どこまでも付いていきます下駄の雪

楠乃小玉

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十一話 見ざる、言わざる、聞かざる

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 「はあ、父上何を仰せか」

 「だから氏輝公が亡くなられたのだ」

 「していずこの刺客でござる」

 「刺客ではない、川遊びに参られたおり、
 氏輝公のご子息、彦五郎殿が川で溺れられたのを
 助けようとして水に沈まれた」

 「お付きの者共は何をしておりましたか」

 「こちらは晴れておったが、上流でにわか雨が降ったようで
 急に水かさが増したそうだ。助けようとした郎等共もことごとく水にのまれた」

 「されば、一刻も早く太原雪斎様に」

 「すでに知らせた」

 「ならば梅岳承芳様に至急」

 「ならぬ」
 父が左兵衛の腕を強く握った。

 「何と」

 「黙っておれ。氏輝公亡き後、誰が跡目をつがれる」

 「それは当然、正妻であられる
 寿桂尼様の御血筋を引かれる梅岳承芳様が」

 「そなた、梅岳承芳様の心根が分かっておらぬ。
 花倉の次男坊は血を流してでも君主の座を取りに来る。
 さすれば梅岳承芳様は家臣の互いに殺し合うのを嫌い、身を引かれる」

 「それならそれで、勘定方は梅岳承芳様が」

 「あの何事も己が正しいと思い込みたる花倉殿が
 それを梅岳承芳様に渡すと思うか。
 むしろ梅岳承芳様の御身が危うい」

 「父上は梅岳承芳様に嘘を報告せよと仰せなりや」

 「違う、黙っておれ。
 何も言うな。
 そなたは何も知らなかったのだ。
 見ず、言わず、聞かぬ事こそ長生きの秘訣ぞ。
 そうやって我ら一族は営々と生き延びて参った。
 分かったな」

 「しかし」

 「梅岳承芳様のお命がかかっておるのだぞ」

 「……分かり申した」

 左兵衛は拳を握りしめ、歯を食いしばり悲嘆にくれた。

 しかして、父の言うた通り梅岳承芳様は
 今川家の家督を継がれることを拒まれた。

 家中の無益な争いを避けるためであろう。

 梅岳承芳様のご決意が固いと見て取った
 太原雪斎様は左兵衛を善得寺に呼んだ。

 兵を内密に集めよというお達しかと思えば、
 そうではなかった。雪斎様は誠に穏やかな笑顔で、
 仰せになった。

 「すでに戦は無うなった。
 せっかく集めてもろうた野伏は役に立たなかったが、
 あとはそなたの領国での労役にでも使うがよかろう。
 そなたに与えるによってすぐさま領地につれて帰るがよかろう」

 「恐れ入りまする」

 左兵衛は国境の深沢城に潜ませておいた
 野伏の雑兵たちを一宮領に連れてかえった。

 村の庄屋など近隣の寺社が文句を言ってくるかと
 警戒していた左兵衛であったが、
 何も言ってはこなかった。

 村民も素知らぬ風をして野伏の雑兵どもに目を合わせず、
 避けて遠のいていくだけだった。

 しかし、領内で問題は起きなくとも外から文句が来た。

 慌てて関口親永殿が早馬で一宮の館に駆け込んできた。

 「一大事でござる。某の実家の瀬名家の親戚筋である
 堀越貞基殿が、梅岳承芳様が不意打ちで兵を挙げたと
 言うて激怒しておられる。

 何故このような時期に武装した兵を動かされたか」

 「何と、されど某は太原雪斎様のご命令にて兵を動かしたのだ。
 雪斎様ほどのお立場の方なら、
 必ず花倉方にはこのこと、伝えているはず」

 「それが伝わってはおらなんだ」

 「馬鹿な」
 
 「堀越殿は井伊や福島らとかたらってすでに
 兵を集めておる。このまま捨て置けば大事になる」

 「それは誤解じゃ、今すぐ今川館に行って申し開きせねば」

 「それがよい」
 左兵衛は親永殿とかたらって今川館に馬を走らせた。
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