どこまでも付いていきます下駄の雪

楠乃小玉

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十九話 武田は隣国から物を入れぬ

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 花倉の死を知らせ、花倉の書状を見せると花倉方の将兵はおとなしく降伏し、
 足利将軍家より義元公の跡目相続を認めるとの書状も無事返ってきた。

 是にて一件落着となった。

 戦後の論功行賞において、手柄第一とされたのは瀬名氏貞殿であった。

 遠州二俣城主であり、堀越氏とは近しい間柄にありながら
 義元公にお味方したる功績は計り知れぬと義元公は
 御自ら氏貞殿の手をお取りになり謝辞をのたまったため、
 氏貞殿は感涙にむせび泣かれた。続いて由比城を守った将兵を褒められたあと、
 岡部親綱殿を今川家子々孫々まで語り継ぐべき、忠節比類なきものであると賞賛され、
 岡部の次男五郎兵衛には恐れ多くも義元公の御名、元の字を賜った。

 五郎兵衛も義元公のお言葉を聞き、その場に崩れ落ちて平伏してむせび泣いた。

 それはあまりに大げさではないかと思っていたところ、
 思いもかけず、一宮左兵衛にも元実モトザネとの御名を賜った。

 元実はあまりの事に心が震え、目から大粒の涙が流れ、
 立っていることままならずひれ伏してうれしさのあまり号泣した。

 恐れ多くも名君今川義元公より御名を頂戴したからには、
 それほど感銘を受けたるは当然の事である。

 今川家家督を相続なされた義元公はまず、
 善得寺を大々的に改装し、その名を臨済寺と改められ、
 今川氏輝公の菩提を手厚く弔われることであった。

 今川家中もまとまり、
 次はお世継ぎをと気の早い家臣らはささやきあっていたところ、
 公家の三条公頼様のご息女との縁談の話が立ち上がった。

 寿桂尼様のお計らいとの事で、
 流石権大納言中御門家のご威光は素晴らしいものであると
 家臣一同感心しきであった。

 三条家のご長女は細川晴元殿の室であり、
 都とのつながりが深くなることは結構な事であった。

 しかし、その話は何時の間にか沙汰止みになっていた。

 そして仰天の報が入ってきた。

 なんと甲斐国守護武田信虎殿のご息女を今川義元公の正室に迎えられるというお話である。

 例え三条家とのお話が沙汰止みになったとしても
 権大納言中御門のお力をもってすれば容易く公家よりのお輿入れは叶うはず。

 甲斐守護の娘とあっては幾分家格が下がる。

 堀越家などは同じ今川一門のお血筋だけあって、
 今川の家格が下がると言って怒っていたが、
 先の内乱で義元公に反旗を翻したこともあり、
 表だって非難はできの有様であった。

 このため、親戚筋に当たられる瀬名氏貞様に、
 しきりと寿桂尼様にご意見仕るよう矢の催促をしていたようであるが、

 堀越家が武田との婚姻に反対しているのは
 堀越貞基が武田と敵対する北条より嫁を貰っているという
 得手勝手な理由であるが故、
 そのような事寿桂尼様には申し上げることもできず
 氏貞様もご心労のようであった。

 もっと深刻であるのは葛山氏広だ。

 この者は北条から葛山家に養子にきた者である。

 葛山家は武田との戦いで葛山孫四郎をはじめ
 多くの一門衆を討たれたがために跡継ぎが居なくなった。

 北条も武田を不倶戴天の敵と考えていたので、
 熱心に支援して、葛山家にも養子を入れた。

 今までは今川も武田と敵対していたので騒動にはならなかったが、
 今川が北条と手切りして武田に付けば葛山の立場はない。

 しかし、葛山氏広は一切義元公に抗議はしてこなかった。

 このため、駿河の者たちは、葛山氏広は感心な家臣であると褒めていたほどだった。

 この事に関しては太原雪斎様が重臣を内密に臨済寺に集められ、
 義元公のご縁談のこと、
 先の内乱において武田が花倉方に与力せぬよう
 密約を結んださい同盟の締結及び、
 今川家と武田家との婚姻を武田方が条件として出し、
 今川方としてはそれを承諾せざるおえぬ状況であった事を
 明かされた。実際には武田信虎の妻、大井婦人の兄、
 大井信業の妻が瀬名氏貞殿の姉であった事が大きい。

 このため、瀬名氏貞殿の勢力を当方に引き入れるためには武田との同盟が必須であった。

 花倉方は、その行為を売国だと言うて拒絶したがために瀬名氏の与力が得られず滅んだ。

 しかし、そのような事情をあえて話さぬ雪斎殿は賢明であらせられる。

 だがそのような雪斎様のお心使いも分からぬ堀越等は露骨に嫌な顔をし、
 井伊直満に至っては拳で館の床を叩いたがため、
 兄の直宗にたしなめられるほどであった。

 直満はどうやら遠州で堀越貞基が吹聴している
 武田への悪態をそのまま信じ込んでしまっているようだった。

 武田家は八幡太郎義家公の弟、
 源義光公の末裔であるからお血筋が悪いわけではない。

 「お待ちくだされ直満殿」

 善得寺での会合が終わって寺の外に出た井伊直満を
 一宮元実が呼び止めた。隣に居た井伊直義が先に気づいて笑顔で会釈をした。

 「何事ですか」

 直満はいぶかしげに眉をひそめた。

 「そなたは考え違いをされておられる。
 武田家は八幡太郎義家公の弟君のお家柄、決して悪いお家ではない」

 「何を仰せか」

 「武田との結婚の儀、今川家と家格が合わぬと思われてのご不満であろう」

 「そうではない」

 「では何が」

 「武田は隣国から物を入れぬ。米も麦も豆も、刀も槍も具足も」

 「それが何か」


 「我ら遠州方も元々は他国から米を入れるのに反対してござった。
 自国の農民を守るためでござる。
 しかし駿河方が勝って、今は安い米が大量に入ってきて
 米の農家は困っておりまする。
 この上、何も買ってくれず物を売りつけるだけの武田と組めば、
 我らの暮らしは益々困窮するばかり。
 しかも武田と組むということは、今まで今川の物を買ってくださっていた
 北条と事を構えることになる。さすれば益々我らの暮らしは苦しくなりまする」

 「そう極端な事を仰るな、元々米の値は高止まりして駿河の民は難儀をしておった。
 そのうち米価の値下がりも収まり、
 適当なところで落ち着きましょう。
 杞憂でござる。盟約を結べば武田とて鬼にはあらず。
 市場を開いて今川の物も買いましょう」

 「それならば宜しいがの」 
 直満は不愉快そうな表情で去っていった。
 その弟の直義は申し訳なさそうに数度頭をさげてその後ろについていった。




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