハスリー子爵家からヘレンの出生届が出されたのも丁度その頃よ。もちろん母親の欄はハスリー子爵夫人になっていたけれども」

「ですがお母様、それだけでヘレンが王妃様の娘だと判断出来ませんわ」

 今の話だけではハスリー子爵夫人と王妃が交流した形跡が見当たらないこと、ハスリー子爵と王妃が昔恋人関係にあったこと、そして王妃が長期に渡る謎の里帰りをしていたことしか分かっていない。これらを結び付けてヘレンが王妃の娘だと判断するには若干無理がある。

「そうね、これだけならそう思うのも当然だわ」

「これだけ……ということは、他にも情報があるということですか?」

「勿論あるわよ。まず、ヘレンはハスリー子爵夫人が産んだ子ではないの。夫人と子爵は白い結婚だったそうよ」

「え……お待ちください、どうやってそんな事までお調べになったのですか!?」

「そんなの当時の使用人から聞き出したに決まっているじゃない。ハスリー子爵夫人に仕えていた侍女に接触したのよ」

 ハスリー子爵家がお取り潰しになったのはもう十年以上も前の話だ。
 その当時の使用人を探すだけでも大変なはず。感心する私に母は「お金に糸目をつけなければ大抵の情報は手に入るのよ、覚えておきなさい」と告げた。名言だ、心に刻んでおこう。

「侍女が言うにはハスリー子爵夫人は一代男爵家の一人娘だったらしいわ。流行り病で両親を亡くし、生活にも困っていたところをハスリー子爵に見初められてそのまま結婚したそうよ」

「それはなんともロマンチックなお話ですね……」

 一見すると、哀れな境遇の女性が貴族の男性に見初められるシンデレラストーリーだ。
 だが、ひねくれた見方をすると夫人は実に都合のいい相手だと思えてならない。
 
 一代限りの貴族であれば継ぐ爵位も領地もない。となると失礼な言い方をすれば彼女と結婚するメリットは何もないのだ。子爵が彼女に心底惚れたうえでの結婚であればいいが……そうではなく、もし何かに利用しようと考えていたのなら彼女はうってつけの相手だろう。頼れる家も親もいないしお金もない、つまりは逃げ出すことが出来ない相手なのだから。

「子爵は夫人を表向きは大切にしていたそうよ。贈り物や花を頻繁に渡すなどしてそれはいい夫だったそうだわ」

「ん? お待ちください、確かハスリー家は名ばかりの斜陽貴族なのですよね? どこにそんな贈り物や花を購入するお金が……?」

「鋭いわね、ミシェル。でもは一旦置いておいて、ややこしくなるから」

 そう言うってことは母もこの矛盾に気づいたのだろう。
 気にはなるが、確かに話がごちゃごちゃするからこれは一旦置いておこう。

「それで話を戻すけど、子爵が夫人と閨を共にすることは一切なかったらしいわ。最初は『君を大切にしたいから』と言われて素直に信じていた夫人も段々と夫に不信感を抱くようになったそう。それはそうよね、当主の最大の義務といえば跡継ぎを作ることだもの」

「そうですよね。貴族が結婚する理由は跡継ぎを作り血を繋ぐことですもの。それを拒む夫に不信感を抱かない妻はおりませんわ」

「ええ、そして他所に女がいると疑わない妻もいないわね。いたとしたら相当な能天気よ。ハスリー子爵夫人も当然のように夫を疑い、真実を突き止めるため外出する夫を尾行したそう。すると案の定外で女と密会していたのだけど……なんとその女の腹は膨れていたらしいわ」

「膨れていたとは……つまり妊婦ということですか?」

「ええ、子爵はその妊婦に見たこともないほどの甘く優しい笑顔を向けていたらしいわ。夫人はそれについて子爵に詰め寄りたかったそうだけど、それをすることで離縁されたら……と思うと怖くて出来なかったそうよ。離縁されても行く宛てが無いから見て見ぬふりをしたみたい」

 ああ、やっぱり子爵にとって夫人は都合がいい相手だったのだ。
 他所で女を作ろうとも離縁を恐れて見て見ぬふりをしてくれる妻、というのは前世の小説でもよく見た。他に女がいる男の基本行動なのかそれは。

 ということはその妊婦の腹には子爵の子がいて、夫人はその子を育てるためだけに結婚した相手ということ? それならそうと事前に説明して承諾を得ればいいものを、どうしてこういう類の男はいつも事後報告なのだろう……。頭がもう恋愛でいっぱいで思考が腐りかけているに違いない。

「悩んでいるまま月日は経ち、ある日突然子爵が赤ん坊を邸に連れ帰ってきたそうよ。夫人に向かって『今日からこの子は君の子だ』と言って育てさせたらしいわ」

「うわ……屑の所業にも程がありますね。そんなペット感覚で人間の赤ん坊を連れてくるなんて頭が湧いているのでしょうか?」

「まあ、きっと虫の一匹や二匹は湧いているわね。もし旦那様が同じことをすれば全身に蜂蜜を塗りたくって木の上に吊るすけど……離縁されたら後がない夫人は夫を責めることも出来ず、大人しくそれを受け入れたそうよ。あの時の妊婦と同じ菫色の瞳をした赤ん坊……ヘレンと名付けたその子の母となったらしいわ」

 なんだか前半サラッと悍ましい報復行動を告げられた気がする。
 確かそれをすると体に虫が集まって……いや、考えるのはやめておこう。

「え? 夫人はその妊婦の顔を見たのですか?」

「いえ、夫人がどうかは分からないけど、侍女は妊婦の顔を見たそうよ。といってもベールを被っていたから瞳の色しか分からなかったそうだけど。菫色の瞳といえば……王妃もそうよね」

 母に言われて私はそこで初めて王妃とヘレンの瞳の色が同じだと気づいた。

(そうだわ……ヘレンと王妃はどちらも同じ菫色の瞳をしているじゃない。紫や青は高位貴族にはありがちな色だから特に気にもしていなかったけど……よく考えれば下位貴族出身のヘレナの瞳がそうなのはおかしいわ)

 いや、でも父親が侯爵家の子息ならばおかしくないのか。と思ったが問題はそこじゃない。
 私というかミシェルはヘレンが“元子爵の遺児”……つまりは下位貴族出身という情報しか知らなかったのだから、瞳の色について疑問を持って然るべきだ。

 これも強制力の一種なのだろうか、それとも“婚約者が別の女を常に侍らせている”という行動がインパクト大だったためにヘレンや王妃の容姿など気にもならなかったのか。多分後者だと思う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

邪魔者は消えますので、どうぞお幸せに 婚約者は私の死をお望みです

ごろごろみかん。
恋愛
旧題:ゼラニウムの花束をあなたに リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

処理中です...