どこまでも付いていきます下駄の雪

楠乃小玉

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八話 夕立

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 遠州方の不逞な態度に危惧を覚えられてか
 氏輝公は天文四年善得寺の住持であった琴渓承舜きんけいしょうしゅん
 七回忌法要を口実として九英承菊を駿河に呼び寄せ、
 そのまま善得寺の住持とした。

 九英承菊は以後、太原雪斎タイゲンセッサイとして
 今川家の政に関わることとなった。

 梅岳承芳様も氏輝公の深い信任を得て
 勘定方の政務に携わるようになられた。

 梅岳承芳様がなされた最も大きな改革が
 尾張からの米の買い入れであった。

 穀倉地である尾張から安い米を大量に買い入れ、
 今川領国内の市場に流したため、
 たちまち米の値段は暴落し、
 物価高に苦しめられていた今川領内の庶民はことごとく
 梅岳承芳様を賞賛したのだった。

 氏輝公がお心を砕かずとも国政が
 良好に進むようになると、氏輝公も長年の緊張の糸が切れたのか、
 お一人でふらりと散歩に出られるようになられた。家臣が氏輝公の一人歩きを
 見つけると慌ててお供するため、
 さして大事に至ることはなかった。

 氏輝公が物見遊山に行かれている間も梅岳承芳様は
 何一つ不平不満を言わず、喜んで寝る暇を削って政務に励まれた。

 ある時の夕暮れ、不意に降る夕立。

 「御屋形様はどうなされた」
 政務の手伝いで書簡を運んでいた左兵衛に
 梅岳承芳様がお聞きになられた。

 「恐らく散策でございましょう。
 外に出られる時は必ず門番が人を集め、決してお一人にはさせませぬ」

 「して傘は」
 「それは……」

 左兵衛が言葉に詰まると、
 見る間に梅岳承芳様の顔が蒼白になられた。

 それまで整理しておられた書類を放置して、
 筆を投げ捨て、梅岳承芳様は館の中から傘を探しだされ、
 それを紐で結わいて背中に担ぐと、馬に乗って外に駆け出された。

 左兵衛も慌てて馬に乗って後を追う。

 あちこち散々駆け回ったあげく、
 大きな木の木陰で家来衆数人の羽織を頭上にかざし
 雨に濡れぬようにしておられた氏輝公をお見つけすることができた。

 「かような処で何をしておいでですか」

 馬を下りて氏輝公に駆け寄られる梅岳承芳様は
 雨にあたってずぶ濡れになっておられた。

 「いや、夕焼けでも見ようかと思ったらこの夕立よ」

 「今川家君主がこのように不用意に出歩かれてはなりませぬ」

 「大事ない。駿河領内に我を恨む領民などおらぬわ」

 「領民はそうでも、他国の刺客が狙っておるやもしれませぬ、ささ、お傘を」

 梅岳承芳様は背中に担いだ傘をおろし、
 開いて氏輝公に差し出された。

 「いや、我は濡れてもよい故、傘はそなたが使え」

 「そのような恐れ多い、御屋形様がお使いくださいませ」

 お二人は傘の譲り合いをなされ、
 結局ご両人とも雨にずぶ濡れになってしまわれた。

 左兵衛がその光景を見て居ると梅岳承芳様が眉をひそめて睨んでこられた。

 「何をしておる、早う御屋形様の乗られる輿を呼んでこぬか」

 「これはしたり、早速」

 左兵衛は慌てて馬に乗り、今川館までとって返した。
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