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王子と面会②
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監獄へと到着した私は目の前にそびえ立つ物々しい雰囲気の建物に息を飲んだ。
一切の装飾や塗装のないむき出しの岩で作られたであろうそれからは重苦しい空気が立ち込めている。
(ここが監獄……。この場所にあの我儘王子が収監されているのね……)
生まれてからずっと煌びやかな王宮で過ごしていたあの王子が、こんな殺伐とした建物に押し込められている。なんとも哀れだが、別に可哀想とは思わない。むしろあの勘違い我儘自己中野郎に反省を促すいい機会だろう。
看守に案内され、建物の地下へと続く階段を降りる。
降りた先には外側から閂がかかっている扉があり、どうやら王子はそこに収容されているそうだ。
地下なので当然窓が無い。昼間でも薄暗いこの場所に長くいると段々と生気が薄れていきそうになる。
流石にここでしばらく生活していたら大人しくなっているはず。
そんな希望は扉を開けた先にいる王子と目が合った瞬間砕かれた。
「ミシェル! 貴様よくも私の前に顔を出せたものだな!? 全ては貴様が招いたことだと理解しているのか! 恥を知れ!」
鉄格子越しにギャンギャン喚く薄汚い猿を前に私は盛大なため息をついた。
人前でため息をつくなどはしたないが今だけは許してほしい。
(いや~……なーんも変わってなかったわ)
相も変わらず意味不明なことを喚いている。
外見は大分変ってしまったのに、中身はちっとも変っていない。逆ならよかったのにね。
「煩いですこと……。相変わらず猿みたいにキイキイ騒いでみっともない」
蔑んだ目でそう告げると王子は更にヒートアップして騒ぎだした。
「はあ……これでは話になりませんわ」
ミシェルを見るとすぐに噛みついてくる鬱陶しさは健在のようだ。
しかし私は彼の鬱憤を晴らす為の道具になりに来たわけではない。
「少し静かにさせてくださいな」
看守にそう言うと、彼は恭しく一礼する。そして所持する槍の持ち手部分を鉄格子に通し、王子の腹目掛けて思い切り突いた。
「ぐはっ……!! ゲホッ、な、なにをする!?」
「貴方が煩いから少し大人しくさせようかと思いまして……」
「だからってこんな暴力が許されると思うのか!? なんて野蛮な……公爵令嬢が聞いて呆れる!」
「なんとでもどうぞ。貴方の語彙力の少ない罵詈雑言など聞き飽きておりますの。それより、大人しく話ができないのでしたらもう一度打ちましょうか?」
サッと片手を上げると看守が再び槍を反対に構えた。
すると分かり易く王子はビクッと体を震わせて腹を庇う。
穂先で突けば普通に致命傷だから柄の部分で突いてもらったけど、まあ死なないとしても痛かったでしょうね。その青い顔を見ればよく分かるわ。
「わ、わかった……! 大人しく話を聞くから止めてくれ!」
あら、意外にも素直に言う事を聞いたわ。
躾のなっていない猿でも痛みには弱いのね。
「結構、それではお話を始めましょうか」
私は鉄格子の前に置かれた椅子に座り王子に顔を向けた。
その顔にはあからさまに不満の色が浮かんでいる。
「……貴様、自分だけ座るつもりか?」
「? 別に貴方も座ればよろしいのでは?」
「私にこんなものに座れというのか!」
まーた何を訳の分からないことを……と鉄格子の向こう側に目を遣り、そこで彼が言わんとすることを理解した。
「ああ、もしかしてその木製の品……それが貴方の椅子ですか?」
鉄格子の向こう側にある彼の居住スペースには木製の椅子と思しきものが置いてあった。
今まで座り心地のいい高価な椅子にばかり座っていた彼にとって、クッション部分もなければ布も貼られてもいない固そうなそれはお気に召さないのだろう。そして当てつけとばかりに私は来客用のいい椅子に座っているから。
「……そうだ! 王族である私が格下のお前よりも粗末な椅子に座るなど有り得ない!」
有り得ないと言われてもねえ……。貴方は犯罪者で私はお客様だし?
当然だと思うけど、馬鹿だからそんなことも分からないか。
「ふー……『文句があるなら座るな! 立っていろ!』」
いきなり私がドスのきいた声を出すと王子は驚愕した表情を見せた。
「なっ……なんだ、いきなり……」
怯えたようにそう言う彼に私は冷めた目を向ける。
何を他人事のように言っているのだと。
「これは貴方が昔わたくしに向けて言ったことですよ? 嫌ですね……忘れてしまわれたのですか? わたくしは一生忘れられないというのに……」
この言葉はミシェルが初めて婚約者同士の交流茶会に招かれた時にこの男からかけられたものだ。茶会の場へと案内されたミシェルが見たのは、二つしかない椅子に座り仲睦まじくお茶を飲む婚約者とヘレンの姿。案内をした侍従が慌てて新しい椅子を持ってきたものの、二人が座る椅子とは形の違うそれを自分の今の境遇と重ねてしましミシェルの目に涙が滲んだ。それをただ『椅子が気に入らない』」と斜め上の解釈をした王子が先ほどの台詞をぬかしやがったのだ。お前のせいでミシェルが悲しんでいたんだっつーの!!
「あの時、わたくしは大人しく用意された椅子に座りましたわ。だから貴方も貴方に用意された椅子に大人しく座るか、嫌なら立っていなさい」
先程の私の態度がよほど怖かったのか、王子は青い顔で静かに粗末な木製の椅子に腰かけた。
一切の装飾や塗装のないむき出しの岩で作られたであろうそれからは重苦しい空気が立ち込めている。
(ここが監獄……。この場所にあの我儘王子が収監されているのね……)
生まれてからずっと煌びやかな王宮で過ごしていたあの王子が、こんな殺伐とした建物に押し込められている。なんとも哀れだが、別に可哀想とは思わない。むしろあの勘違い我儘自己中野郎に反省を促すいい機会だろう。
看守に案内され、建物の地下へと続く階段を降りる。
降りた先には外側から閂がかかっている扉があり、どうやら王子はそこに収容されているそうだ。
地下なので当然窓が無い。昼間でも薄暗いこの場所に長くいると段々と生気が薄れていきそうになる。
流石にここでしばらく生活していたら大人しくなっているはず。
そんな希望は扉を開けた先にいる王子と目が合った瞬間砕かれた。
「ミシェル! 貴様よくも私の前に顔を出せたものだな!? 全ては貴様が招いたことだと理解しているのか! 恥を知れ!」
鉄格子越しにギャンギャン喚く薄汚い猿を前に私は盛大なため息をついた。
人前でため息をつくなどはしたないが今だけは許してほしい。
(いや~……なーんも変わってなかったわ)
相も変わらず意味不明なことを喚いている。
外見は大分変ってしまったのに、中身はちっとも変っていない。逆ならよかったのにね。
「煩いですこと……。相変わらず猿みたいにキイキイ騒いでみっともない」
蔑んだ目でそう告げると王子は更にヒートアップして騒ぎだした。
「はあ……これでは話になりませんわ」
ミシェルを見るとすぐに噛みついてくる鬱陶しさは健在のようだ。
しかし私は彼の鬱憤を晴らす為の道具になりに来たわけではない。
「少し静かにさせてくださいな」
看守にそう言うと、彼は恭しく一礼する。そして所持する槍の持ち手部分を鉄格子に通し、王子の腹目掛けて思い切り突いた。
「ぐはっ……!! ゲホッ、な、なにをする!?」
「貴方が煩いから少し大人しくさせようかと思いまして……」
「だからってこんな暴力が許されると思うのか!? なんて野蛮な……公爵令嬢が聞いて呆れる!」
「なんとでもどうぞ。貴方の語彙力の少ない罵詈雑言など聞き飽きておりますの。それより、大人しく話ができないのでしたらもう一度打ちましょうか?」
サッと片手を上げると看守が再び槍を反対に構えた。
すると分かり易く王子はビクッと体を震わせて腹を庇う。
穂先で突けば普通に致命傷だから柄の部分で突いてもらったけど、まあ死なないとしても痛かったでしょうね。その青い顔を見ればよく分かるわ。
「わ、わかった……! 大人しく話を聞くから止めてくれ!」
あら、意外にも素直に言う事を聞いたわ。
躾のなっていない猿でも痛みには弱いのね。
「結構、それではお話を始めましょうか」
私は鉄格子の前に置かれた椅子に座り王子に顔を向けた。
その顔にはあからさまに不満の色が浮かんでいる。
「……貴様、自分だけ座るつもりか?」
「? 別に貴方も座ればよろしいのでは?」
「私にこんなものに座れというのか!」
まーた何を訳の分からないことを……と鉄格子の向こう側に目を遣り、そこで彼が言わんとすることを理解した。
「ああ、もしかしてその木製の品……それが貴方の椅子ですか?」
鉄格子の向こう側にある彼の居住スペースには木製の椅子と思しきものが置いてあった。
今まで座り心地のいい高価な椅子にばかり座っていた彼にとって、クッション部分もなければ布も貼られてもいない固そうなそれはお気に召さないのだろう。そして当てつけとばかりに私は来客用のいい椅子に座っているから。
「……そうだ! 王族である私が格下のお前よりも粗末な椅子に座るなど有り得ない!」
有り得ないと言われてもねえ……。貴方は犯罪者で私はお客様だし?
当然だと思うけど、馬鹿だからそんなことも分からないか。
「ふー……『文句があるなら座るな! 立っていろ!』」
いきなり私がドスのきいた声を出すと王子は驚愕した表情を見せた。
「なっ……なんだ、いきなり……」
怯えたようにそう言う彼に私は冷めた目を向ける。
何を他人事のように言っているのだと。
「これは貴方が昔わたくしに向けて言ったことですよ? 嫌ですね……忘れてしまわれたのですか? わたくしは一生忘れられないというのに……」
この言葉はミシェルが初めて婚約者同士の交流茶会に招かれた時にこの男からかけられたものだ。茶会の場へと案内されたミシェルが見たのは、二つしかない椅子に座り仲睦まじくお茶を飲む婚約者とヘレンの姿。案内をした侍従が慌てて新しい椅子を持ってきたものの、二人が座る椅子とは形の違うそれを自分の今の境遇と重ねてしましミシェルの目に涙が滲んだ。それをただ『椅子が気に入らない』」と斜め上の解釈をした王子が先ほどの台詞をぬかしやがったのだ。お前のせいでミシェルが悲しんでいたんだっつーの!!
「あの時、わたくしは大人しく用意された椅子に座りましたわ。だから貴方も貴方に用意された椅子に大人しく座るか、嫌なら立っていなさい」
先程の私の態度がよほど怖かったのか、王子は青い顔で静かに粗末な木製の椅子に腰かけた。
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