フランチェスカ王女の婿取り

わらびもち

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ジェーン①

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 ジェーンは幼い頃よりルイに好意を抱いていた。

 見目麗しく紳士的で頭もいいルイ。
 そんな彼と結婚するのは自分だと、ジェーンはそんな根拠のない確信を持っていた。

 だが、ルイから愛の言葉を囁かれたことも、贈り物を貰ったことも、特別扱いされたこともない。
 
 それでも彼の事を一番知っているのは自分で、一番好きなのも自分。
 だからいつかこの想いは伝わり、二人は結ばれると固く信じていた。

 それは単なる願望で、実現は到底不可能であることも知らずに……。



「ふざけないで! 貴族令嬢のアタシにこんな下賤な仕事をやれですって!?」

 侍女長の命令で洗濯場に連れてこられたジェーンに、その場にいた下女達は驚愕の眼差しを向けた。
 頬が腫れて赤くなっているところを見る限り、上の人間に折檻を受けてこの場所に連れてこられたことは分かる。
 それは分かるが騎士に連行されてやってきた者を見るのは初めてで、事情を知らない彼女達は怪訝な顔をしながらも一応は仕事を教えようとした途端にこれだ。皆ジェーンに不快感を覚え、その後は極力関わらないようになってしまった。

「アンタが仕事をやらないのは勝手だけど、やらないなら飯は食わせてもらえないよ。ここでは働かない者に食わす飯はないからね」

 洗濯下女を纏める立場のおさが吐き捨てるようにそう告げた。
 下女や下男はそれぞれの持ち場に長があり、仕事をサボる者がいないかをきちんと監督をしている。
 サボる者には食事は出さない。それがそれぞれの持ち場に共通した決まりだ。

 ジェーンはほぼ平民に近い資産しかない貧乏男爵家の娘だが、自分は貴族令嬢だという自負がある。
 そんな自分が平民に交じって汚れ仕事をするなど御免だった。

 だが、そんな矜持も空腹の前には無意味に近い。
 仕事をしないジェーンに食事は提供されず、彼女は空腹にあえぎ弱音を吐いた。

「お願い……何か食べるものをちょうだい。このままじゃ死んじゃうわ……」

「はあ……。だったら働けばいい。きちんと働けば飯は出るんだから。グダグダ言ってサボろうとするからそんな目に遭うんだよ」

 長にそう叱られ、ジェーンは泣く泣く洗濯仕事をする羽目となった。
 そうして食事は出してもらえるようになったものの、その内容は侍女だった頃より質は落ちる。

「豆や野菜、固いパンばかり……。もっとお肉とかシチューとか、柔らかいパンが食べたいわ……」

「贅沢言うんじゃないよ! そりゃアンタが侍女として働いていた頃はここよりもっとイイ飯にありつけたろうけどね。貴族の侍女様と平民の下女のアタシ達じゃ食うもんが違って当たり前だわ。そもそもなんだってアンタはこんなところに来たんだい? そのまま侍女やってりゃイイもん食えたし、給金だって沢山貰えただろう? 何すりゃ侍女が下女に落とされるんだい」

 長はいい機会なので持ち場にいる下女皆が思っている疑問をぶつけてみた。
 もう何十年と公爵邸に勤めているが、侍女が下女に落とされるという事例は一度も無い。
 多少のミスを犯したくらいでは、そこまでの罰は受けないはずだ。
 いったい何をすればここまでの扱いを受けるのか、それはその場にいる皆が抱いている疑問だった。

「べ、べつに……大したことしていないわよ!」

「いや、大したこともしていないのなら侍女が下女に格下げされたりしないだろう? まさか邸の金を横領でもしたのかい?」

「そんなことしていないわよ! ただちょっと王女様を怒らせちゃっただけよ!」

「は……? 王女様を怒らせただって? アンタ……正気かい?」

 平民にとって王女といえば雲の上の御方。
 怒らせては絶対に駄目だというのは子供でも分かる。

 そんな当たり前のことを悪びれもなくやるコイツは厄介で危険な人物だ。
 そう認識した洗濯下女達はその日からジェーンとの関りを一切絶った。
 コイツと関われば自分達も厄介なことに巻き込まれるかもしれない、と。

「……アンタ、明日からここじゃなくて調理場の方へ行っとくれ。そっちの方が人手が足りていないんだ」

 洗濯下女達が皆ジェーンと関わることを嫌がったため、長は調理場の方に話を通し、ジェーンの移動させることにした。下女や下男が持ち場を移動することは許されており、その権限は長が持つ。

 王族相手に簡単に無礼を働くような奴と一緒にいたらどんなとばっちりを受けるか分からない。
 それを危惧した長は詳しいことは説明せず、調理場の長に「洗濯仕事が向いていない下女がいて迷惑している。よければそっちで引き取ってくれないか?」とだけ伝えた。

 人手が不足している調理場としては有難い話のようで、二つ返事で引き受けてくれた。
 こうしてジェーンは下女に格下げされてから数日で洗濯場から調理場へと移動となった。


「お前、皮むき下手くそだな! もっと薄く剥かないと食うところ無くなっちまうぞ?」

「うるさいわね! 仕方ないでしょう、こんなのやったことないんだから!」

 ナイフすら持ったことがないジェーンが剥いた野菜はボロボロで食べる部分がほぼない。
 それを他の使用人が呆れた顔で眺めた。

「……ああ、もういい。これじゃ皆が食う量が減っちまうよ。あっちで配膳作業でもしててくれ」

 叱ろうが一向に改善する気のないジェーンに怒鳴る気も失せ、厄介払いをするように他人の持ち場へと追いやった。さすがのジェーンも配膳くらいはまともに出来るようで、ぶつぶつと文句を言いながらも皿に料理を盛り付ける
作業を始める。

「あ! おい、そっちの皿には生野菜を盛らなくていいぞ」

 配膳係の者がジェーンにそう指示を飛ばす。
 ジェーンは怪訝な顔を返し、それは何故かと問うた。

「それはだからだ。あの方は生野菜が嫌いだからな。好き嫌いが多くて困っちまうよ……。ああそうだ、配膳が終わったらその食事をセレスタン様の部屋まで運んでくれるか? いつも運んでくれる人が腰をやっちまって動けないんだ」

「セレスタン様……? 誰、その人?」

 そういえば侍女長の口からそんな名前を聞いたな、とジェーンはふと思い出した。

「何だお前知らないのか? セレスタン様はこのお邸のご子息だよ。といっても今は罰を受けて部屋に軟禁中だがな。すごく我儘で変な人だから、使用人は誰も近づきたがらないんだよ。だからいつも決まったメイドが部屋に食事を運んでたんだけどな、年のせいか腰をやっちまって休んでいるんだ。他の奴は全員行きたがらないから、頼む!」

 この家の子息?
 罰を受けて軟禁中?

 ジェーンはその時、以前のお邸でルイが”ヨーク公爵家の子息に変わり王女と婚約をする”と聞いたことを思い出した。

 なら、もしかしてその”セレスタン”というのは王女の前の婚約者だろうか……。

 その人が何をしたかは知らないが、彼がもし王女の婚約者に戻れば……ルイは晴れて自由の身になる?

 そんな妄想を抱いたジェーンの目に光が戻った。

「分かった、アタシ行ってくるわ!」

「おお、行ってくれるか! 助かるよ、俺もあの人嫌いだから行くのイヤだったんだ。どうせそのうちこの邸から出て行く人だから礼儀はきにしなくていいぞ。無礼を働いたところでお咎めはないからな。それと色々我満言ってくるけど一切聞かなくていい。全部聞き流してハイハイ言ってりゃいいから」

 そこまでの扱いを受けるだなんて、その”セレスタン”はいったい何をしたのだろう……。
 
 一瞬そう訝しんだジェーンだが、別に自分には関係のないことだと気を持ち直す。

「セレスタン様の部屋は別邸の二階にある。扉に騎士が配置されているからすぐに分かると思うぞ」

 扉に騎士が? どれだけ厳重なのよ……。

 一瞬、危ない奴なのかと身構えたが、扉に騎士がいるならこちらに危害を加えられることはないかと思い直す。

 料理を乗せたワゴンを押し、ジェーンは弾むような足取りで別邸へと向かった。
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