どこまでも付いていきます下駄の雪

楠乃小玉

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七十一話 終わりのはじまり

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 実元はいきなり氏真様から殴られた。

 織田信長を討つために兵を挙げなかった事を叱責したからだった。

 殴られるだけで良かった。

 切られないということは、これからも、隙を見て諫言ができる。

 元実の心に少し余裕ができた。

 人は、一度死んだと思ったら結構何でもできる。

 大原資良、三浦義鎮親子には常々嫌味を言われた。

 書状を隠されるなど嫌がらせもされたが、
 反対に、氏真様のご意向により元実を殺すことができないのが小気味良かった。

 嫌がらせをされながらも、
 鼻歌を歌いながら今川館に上がった。

 先頃は資良や義鎮が怒る様が楽しかった。

 しかし、大原親子の元実への興味も長くは続かなかった。

 三河の松平元康が、今川義元公が
 長年かかって三河で進めてきた政策を次々と破棄し、
 穀物の他国からの流入を制限し、地場産業の味噌作りを奨励し、
 土木事業を行って治水を整備し、
 あからさまに織田信長の政策を真似た政策に大転換したのである。

 しかも他国からの流入者を制限し、
 特に一向宗の布教僧ホラ吹きを国内から追放した。
 
 それだけではなく今川家と昵懇にしている
 吉良家を永禄四年四月十五日に攻め、
 善明堤の戦いで苦戦しながらも辛勝した。

 元実はこの元康の行動に何ら嫌悪感を持たなかった。

 なぜならこれは元も田原雪斎様がおこなっていた政策だからだ。

 物価が上がれば国を開き、物を入れて物価を下げる。

 物価がさがれば国を閉ざし、外から物を入れず、
 国内で治水、街道整備、築城をやって内需を拡大する。

 雪斎様も信長も元康も、ただ、道理に合った行動を取っているにすぎない。

 その国内体制に対して、吉良が頑強に抵抗したため衝突が起った。

 吉良の自尊心のあまりの強さゆえに起った合戦だと元実は見ていた。

 このまま内政に関しては元康の好きなようにやらせていれば、
 今川家との決別は無いであろうが、無理に経済開放政策を強要すれば
 松平と今川の亀裂は決定的なものとなるだろうと予測した。

 氏真様にこのことを諫言したところ、
 激怒され、胸倉をつかまれ、引きずりまわされた。

 もう慣れた。

 松平と吉良との対立は深まったが、
 今川家が調停しないため、両者とも引っ込みがつかず、
 永禄四年九月十三日藤波畷の戦いが起って、
 三河における松平の優勢は確固たる物となった。
 それにも関わらず、氏真様に政を一任された大原親子は
 松平に対して穀物の国外からの買い取り枠拡大と、
 一向宗の布教拡大を要請した。元康はこれを完全に拒否し、
 一向宗への排除圧力も強めた。

 これを当てつけと見て怒った大原親子は、
 松平家と今川家がまだ戦端を開いていないにも拘わらず、
 一方的に松平家の人質を全員処刑することを決定した。

 しかし、元康の妻と子供まで殺してしまっては今後、
 元康を今川家に従わせる手札が一切無くなるので、
 一宮元実と関口親永殿が氏真様に懇願し、
 元康の妻子の処刑は免れることとなった。

 しかし、この行動が大原親子の親永殿への疑念を深めたようであった。

 元康の妻子こそ助命されたものの、
 人質となっていた松平家家臣の子弟は大原資良の手によって、
 龍拈寺口で槍に串刺しにして殺され、晒されることとなった。

 激怒した元康は織田信長と同盟を締結。

 元康の名を捨てて家康と名乗ることとなった。

 松平家康の妻子は今川家臣鵜殿長照の二人の遺児との人質交換によって徳川側に帰された。
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