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第十ニ話 どうしたら?
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「あの……」
むっつり押し黙りながら、魚を食べ続けている青年には、気軽に話しかけられない雰囲気があった。
アルドヴィナは恐る恐る、お茶のお替りを差し出して注意を引いた。
ふっと彼が目を上げる。
「えー、こういうのはどうだろう?
あなたは魔術師なのだから、一瞬で王宮とここを往復するなんてたやすい事だろう?」
彼は黙ってアルドヴィナの顔をじっと見た。
「私は休みの日には必ずここに来る事にするよ。
だから、目を返してくれないだろうか?」
青年はたっぷり十数える間、アルドヴィナの顔から眼を離さずにいて、
「だめです」
とそっけなく言った。
「しかし、それでは困るんだ、私は早く戻らなければ、仕事を失ってしまう」
「私はあなたがあの王のそばにいる事が我慢ならないのです」
「ど、どうしてだ? 我が君は暗愚ではない。公平で思いやりのあるお方だ」
「あなたが彼を庇って怪我をしても、見舞いにすら来なかったじゃありませんか!」
「いや、それは…、刺客に襲われた時だからな。
いろいろな調査でおいそがしかったんだろう。
その前の時はずっとベッドの横に付き添ってくださったぞ」
ぐっと青年が返事につまった。
「刺客の時だって、しょっちゅう侍従に容体を聞きに来させたり、お見舞いを沢山届けたりしてくださった」
「そんなの当たり前です、彼のために怪我したのだから!」
青年は真っ赤になって、身を乗り出して、怒っているようだった。
「しかし、それが私の仕事なんだ……」
アルドヴィナが言った、どこか悲し気な声で。
「だからそんなものやめて、ここで暮らせばよいのです!」
「私は仕事をやめるわけには行かないんだ、まだ当分のあいだは…」
「何故です?」
「そ、そんな事はおまえには関係ない」
アルドヴィナの故郷には、まだ小さい弟や妹がたくさんいる。
病気になってしまった父親を抱えて、母は大変なのだ。
アルドヴィナの仕送りがなければ、皆飢え死にしてしまう。
近衛兵になってから給料はかなり高くなったので、とても助かっている。
でも、そんな事を他人に言う気はしない。
それに、仕事をやめてしまったら、国王陛下のあの笑顔を見る事ができないだはないか。
だが、それはアルドヴィナの心の中だけの秘密だ。
「ああ、そうですか、ではいつまでもそのままでいらっしゃい」
青年はまた怒って台所を出て行ってしまった。
「ううん……」
説得は失敗した。
何かひどく重大な事を見逃しているような気がするのだが…。
それが何かはやはりわからなかった。
また昼食の後片付けを一人でやりながら、アルドヴィナは心が沈んで行くのを感じた。
「笑うと割といい顔なんだがな…」
彼の怒っている顔はあまり好きではない、という気がする。
追いかけて行って、様子を見てみようかと思ったが、また怒らせるような気がしたのでやめた。
自分の言った事の何が気に障るのかわからないうちは、うかつな事を言うのは控えたほうがよい。
…というわけで、晩のご飯は二人で作って食べたのだが、必要以外の言葉は交わされなかった。
寝室に引き取る時も、彼はむすっとしている。
アルドヴィナはまたお風呂に入って、洋服ダンスの中から好きな服を選んで着替えた。
けれど、最初の時のようには、うきうきした気分にならない。
明日の朝には彼の機嫌が直って、また喉を撫でてくれるといいのに……。
などと思いながらベッドに入った。
だが、意外と彼は強情で、翌朝もその次も、彼はおはようの挨拶に顔を出さない。
しかたないので、一人で起きて朝食を作る。
すると彼は、支度の終わるころにはちゃんとテーブルについているのだ。
しかし彼は笑いかけてもくれないし、おはようの挨拶もしない。
アルドヴィナにはよくわからない理由で、つむじを曲げたまま、一週間ほど会話のない生活が続いた。
◇
さすがの彼女もだんだん気分が滅入って来るのをどうしようもない。
騎士はこのような戦いに慣れていないのである。
しかし、どうも青年は悪人ではなさそうだ。
アルドヴィナに対して外囲があるとも思えない。
それどころか、新設で優しいと思える時もたびたびだ。
だが、彼の目的が何なのかわからないのが不気味だ、油断すべきではない。
「ああ、困った。
このまま何もできずにここにいたら、仕事を失ってしまうぞ」
何としても今月の終わりまでには、片目を取り戻してここを出発しなければならない。
王は慈悲深い性格ではあるが、これ以上待ってもらうのは無理だろう。
今だって、誰かがアルドヴィナの代わりを勤めているのだ。
「あの……」
むっつり押し黙りながら、魚を食べ続けている青年には、気軽に話しかけられない雰囲気があった。
アルドヴィナは恐る恐る、お茶のお替りを差し出して注意を引いた。
ふっと彼が目を上げる。
「えー、こういうのはどうだろう?
あなたは魔術師なのだから、一瞬で王宮とここを往復するなんてたやすい事だろう?」
彼は黙ってアルドヴィナの顔をじっと見た。
「私は休みの日には必ずここに来る事にするよ。
だから、目を返してくれないだろうか?」
青年はたっぷり十数える間、アルドヴィナの顔から眼を離さずにいて、
「だめです」
とそっけなく言った。
「しかし、それでは困るんだ、私は早く戻らなければ、仕事を失ってしまう」
「私はあなたがあの王のそばにいる事が我慢ならないのです」
「ど、どうしてだ? 我が君は暗愚ではない。公平で思いやりのあるお方だ」
「あなたが彼を庇って怪我をしても、見舞いにすら来なかったじゃありませんか!」
「いや、それは…、刺客に襲われた時だからな。
いろいろな調査でおいそがしかったんだろう。
その前の時はずっとベッドの横に付き添ってくださったぞ」
ぐっと青年が返事につまった。
「刺客の時だって、しょっちゅう侍従に容体を聞きに来させたり、お見舞いを沢山届けたりしてくださった」
「そんなの当たり前です、彼のために怪我したのだから!」
青年は真っ赤になって、身を乗り出して、怒っているようだった。
「しかし、それが私の仕事なんだ……」
アルドヴィナが言った、どこか悲し気な声で。
「だからそんなものやめて、ここで暮らせばよいのです!」
「私は仕事をやめるわけには行かないんだ、まだ当分のあいだは…」
「何故です?」
「そ、そんな事はおまえには関係ない」
アルドヴィナの故郷には、まだ小さい弟や妹がたくさんいる。
病気になってしまった父親を抱えて、母は大変なのだ。
アルドヴィナの仕送りがなければ、皆飢え死にしてしまう。
近衛兵になってから給料はかなり高くなったので、とても助かっている。
でも、そんな事を他人に言う気はしない。
それに、仕事をやめてしまったら、国王陛下のあの笑顔を見る事ができないだはないか。
だが、それはアルドヴィナの心の中だけの秘密だ。
「ああ、そうですか、ではいつまでもそのままでいらっしゃい」
青年はまた怒って台所を出て行ってしまった。
「ううん……」
説得は失敗した。
何かひどく重大な事を見逃しているような気がするのだが…。
それが何かはやはりわからなかった。
また昼食の後片付けを一人でやりながら、アルドヴィナは心が沈んで行くのを感じた。
「笑うと割といい顔なんだがな…」
彼の怒っている顔はあまり好きではない、という気がする。
追いかけて行って、様子を見てみようかと思ったが、また怒らせるような気がしたのでやめた。
自分の言った事の何が気に障るのかわからないうちは、うかつな事を言うのは控えたほうがよい。
…というわけで、晩のご飯は二人で作って食べたのだが、必要以外の言葉は交わされなかった。
寝室に引き取る時も、彼はむすっとしている。
アルドヴィナはまたお風呂に入って、洋服ダンスの中から好きな服を選んで着替えた。
けれど、最初の時のようには、うきうきした気分にならない。
明日の朝には彼の機嫌が直って、また喉を撫でてくれるといいのに……。
などと思いながらベッドに入った。
だが、意外と彼は強情で、翌朝もその次も、彼はおはようの挨拶に顔を出さない。
しかたないので、一人で起きて朝食を作る。
すると彼は、支度の終わるころにはちゃんとテーブルについているのだ。
しかし彼は笑いかけてもくれないし、おはようの挨拶もしない。
アルドヴィナにはよくわからない理由で、つむじを曲げたまま、一週間ほど会話のない生活が続いた。
◇
さすがの彼女もだんだん気分が滅入って来るのをどうしようもない。
騎士はこのような戦いに慣れていないのである。
しかし、どうも青年は悪人ではなさそうだ。
アルドヴィナに対して外囲があるとも思えない。
それどころか、新設で優しいと思える時もたびたびだ。
だが、彼の目的が何なのかわからないのが不気味だ、油断すべきではない。
「ああ、困った。
このまま何もできずにここにいたら、仕事を失ってしまうぞ」
何としても今月の終わりまでには、片目を取り戻してここを出発しなければならない。
王は慈悲深い性格ではあるが、これ以上待ってもらうのは無理だろう。
今だって、誰かがアルドヴィナの代わりを勤めているのだ。
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