どこまでも付いていきます下駄の雪

楠乃小玉

文字の大きさ
42 / 76

四十二話 顔がない者ども

 服部友貞の報告が終わってより数日後、珍しく太原雪斎様が一宮の館においでになられた。

 父は雪斎様を奥にお通しし、茶をふるまった。

 「さて、宗是殿、先頃の御屋形様の目をいかにご覧になるか」

 「目でございまするか」

 「銭を見る目でございまする」

 「さて、以前より銭の面白さにお気づきのご様子ではありまするが、
 元々良家のお育ちなれば裕福にお育ちになり、
 銭への頓着なきお心もちでした。
 少しは銭への執着をお持ちになられてもよろしいではありませぬか」

 「さにあらず、御屋形様は純真にあらせられ、
 清く美しくお育ちになられた。
 人の心は百八の煩悩の輪で出来たようなもの。
 究極の正義たるはこれ、
 究極の悪に転じるものでござりまする」

 「何を仰せか、かの私心なき御屋形様が
 銭狂いにでもおなりになるとでも仰せか」

 「そうならぬよう、我ら重臣、
 命に代えても御屋形様をお支えせねばならぬ」

 「されば某も存念を申し上げる。先頃より家中に跋扈したる大原資良なる輩、
 服部友貞という輩、此奴等厚かましくも御屋形様にいらぬ入れ知恵をして、
 美しき知恵の鏡を曇らせておりまする。
 もし、雪斎様がお望みとあらば、
 某一門をあげて両人を誅殺いたし、某もその場で割腹して果てまする」

 「はーっ」

 雪斎様は深いため息をつかれた。

 「そうではないのだ。そうでは」

 「では如何なる仕儀にてそうらわんや」

 「彼奴等には顔が無いのだ」

 「いや、顔はついておりまするが」

 「大原資良は甲賀衆。服部友貞は一向宗でござる。
 大原を殺しても次の甲賀衆が来る。
 服部を殺しても次の一向宗が来る。貴殿は犬死にてござりまする」

 「面妖な、ならば誰を殺せば宜しいのです」

 「殺しても、殺しても沸いてくる。

 違う顔の面を付けてな。

 つまるところ、御屋形様がお気づきになり
 お心の門を閉ざされるまでいくらでもやってくる」

「ならば某が諫言いたしましょう」

「旨くいっておられる時に何を言うても
 聞く耳はもたれぬ。
 傾かれた時、そっと脇よりお支えし、耳元でささやくのがよろしかろう」

「かしこまりました。時を待ちまする」

 元実は襖の向こうから聞き耳を立てた。

 みしっ、と音がした。ガタッと戸が外れる音がして元実は座敷に倒れ込む。

 「何をしておるか、不埒者」

 父宗是が実元を殴った。

 「申し訳ございませぬ」

 「ははは、よろしいではないか、
 先頃より気配は感じておりました。
 よい機会じゃ、今後は元実殿もご同席めされよ」

 「まことに愚息が申し訳無きことでございまする」

 父が平伏して頭を下げたので元実も平伏して頭をさげた。

 「いやいや、頭をあげられよ、それより政の話がしたい。
 時に実元殿、尾張の情勢をいかが見るや」

 「あ、はい」

 元実は頭をあげた。あげた頭を父に押えられる。

 「ははは、まあまあ」


 雪斎様がそれを制止される。

 「恐れながら、信長は弟の信勝に討たれ、
 三河のように今川家に従属するものと思われます」

 「真にそう思うか、何故じゃ」

 「されば信勝は銭の力で家臣を支配し、家中に逆らえぬ者はおりませぬ」

 「重ねて聞くが、真に逆らえぬか」

 「銭を貸してもろうた恩がある故、ご恩には奉公するしかございませぬ」

 「ふふふっ」

 雪斎様は目を細めて笑われた。

 「されど、信勝が滅びれば、銭は返さいでも済むのお」

 「あっ」

 元実は目を見張った。

 「今は平時ではない、乱世ぞ。
 ご恩と奉公とは君主より恩賞の土地を賜りし事、
 借金は違う。
 これは借りたものとて、利子を付けてより多くを返さねばならぬ。
 よってこれは恩ではない。
 銭貸しをやっている長島の一向宗も比叡山延暦寺も、
 いずれはその勢力を越える大勢力によって焼き討ちにあい
 皆殺しにされるであろう。
 乱世で銭貸しをするということは、そういう事じゃ」

 「まさか、かの大兵力を擁したる比叡山や一向宗を
 討伐する大勢力などおりましょうや」

 「今川家が東海一円を制圧したみぎりはどうじゃ」

 「そ、それは」

 「政とは先の先まで見越して動くものじゃ。
 目先の利益に惑わされ、努々一向宗と親しくするでないぞ」

「ははっ、肝に銘じておきまする」

 元実は恐れ入って平伏した。

 雪斎様は我が家を出てゆかれた。

 元実は真に肝が冷える思いであった。

感想 43

あなたにおすすめの小説

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

「信長、死せず」ー鳴かぬなら、死んだふりセヨ、ホトトギス

忍絵 奉公
歴史・時代
本能寺の変の半年前――織田信長は、自らの未来を悟った。 比叡山焼き討ちをはじめ、数々の苛烈な行い。 積み上げたのは天下ではなく、無数の恨みだった。 「このままでは、いずれ討たれる」 そう確信した信長は、ある決断を下す。 天下取りを捨てる。 そして――自分を“死んだこと”にする。 狙うは、本能寺の変そのものを利用した完全消失。 戦国最強の男が選んだのは、 覇道ではなく、自由で穏やかな生き方だった。 だが、歴史はそう簡単に変わらない。 明智光秀、徳川家康、そして各地の思惑が絡み合い、 信長の「死なない計画」は予想外の方向へと転がり始める――。

第三次元寇 迎撃九州防衛戦

みにみ
歴史・時代
史実で弱体化したはずの元帝国が、強力な統治を維持し続け、戦国時代の日本へ三度目の侵攻を開始。この未曾有の国難に対し、織田信長を中心に戦国大名たちが「強制停戦」を余儀なくされ、日本初の「連合国軍」として立ち向かう架空戦記。

高天神攻略の祝宴でしこたま飲まされた武田勝頼。翌朝、事の顛末を聞いた勝頼が採った行動とは?

俣彦
歴史・時代
高天神城攻略の祝宴が開かれた翌朝。武田勝頼が採った行動により、これまで疎遠となっていた武田四天王との関係が修復。一致団結し向かった先は長篠城。

輿乗(よじょう)の敵 ~ 新史 桶狭間 ~

四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】 美濃の戦国大名、斎藤道三の娘・帰蝶(きちょう)は、隣国尾張の織田信長に嫁ぐことになった。信長の父・信秀、信長の傅役(もりやく)・平手政秀など、さまざまな人々と出会い、別れ……やがて信長と帰蝶は尾張の国盗りに成功する。しかし、道三は嫡男の義龍に殺され、義龍は「一色」と称して、織田の敵に回る。一方、三河の方からは、駿河の国主・今川義元が、大軍を率いて尾張へと向かって来ていた……。 【登場人物】 帰蝶(きちょう):美濃の戦国大名、斎藤道三の娘。通称、濃姫(のうひめ)。 織田信長:尾張の戦国大名。父・信秀の跡を継いで、尾張を制した。通称、三郎(さぶろう)。 斎藤道三:下剋上(げこくじょう)により美濃の国主にのし上がった男。俗名、利政。 一色義龍:道三の息子。帰蝶の兄。道三を倒して、美濃の国主になる。幕府から、名門「一色家」を名乗る許しを得る。 今川義元:駿河の戦国大名。名門「今川家」の当主であるが、国盗りによって駿河の国主となり、「海道一の弓取り」の異名を持つ。 斯波義銀(しばよしかね):尾張の国主の家系、名門「斯波家」の当主。ただし、実力はなく、形だけの国主として、信長が「臣従」している。 【参考資料】 「国盗り物語」 司馬遼太郎 新潮社 「地図と読む 現代語訳 信長公記」 太田 牛一 (著) 中川太古 (翻訳)  KADOKAWA 東浦町観光協会ホームページ Wikipedia 【表紙画像】 歌川豊宣, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で