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三章 自警団と虹の石

4話 不安と兆し

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 イルバニア王国騎士団本部に隣接した馬房に、ベルモンド・ヴァンゲントは足を踏み入れた。仕切られた区画に十数頭の馬が待機する中、己の相棒である黒い馬の元へまっすぐ向かう。騎士隊の長の一人として竜人との交戦地と王都を行き来する機会の多いベルモンドの足を務める黒馬は、主の姿を見て鼻を鳴らした。
 ベルモンドは黒馬の毛並みを整え、馬具をその体につけていった。本来なら部下にさせるようなことだが、ベルモンドは極力自身でそれを行うようにしていた。相棒との触れあいを大切にすることは勿論、ただの傭兵であった頃の記憶を忘れないためでもある。

「あ、おじさんだ」

 声のした方にベルモンドは目をやった。立っていたのは腰まである金髪を持つ華奢きゃしゃな少年、弓術士隊を束ねるユーリウス・フェルトハイデだ。ベルモンドに対し親戚にでも会ったかのような態度を見せたユーリウスは、すたすたと馬房に入って来た。

「……お前、まだ王都を出ていなかったのか」

 ため息混じりにベルモンドが言うと、ユーリウスは能天気にあははと笑った。

「だって、ディルクさんのお店のりんごパイが食べたかったんだもん」
「そろそろ副官の胃に穴が開くぞ」
「大丈夫だいじょうぶ。うちのロイドはそんなにやわじゃないから」

 ベルモンドの苦言もどこ吹く風、ユーリウスはベルモンドの愛馬の斜め向かいに繋がれた自身の馬の元へ向かった。クリーム色の毛をしておりベルモンドの黒馬より二回りほど小さい。たてがみがいくつもの三つ編みの房になっているのは、勿論ユーリウスの手によってだ。
 天才的な弓の腕前を持ち史上最年少で騎士隊長に任命された彼は、退屈や拘束を何よりも嫌う。戦の最中であってもそれは変わらず、職務の傍らでしょっちゅう寄り道をしては部下たちの手を焼かせている。

「まあまあ、そんなに怒らないでよおじさん。ちょっとお出かけした先で自警団に会えたんだ」

 自分の馬に馬具をつけながらユーリウスが言った。

「……彼らはどうしていた」

 手を止め、ベルモンドはユーリウスに問うた。

「元気そうにしてたよ。ちょっと困ってたから助けてあげたけど」

 ベルモンドの脳裏に青髪の青年の顔がよぎる。彼を筆頭に結成されたという自警団の噂は、ベルモンドの耳にも入っていた。
 いくらか声を落としてユーリウスが続ける。
 
「……皆、この先も活動を続けるってさ。残念だけどおじさんの心配が当たっちゃうかもね」
「ヒューバートをしばらくこちらに留めておく。どれほどの手が打てるか分からんがな」
「わー、おじさん見た目に寄らず几帳面」

 この軽口をどの程度まで許したものかとベルモンドが苦い顔をしている間に、ユーリウスはよいしょ、と呟きながら鞍を馬の背に乗せた。

「あーあ。次に戻って来れるのいつかなぁ」
「……さて」

 ベルモンドは短く相槌を打ち、手綱を持って軽く引いた。黒い体を揺らし、馬がゆっくり歩きだす。

「先に出る。ついて来るならさっさとしろ」
「はぁーい」

 間延びした声でユーリウスは答えた。

***

 王都を夕日が照らす頃、ニールは住まいを別にするゼレーナ、エンディ、ルメリオと別れ、残った仲間と共に宿屋「月の雫亭」でテーブルを囲んでいた。

「……最近さ、現れる魔物が前よりも強くなってる気がしないか?」

 ニールの右隣に座るフランシエルが小さく首を傾げた。

「うーん、言われてみればそうかも?」

 王都の中でも守りの設備に劣る市井の民が住む区画や貧民街、近隣の町や村――ニールたちは自警団としてそれらを見回り、魔物が出たという知らせを聞けば討伐に向かっている。
 今まで基本的に大きな苦戦はしていなかったが、先日相手にした魔物は巨大かつ強かった。騎士隊長の一人であるユーリウスが助太刀に現れなければ、仲間の誰かが命を落としていてもおかしくなかった。

「そんなに怯えることかよ。大したことねぇだろ」

 ギーランが指でとんとんとテーブルを叩きながら言った。注文した酒がまだ来ていないため手持ち無沙汰のようだ。先日の魔物との戦いでアロンをかばい大怪我を負った彼だったが、すっかり復活し再び自警団の斬りこみ隊長を務めている。

「そうだぞニール、おれたちだってすごく強くなってるだろ」

 ギーランの隣でアロンが得意げにする。彼の言う通り、自警団の仲間たちの練度は確実に上がっている。各々が得意なことを上手く組み合わせたり、不得意を補い合う連携は共に過ごしてきたからこそ成せることだ。
 だが、自警団の人数はニールを含め八人。全員が単身で魔物と渡り合えるわけではない。以前のように強い相手と戦わなければならなくなった時、自分の命と救うべき者たちの命を両方とも守りきれるか――心強い仲間たちに囲まれながらもニールはその不安をぬぐうことができなかった。
 ニールの胸の内を悟ったのか、普段は寡黙なイオが口を開く。

「……最近は騎士たちも動いていると聞く。俺たちだけで気負う必要もないだろう」

 竜人国との戦が続いている中でも、王都の騎士が全員出払っているということはない。王都を守るため活動する者もおり、ニールら自警団と鉢合わせになったことも何度かあった。しかし彼らが優先するのはやはり貴族や裕福な家の人間だ。それ以外の民はやはりニールたちに救いを求めている。
 元気な声が宿屋に響いた。

「はーいお待たせ!」

 月の雫亭を切り盛りする三姉妹の次女、リーサが両方の手に料理が盛られた皿を乗せてやってきた。いつもてきぱき動く彼女は、さっさとニールたちの前に夕食を並べていく。
 それが終わると、酒杯がことんとギーランの前に置かれた。

「ギーランさん、どうぞ」

 姉を手伝って給仕をしているのは三女のミアだ。待ってましたとばかりにギーランは酒杯に口をつけた。

「おかわりはまた声かけて!」

 そう言ってミアを連れ、リーサは厨房に戻っていく。フランシエルは出来立ての料理に目を輝かせた。

「ニール、とりあえずはしっかり食べて明日も頑張ろ?」

 ニールの顔を覗き込むようにして微笑みかけてくる。彼女の明るさはニールに元気をくれる。

「ああ、そうだな。よし、頂きます!」

 ニールは大きく頷き、フォークを手にとった。

***

 翌日、王都からそう遠くない街道沿いで魔物を見たという知らせを受けたニールは、アロン、ギーラン、イオを連れてその近くへ向かった。
 魔物はとげがいくつも突き出た棍棒のような太い尾を勢いよく振り回しニールたちに襲い掛かってきた。アロンが矢を放ってけん制し、イオの素早い動きに翻弄されて怯んだ魔物の尾をギーランが力強い戦斧せんぷの一振りで切り落とす。武器を失ったそれに、ニールとイオがとどめをさした。

「よし、皆ありがとう!」

 仲間たちを労い、ニールはこと切れた魔物を見下ろした。その時あるものが目に入った。

「これは……」

 魔物の喉元に黒い石が埋め込まれている。石の周りの皮膚が酸化した血液で黒く汚れていた。まるで何者かに無理やり縫い付けられたようにも見える。
 魔物の死骸を凝視するニールを不思議に思ったのか、イオが近づいてきた。

「どうした」
「何か変なものが」

 ニールは短剣を取り出し、その先端を魔物の皮膚と石の間に差し入れた。軽く押し上げてみると石はぽろりと剥がれた。

 イオについてきたアロンが、ニールの手の中にある黒い石を覗き見る。

「それ何だ?」
「この魔物の体に埋まってたんだ。何なのかは分からないけど、俺は前にも同じものを見たことがある」

 それはまだニールがイオに出会ったばかりの頃の話だ。当時に戦った巨大な鳥のような魔物、その体からも同じ石が見つかった。記憶をたどり、ニールは地面に胡座あぐらをかいて気怠そうにするギーランに声をかけた。

「ギーラン、今の魔物を強いと思ったか?」
「あ? そんな強かねぇよ。まあ一人でやり合うってんなら楽しめるくらいだ」

 以前、黒い石が埋め込まれていた鳥の魔物に対してギーランは「図体のわりに弱すぎる」と言い放った。今回の相手はそれには当てはまらないようだ。ギーランは無鉄砲だが、相手の実力を見極めることにかけては確かな感覚を持っている。

「姿かたちが全く違う魔物の体から同じ石が出てくるって、何だか変じゃないか? どう思う、イオ」
「確かにな。それに偶然飲み込んでいた訳でなく、体に埋まっているというのが不自然だ。そんな魔物の存在を俺は聞いたことがない」

 ニールとイオが二人して考え込んでいると、アロンがその場で軽く跳びながら口を挟んできた。

「ニール、石のことが知りたいんならさ、ゴルドンの親方に聞いてみるのはどうだ!」

 王都にひっそりと暮らす、腕の良い鍛冶屋のゴルドン――先日、ばらばらに壊れてしまったアロンのクロスボウを彼は完璧に修理してみせた。職業柄、様々な鉱石を用いるゴルドンなら何か知っているかもしれない。

「そうだなアロン、名案だ!」

 ニールは手を伸ばし、アロンの頭をわしわしと撫でた。得意げに歯を見せてアロンはにっと笑った。

「よし、王都に戻ろう。俺とアロンでゴルドンさんのところに行ってみるよ」

 ゴルドンは腕のいい職人だが寡黙で感情が分かりにくい。以前に会ったことがあるニールとアロンのみで訪れるのが得策だろうと、ニールは黒い石を懐にしまい込んだ。
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