どこまでも付いていきます下駄の雪

楠乃小玉

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六十六話 今まで共に戦ってきた股肱の臣を見捨てられようか

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 「あ」
 元実の額に大粒の雨の水滴が当たった。

 突然雷が鳴り響き、視界を遮る大雨が降った。

 そこに前衛の伝令が駆け込んでくる。

 「ただいま織田本隊が当方前衛に切り込み、
 その先陣の旗印は六文銭。安倍元真殿ご謀反にございまする」

 「違う、安倍元真はすでに後方に下げた。そは策謀ぞ」

 義元公が一喝された。

 「してお味方の前衛は」

 一宮宗是が問う。

 「当方は大多数が鉄砲隊な上、
 織田と示し合わせた水野、佐治が背後より攻め入り、総崩れにございまする」

 「おのれ、水野、佐治めが裏切ったか」

 一宮宗是がうなった。

 「大事ない。この雨は好機ぞ、
 これだけの雨量であれば敵の斥候も我が所在つかめず、
 敵は差理無理(遮二無二)桶狭間山の本陣に攻め寄せてくるに違いない。
 さすれば、我らは本陣を離脱し、
 大高城に籠城する。松平の斥候の言によれば、
 敵は小荷駄を持っておらぬ由、籠城戦になれば先にあちらの兵糧がつきるわ。
 ふははは、勝ったぞこの戦」

 義元公が軽快に笑われた。

 「では、早速本隊三千を率いて山を下りましょう」

 「それはならぬ。本隊はここに留まり、
 北より奇襲を仕掛けてくる織田の別働隊を討つのだ。
 我は一宮隊三百だけを引き連れて目立たぬように降りる」

 「それでは兵数が少なすぎまする。せめて千は」

 「心配いたすな、伝令で後方より呼び寄せたる後詰は
 桶狭間の狭い谷間に来るよう事前に命じてある。」

 「何故そのような谷間に」

「狭き谷間であれば、敵が大軍で攻め寄せても
 一度に大勢で攻めることはできぬ。
 そこで後詰と戦わせ、時を稼がせた上で我らは大高城に入るのじゃ」

 「なんたる英知、この宗是感服いたしました。それでは早速、参りましょう」

 「うむ、いざ、勝利の道へ」

 義元公は白馬にまたがられ、意気揚々と山を降られた。

 今川義元公と一宮隊は桶狭間に到着したが、
 そこには援軍の姿は一切無かった。

 しかも雨が止んだ。このままでは敵の斥候に見つけられる。

「おのれ、松平元康、なぜ後詰めにこぬのじゃ、
 上様より大恩を受けながら、怖じ気づいたか恩知らずめ」

 宗是が叫んだ。

 「是非もない、至急大高に撤退するぞ」

 義元公が励まされた。

 「もはやこれまで、義元公のみ単騎にて馬で大高城にお逃げください」

 「ならぬ、今まで共に戦ってきた股肱の臣を見捨てられようか」

 「それは合理に反しまする。御身のためだけにお生きくださりませ」

 「我と家臣は一心同体ぞ、そなたが死ぬる時は我がしぬる時じゃ。一緒に逃げよう」

 「合理に背こうとは御屋形様は阿呆でございまするか」

 宗是が吐き捨てるように言った。

 「その阿呆のために身を捨てようとするそなたが阿呆じゃ」

 義元公も負けずに言い返す。

 「わはははっ」

 「あははは」

 双方方々、楽しげに笑われた。

 「元実、そなた大高城に馬で駆け参り、援軍を呼んで参れ」

 父が元実に怒鳴った。

 「しかし、それでは御屋形様のお馬が」

 「かまわぬ、その馬はそちにやるぞ」 

 義元公が元実の顔を真っ直ぐご覧になり、笑顔でのたまった。

 「御屋形様」 

 元実の目から涙が止めどなくながれた。
 そのまま馬に飛び乗り、大高城に向かった。
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