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九話 武田と今川
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今川氏輝公と梅岳承芳様はご両親とも
血筋の繋がりたる間柄なれば実に仲むつまじく
、家臣の者共も心温かく思う次第であったが、
何とした事か次男の花倉殿は分をわきまえず、
遠州の地主共に担ぎ上げられて、
やれ他国から米を入れるな、やれ米価を上げろと
度重ねて無理を言われるため、
氏輝公も辟易とされているご様子であった。
その末には「月の明るい夜ばかりとは思うなよ」
と梅岳承芳様に悪態をつく始末であった。
花倉殿の粗暴なる態度が日増しに酷くなる中、
左兵衛は内密に太原雪斎様より善得寺へ呼び出しを受けた。
「内々に野伏を集めてほしい」
雪斎様は率直に仰せになった。
昨今、武田と今川の国境に伏せる野伏が急激な勢いで増えている。
恐らくは米の高騰で生活できなくなった領民が村を
捨てた流民の集まりであろう。それほど米が高騰しても
甲斐武田の領主、武田信虎は大地主である譜代の家臣を守るため、
他国から米を買い入れなかった。
代わりに信濃など近隣諸国に盛んに攻め入る事で、
消費を増やし国庫の金をばらまく事によって仕事を増やし、
庶民の窮状を救おうとしたが、
戦費の支出により物不足に拍車が掛り状況は悪化するばかりであった。
そうやって出来た流民共を集めるよう雪斎様はお求めになった。
恐らくは訓練して雑兵に仕立てるのであろう。
「もしや、花倉殿の謀反の兆しがございまするか」
「迂闊な事を言うものではない。
あくまでも外に対する備えじゃ。
武田は自国領民の暮らしを安んずるため、
近隣に戦を仕掛けて消費をと兵の仕事を増やそうとしておるが
一向に成果が上がらぬ。以前も駿河を攻めた事があった故、
また駿河に攻めかかってくるやもしれぬ。」
「かしこまりました」
「一つ、お伺いしてよろしいでしょうか」
「何であろうか」
「国を富ませる政とはすなあち、梅岳承芳様の差配なされるがごとく、
国を開き、安い物品を他国から引き入れ、
物価を下げて民の懐を潤わせることでございましょう。
何故、武田信虎は意固地なまでにそれと正反対の間違った政を止めようとせぬのですか」
「それは半分は正しく、半分は正しくはないのお」
雪斎様は少し口元に笑みを浮かべて仰った。
「何の事でございまするか」
「そちの考えじゃ」
「してその正しきは」
「今、梅岳承芳様の行われている政は正しいということじゃ」
「して間違いは」
「未来永劫、梅岳承芳様の今の政が正しいという訳ではないということじゃ」
「その理屈、飲み込めませぬ」
「ならばかいつまんで話そう。
飢饉で米などの物資が不足したる時は安き処より米を買い入れ、
物価を下げることが正しき道である。
しかし、豊作にて米あまりたる時により安い値で他国から米を買えば、
領国の農民は米が売れず生活が困窮する。
かような時は米を他国から買い入れず、
米を消費する築城なり行事なり戦なりを行うて
君主自ら領国の物資を消費することこそ肝要である。
武田の君主が浪費癖を止められず出兵を続けるのは、
恐らく過去に豊作で米余りの時、
消費政策によって成功を収めたからであろう。
よって過去の栄華が忘れられず同じ事を繰り返す。
これこそ愚策というものじゃ。
政とは船の航海のごとし、風に逆らえば前には進めぬ。
風は常に変化し、その変化に合わせて帆の位置を変える故、前に進めるのだ」
「さすが、母方が廻船衆の興津氏だけの事はあって、船の例えには実感がこもっておいでです」
「いや、なあに、拙僧自身は船商いの経験はござらぬ」
雪斎様は照れたようにはにかんだ。
剛直な学士かと思いきや、
このような表情もされるのかと思うと左兵衛にとっては意外な事だった。
血筋の繋がりたる間柄なれば実に仲むつまじく
、家臣の者共も心温かく思う次第であったが、
何とした事か次男の花倉殿は分をわきまえず、
遠州の地主共に担ぎ上げられて、
やれ他国から米を入れるな、やれ米価を上げろと
度重ねて無理を言われるため、
氏輝公も辟易とされているご様子であった。
その末には「月の明るい夜ばかりとは思うなよ」
と梅岳承芳様に悪態をつく始末であった。
花倉殿の粗暴なる態度が日増しに酷くなる中、
左兵衛は内密に太原雪斎様より善得寺へ呼び出しを受けた。
「内々に野伏を集めてほしい」
雪斎様は率直に仰せになった。
昨今、武田と今川の国境に伏せる野伏が急激な勢いで増えている。
恐らくは米の高騰で生活できなくなった領民が村を
捨てた流民の集まりであろう。それほど米が高騰しても
甲斐武田の領主、武田信虎は大地主である譜代の家臣を守るため、
他国から米を買い入れなかった。
代わりに信濃など近隣諸国に盛んに攻め入る事で、
消費を増やし国庫の金をばらまく事によって仕事を増やし、
庶民の窮状を救おうとしたが、
戦費の支出により物不足に拍車が掛り状況は悪化するばかりであった。
そうやって出来た流民共を集めるよう雪斎様はお求めになった。
恐らくは訓練して雑兵に仕立てるのであろう。
「もしや、花倉殿の謀反の兆しがございまするか」
「迂闊な事を言うものではない。
あくまでも外に対する備えじゃ。
武田は自国領民の暮らしを安んずるため、
近隣に戦を仕掛けて消費をと兵の仕事を増やそうとしておるが
一向に成果が上がらぬ。以前も駿河を攻めた事があった故、
また駿河に攻めかかってくるやもしれぬ。」
「かしこまりました」
「一つ、お伺いしてよろしいでしょうか」
「何であろうか」
「国を富ませる政とはすなあち、梅岳承芳様の差配なされるがごとく、
国を開き、安い物品を他国から引き入れ、
物価を下げて民の懐を潤わせることでございましょう。
何故、武田信虎は意固地なまでにそれと正反対の間違った政を止めようとせぬのですか」
「それは半分は正しく、半分は正しくはないのお」
雪斎様は少し口元に笑みを浮かべて仰った。
「何の事でございまするか」
「そちの考えじゃ」
「してその正しきは」
「今、梅岳承芳様の行われている政は正しいということじゃ」
「して間違いは」
「未来永劫、梅岳承芳様の今の政が正しいという訳ではないということじゃ」
「その理屈、飲み込めませぬ」
「ならばかいつまんで話そう。
飢饉で米などの物資が不足したる時は安き処より米を買い入れ、
物価を下げることが正しき道である。
しかし、豊作にて米あまりたる時により安い値で他国から米を買えば、
領国の農民は米が売れず生活が困窮する。
かような時は米を他国から買い入れず、
米を消費する築城なり行事なり戦なりを行うて
君主自ら領国の物資を消費することこそ肝要である。
武田の君主が浪費癖を止められず出兵を続けるのは、
恐らく過去に豊作で米余りの時、
消費政策によって成功を収めたからであろう。
よって過去の栄華が忘れられず同じ事を繰り返す。
これこそ愚策というものじゃ。
政とは船の航海のごとし、風に逆らえば前には進めぬ。
風は常に変化し、その変化に合わせて帆の位置を変える故、前に進めるのだ」
「さすが、母方が廻船衆の興津氏だけの事はあって、船の例えには実感がこもっておいでです」
「いや、なあに、拙僧自身は船商いの経験はござらぬ」
雪斎様は照れたようにはにかんだ。
剛直な学士かと思いきや、
このような表情もされるのかと思うと左兵衛にとっては意外な事だった。
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