どこまでも付いていきます下駄の雪

楠乃小玉

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六十五話 合戦は数が多いほうが勝つ

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 その青ざめた雑兵の姿を義元公が見とがめられた。

 「何を怯えることがあろう。
 この世は合理にて出来て居る。
 我は効率を重んじ、常備兵を減らした経費削減し、
 ういた金で臨時雇用の加世者を大量に雇って軍備を整えた。
 合戦は数が多いほうが勝つ。
 それに比べ、無駄な道を作り、家臣の機嫌をとって、高給を与え、
 正規雇用した織田信長はどうじゃ、兵を雇う金が無くたかだか数千の兵しか雇えぬ。
 万対千、これでどうやって勝つというのか。ははは、もし、この世に神が居るならば、
 この兵力差で織田信長を勝たせてみせよ。迷信を信じ、神などを拝む、
 無学で無知蒙昧な時代遅れを勝たせてみせよ、ハハハハハハ」
 義元公は大声で笑われた。
 
 雑兵たちはコソコソと逃げるようにその場から無言で立ち去っていった。

 義元公は周囲の雰囲気を読まれたのか、少し静粛になられた。

 「さて、此度の戦いで敵を散々打ち負かし、
 名誉の戦死をとげた久野宗経に心から感謝したい。
 して、その死にぶりは如何様であったか」

 義元公は久野宗経の死に様をお聞きになった。
 首を持ってきた使者がその時の状況を説明する。

「して、敵はどのような奴儕であったか」

 「はい、敵は六文銭の飾り兜をかぶっておりました」

 「ん」

 義元公が首をかしげながら元実の方に視線を流す。

 元実は慌てて目を下に向けた。

 六文銭は安倍元真殿ら海野一族が戦場で掲げる旗印である。

 「今すぐ、安倍元真隊を後方にさげよ」

 義元公が命じられた。

 「お待ち下さい」

 元実は思わず義元公の御前に走り出た。

 「前衛の久野隊、井伊隊は度重なる合戦で、
 かなり疲弊しております。
 下げるのであれば、久野隊、井伊隊を下げ、
 弁当を食わせ休息させるべきかと存じます。
 まだ敵主力は主戦場に到着しておりませぬ。今のうちに」

 六文銭は海野一族の旗印であって、
 必ずしも安倍氏のみのものにあらず、
 敵方に海野氏や海野氏の一族から旗印を拝領した者が居ないともかぎらぬ。

 しかし、衆人環視のこの場所で安倍氏の謀反云々に言及するわけにはいかなかった。

 義元公は素知らぬ顔で元実を無視された。

 伝令が戸惑っている。

 「何をしておる、早く言って安倍隊をさげさせよ」

 「はっ」

 伝令は早馬に乗って前線に向かった。

 元実は唇をかみしめた。

 ここに至って無視されるか。

 この期に及んでは、諫言しても受け入れられがたく、
 ただただ義元公の御身をお守りするばかりである。

 義元公は、桶狭間山の陣中にて次なる伊賀衆の報告を待たれているご様子であった。

 しかし、いつまでたっても次の伊賀衆が来ない。

 義元公が多少苛立たれているご様子のところに
 松平元康隊が大高城に入ったとの報告が松平隊の伝令より入った。

 「その方、名をなんという」

 義元公がたずねられた。

 「はい、石川六左衛門尉でございます」

 「六左衛門尉、ちと困った事があっての、
 伊賀の斥候が戻ってこぬ。
 敵方に討たれたやもしれず、
 勇猛な三河衆であれば、
 いかな敵の密偵が強かろうと討たれることはあるまい。
 偵察の任受けてはくれぬか」

 「我ら三河衆の武勇は天下に聞こえたるもの、
 斥候など容易き事にございまする」

 「それは重畳じゃ、早速敵本隊の数を調べてきてほしい」

 「かしこまった」

 石川六左衛門尉は勢い良くその場を立ち去った。

 鳴海城に籠城する岡部元信の部隊より、
 織田本隊は鳴海城を素通りして善照寺砦に入ったとの報告が入る。
 ついで、石川六左右衛門尉が帰還し、義元公の御前に帰参した。

 「織田の軍勢、善照寺砦を出て、前進しておりまする。その数約五千」

 「五千とは甚だ多かれど、そのうち武者はいかほど持ちたるか」

 一宮宗是が聞いた。

 そもそも軍というものは部隊全てが戦闘部隊ではない。
 馬持ち、小荷駄など戦わぬ部隊が大半にて一万の部隊でも
 戦闘部隊は三割から四割ということは間々ある事だ。

 「はっ、我らと違い、その大半が煌びやかな武者ぶりでござる」

 陣中の諸将がざわめいた。

 「馬鹿な、荷駄も無くして飯はどうする、
 鉄砲は、火薬は。それでは戦えぬではないか」

 「いえ、確かに武者ばかり五千。飯も火薬もございませぬ」

 石川六左右衛門尉は頑として言い切った。

 そこへ今川の斥候が戻った。

 今川の斥候によると織田本隊の数はおよそ二千であった。

 「それみろ、見間違いではないか」

 孕石元泰が煽った。

 「嵩にある敵を下より見あげてみるときは、小勢をも大勢にみるものなり」

 石川六左右衛門尉が言い訳するので、
 群臣はどっと笑った。

 しかし、義元公はお笑いにはなっていなかった。

 「あと三千はどこに行ったのか、奇襲を狙うて姿を隠したに違いない」

 義元公だけは石川六左右衛門尉の言葉をお信じになられているようで
 努々油断されぬご様子であった。

 「伝令、至急後方の後詰を全て呼び寄せよ。
 味方前衛が瓦解した時に備える。
 海上の服部友貞隊にも船を出して連絡を取れ。
 熱田に乱入して信長の後方を襲い、兵糧米を悉く焼き払うよう命じよ」

 突然義元公がお叫びになった。

 まだ合戦も序盤、現状で当方は圧勝であるのに、
 なんという用心深さか。俄然本陣は慌ただしくなる。

 実元の父、宗是も動き出す。

 「どうなされたのじゃ、父上」

 実元は父、宗是に近づいてたずねた。

 「義元公は前衛が敵襲で総崩れになった時の事をお考えになり、
 事前に後方に後詰の軍を用意されていたのじゃ。我が軍からも伝令を出すぞ」

 「心得ましてこざいます」

 宗是と元実は各々手分けして、
 危急の用件故、この伝令を無賃で関所、
 伝馬を通すようにと添え状を書き、伝令に渡した。

 諸将はそれに倣って、それぞれ添え状を書いた。

 慌ただしく、各隊から伝令は発せられ、後方に駆け去っていった。

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