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同窓会、やろっか。
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ピピピピピピピピピ…
カチャン
「うーーー…。朝が来ちまったぜ…。」
朝六時。若宮 雫は寝ぼけた顔でベッドからゆっくりと起き上がる。
「ううう…。起きたくねぇ~…。ふはぁぁぁ」
女子とは思えないほど口と鼻の穴を開いて大きなあくびをしながら立ち上がった。どこかの研究所を爆発させたのかという頭を掻き上げ、お腹を掻きながら洗面所に向かう。
「お~。おはよう~…。」
先に洗面所にいたのは母・尚美。同じような寝ぼけた顔を下げて歯を磨いている。
「なおちゃん。おはよ~。」
雫も母の横に立ち、歯を磨く。尚美は雫の爆発した髪の毛を横目で見ると、鼻で笑った。
若宮 雫。二十一歳。今年の秋には二十二歳になる。ついでに言えば大学も今年が最後の一年だ。雫は子供の少ない田舎町で育った。父親の不倫により、両親は二歳の頃に離婚。以来、尚美は小さな雫を一人抱きかかえ、この田舎に越し、女手一つで育ててきた。あの時はまだ小さかったはずの雫も立派な女性になったのだ。立派?立派…?立派…?
「立派かね~…」
「ん?なんか言った?」
「いや、なんも。」
尚美は泡だった口をゆすぎ、顔を洗うと次に口から泡を吐き出した雫を見つめていた。
「…あんたさ、彼氏できたん?」
「ん!?ゴホッ!ごほっ!オエっ!」
「オエって、オヤジかよ。…そんなんで学生生活終わっていいんかねぇ~。」
尚美は歯磨き粉でむせた雫を洗面所に置いていき、リビングに戻って行った。雫は口をゆすぐと振り返り、尚美を睨むような仕草をしてみせた。
「…急になんなん。」
雫は洗顔を終えると、服を着替え、荒れ狂った髪を梳かし、少しだけメイクをした後アイロンで髪を巻く。そしてリビングに向かい、尚美がすでに用意した朝ごはんに手をつけた
「いただきまーす。」
「はいねー。」
尚美も自分用のパンを手に美味しそうに朝ごはんを食べる雫の向かいに座る。
「私の娘はそんなにモテんかね~。私があんたの頃はよくモテてたけど。同じ顔してるんだけどな…。」
「私だって、ある程度には声かけられるわ!」
「へー、どうかね。」
「モテてたくせに、おとんみたいな女好き選ぶとかわけわからん!そっちの方が不可解やわ!」
「ぐっ……。言うよね…。生意気小娘。」
雫は話を変えるようにテレビの電源をつけた。今日も今日とて悲しいニュースと政治のニュースばかりだ。雫は気分転換のつもりだったが、余計気が滅入ることに気づいた。
「やっぱり、蓮くんのこと、引きずっとるの?」
「う………。」
若宮 蓮。雫の幼馴染みであり、長年こじらせている初恋の相手。口数が少なく、自分の意見より人の意見を尊重してしまうような優しい男の子。まあ、裏を返せば優柔不断のパッとしないやつ。ただ、数少ない小学校の同級生の中で、誰よりも誰よりも優しかった。そんな彼が雫は大好きだった。そんな彼に恋心を抱いたのは小学二年生の頃。学校の帰り道……
「朝から回想シーンいらないからっ!!!!」
「ん?だれに言ってんの?」
「ん?え?…あー!もうとにかく!そういう話は朝しないでくれる?センチメンタルな状態で学校行くの嫌なの!」
「はいはい。悪かったね。」
雫は少しイライラしながら「ごちそうさま」と言うと食器を片付けた。雫ちゃんが朝から回想はいらないとのことだったので、また今度の機会に。今はまだ現代の雫をお届けします。
雫は荷物をまとめ赤色の軽自動車に乗り込み、大学に向かう。車で片道二十分。今日はいつもより早めの登校だ。大学に着き、大きな袋を持って車を降りると、奇遇にも同級生の成美がいた。
「なる!おはよう!」
「おは!演習緊張すんね!」
「今日は、頑張ろうね!」
そう。今日は保育学科の二年生と演習だ。先輩としてまともにやらねば!とこの日のために準備をしていた。
ーーーーーー
「わーーー!演習終わったーーー!」
雫と成美は食堂で昼食を取っていた。緊張が解けた雫は大きな背伸びをしている。
「なるは緊張とかしないの?すごく自然だった…。」
「まあ実習もやったしね。…逆に雫のあのロボットダンスは何?…」
「いいやん…。場も和んだでしょ?みんな笑ってたし…。」
「苦笑の方だったけどね…。」
雫は成美の言葉をシャットダウンするようにラーメンを啜った。するとそこに一人の学生が二人のテーブルに近づいた。背が高く、顔も濃い。うん、特に眉が濃い。好青年だった。
「あの、若宮さん。今日どこかのタイミングでお話しさせてもらえませんか?」
男性の声は少し張っていた。緊張しているのだ。しかし、その瞳は雫に真っ直ぐ向いている。
「…え、あ、はい。十六時すぎなら…。」
「じゃあ、その時間にB講義室で待ってます。」
「え、君の名前……は……?…」
男性は一方的に喋った後、雫の問いかけに答えることなく足早に食堂を出て行った。
「何、その映画みたいなセリフ。」
「うん…なんか言ってみたくなって、『君』とか言っちゃった。」
「まあ、聞いてなかったけどね。」
「え、今のってさ。ぜっっっっっっったい告白だよね?」
「だろうね。桜蘭祭近いし。お祭りマジック的な?」
「あーね……。」
名も名乗らず去った『君』の男性が消えていった方向を見つめる雫。その視界にふと別の男性と目が合う。
(うわ…。気まず……。)
雫は咄嗟に顔を背ける。目があった男性は言わば一つの雫の黒歴史だ。
ーーーーーー
雫が一年生の頃。俄然、勉強はもちろん恋愛にも力を入れようと意気込んでいた頃だ。その頃、大学で初めて意気投合した男の子が颯太くん。通称・そうちゃん。明るく面白いそうちゃんに雫は徐々に惹かれ、そうちゃんもいつ何時も笑うゲラの雫との時間が特別になっていた。二人が付き合うまではあまり時間は要らなかった。しかし破局まではもっと時間が要らなかった。
そうちゃんのアパート。友人だった期間も含めてもまだ四ヶ月の仲。何を二人とも生き急いでいたのか。大人の階段を登ろうとしていた。そうちゃんは震える手で雫の服を一枚ずつ丁寧に剥がしていく。まるでみかんの白いところを剥くが如く丁寧に脱がしていく。
「そうちゃん、自分で脱ごうか?」
「いや、ムード。もうちょっと恥じらってよ。」
「あ、ごめん。恥じらいより我慢ならない気持ちが勝ってしまった。」
「よし…下着……。」
「う、うん。言うのもムード無いけどね?」
緊張と緩和、色気少々なムードの中、ついに露わな雫の姿をそうちゃんの瞳に映し出された。そうちゃんはゴクリと唾を飲むと雫を抱きしめる。
「雫。むっちゃ綺麗。…やばいかも。」
「…うん。」
そうちゃんの荒い息が雫の耳にかかる。遂に本気のお色気ムード。二人の鼓動が早くなっていく。そうちゃんの指先が雫の肌を撫で始める。
「ん…」
(やば……こんな感じか…、はず…)
「雫…雫…」
(…蓮はどうやってやるんだろ。)
「あ。」
雫は思わず、そうちゃんの体を押しのけた。雫も自分の反射的な行動に驚いていたが、一番はそうちゃんが驚いていた。驚いていたというかショックを受けていた。その顔には拒絶されたことの深い悲しみがあった。
「…ごめん。焦りすぎた。痛かった?」
「いや……そうじゃないけど……」
「初めてやし…ゆっくりやってこ。」
「………今日は、もうやめよ。」
雫はそうちゃんが丁寧に脱がした下着と服を拾い集め始めた。
「あのさ、雫って本当に俺のこと好き?」
その問いかけに雫は答えを出すことはなく。翌日から二人は言葉を交わすことなく自然消滅していった。交際期間たったの二週間。
言えない。絶対に言えない。初恋こじらせすぎて、セックスの一つも満足にできませんなんて。キスまではかろうじてできるけど、その先が行けませんなんて。そんなこと言って彼氏が引かないわけがない。
ーーーーーー
(そんなことも、あったなぁ……。)
あれから雫の色恋沙汰は一切ない。恋愛に対する興味もめっきり無くなってしまった。
十六時過ぎ。約束通り雫はB講義室に来ていた。太眉『君』がすでに中に入っていた。
「お待たせしました…。」
「あの!…若宮 雫さん!…好きです!…一目惚れでした!…僕と…」
「ごめんなさい!!!」
「ぼ…k…to……まだ、何も言えてません!!」
「すみません!!」
「では………ともだ」
「ごめんなさい!!!」
「t…I……。」
潔いお断り。男性に隙を与えない。雫の奥義。あえて告白の途中で断ることによるペース崩し作戦。これによって相手は一時的に言葉を失い、引かざる終えなくなる。
「……あり…ありがとうございました!!!」
さすが太眉『君』。顔に合う漢気で敗北を潔く認めた。講義室にはまるで侍の居合い切りがあったかのような空気が漂う。雫もなりきって残心をとる。
(また…罪なき男を切ってしまった…。)
「何を武士みたいな顔をしとんのじゃ。」
「あたっ。」
一部始終を見守っていた成美は後ろから雫の頭を小突いた。雫は恥ずかしそうに成美に笑顔を向ける。成美はそんな雫を本気で心配するように見つめ、ため息をついた。
「ほら。カフェ、今日も行くでしょ?」
「…あたぼうよ!」
「なんで次は江戸っ子なんだよ。」
「あたっ」
ーーーーーー
大学近くの行きつけ喫茶にて。二人は普段のようにチョコパフェを一つ頼み、二人で食べていた。
「なんで。名前くらい聞いてあげればよかったじゃん。良い子そうだったのに。」
「良い子そうだったからだよ。」
「お?」
雫はチョコパフェを大きく掬い、大きな口に運ぶ。
「こひらへへふおんはほはかわいほう。」
「こじらせてる女って…。そうちゃんのこと?」
「…それもある。」
「も、って……。え?そうちゃんと別れた時に話してた初恋の人とか言わないよね。」
「……。」
「うーわっ。やだよ。あんた……。まじで心配になってきたわ。どうすんの。これから!…一生恋愛できないじゃん。」
「…だよね。いやね。わかってんですよ。わたくしも。でもさ、ああいうときに思い出しちゃう時点で末期っていうか…。人と付き合う権利ないっていうか…。」
成美はチョコパフェを自分の元に引き寄せ、雫から没収した。
「いい?雫。恋愛の先輩として言う。そうちゃんとより戻しな。」
「は!?できるわけないじゃん!」
「そうちゃんの話、この前たまたま聞いたけど、彼女あれ以来いないんだって。そうちゃん、あんたのこじらせでこじらせそうになってんだよ!今ならまだ間に合う。あんたの初めて、もう一回捧げてきな。」
「……いやいやいやいやいや!ばっか言っちゃダメよ。ダメダメ。」
「古っ……。真面目に聞きなよ!そうちゃんと一晩過ごせば初恋の人だって踏ん切りつくって。私だって今の彼氏とする時も前の人引きずってなかったって言ったら嘘になるし。なんなら比べちゃうし…。でも、今はあの人しか見えてない。雫もいずれはそうなるから。」
「………。」
「雫?」
「……なる。パフェ…。」
「はぁ……。花より団子かよ……。」
その日の夜。雫はベッドの上で足痩せストレッチをしながら成美から言われたことが脳内再生されていた。雫はゆっくりと携帯のメッセージを開く。そうちゃんのチャットはそうちゃんからの「俺、なんかした?」で終わっている。
「なんもしてないよ……。私が、悪いんだよ。」
雫はそう呟くと、枕に顔を埋めた。その瞬間、携帯の着信音が鳴る。
「もしもし。」
<おう。おひさ。俺、俺。>
「オレオレ詐欺なら間に合ってます。」
<ばか!違うわ!…迅だよ。>
「あぁ、迅か。おひさ。」
<おう。俺が彼女できてから全然会ってないもんな。>
井田 迅。雫の幼馴染。なんだかんだで仲のいい腐れ縁のような友人だ。
「そうだな~。どう?一年?経った感想は?」
<まだ半年だよ。>
「あれ…そっか。で、どうしたの?」
<あー、そうそう。みんな大学卒業のいい節目だろ?まあ、社会人のやつもいるけどさ。…小学校の同窓会やろうかなって。中学のは成人式の時にやったけど、また俺らの小学校だけってなると別だろ?>
「………え、今なんて?」
<いや、だから同窓会。>
「まっっじで!!!!????まじか!!え、やろやろ!!いつやんの??」
<お、おう…。いや、まだ日程どころか人が集まるかもわかんないからさ。>
「え?人…?」
そうか。そもそもあの少ない同級生の数。半分来ないとなるとこれは何の会?状態になってしまう。人が集まるかを確認しなけれな同窓会は成り立たない。蓮に会えると思って喜んだのに。いや待てよ。蓮…来るか?正直、仲のいい輪に入っていたわけでもない。むしろ来たがらないんじゃないか?…。雫は一気にテンションを下げた。
「…ウン。ソウダヨネ。」
<え?情緒どうした?>
「…で、今いろんな人に聞いてんの?」
<そうそう。でも俺だけじゃ連絡つかないからさ、雫の仲のいい三人にも連絡しといてくんね?>
「…わかった。」
<…なんで不服そうなんだよ。>
「だって蓮が来ないなら行く意味ないって…。」
<まだお前、レンレン言ってんのかよ。呆れるわ…。>
「パンダみたいな感じで言うのやめてもらっていいすか?」
<そんなわがまま言うなよ。俺も頑張って説得してみるからさ。雫も人集めんの協力して。>
「…迅。蓮と仲良くないくせに。」
<あー、もうそういうこと言うならがんばらなーい。>
「嘘です。嘘です。もー、じゃんじゃん頑張っちゃいます!✴︎」
<よろしい。>
電話を切った後、雫は思いっきり足に力を入れ、ベッドから飛び跳ねた。
「やったーーーー!!!」
ゴンっっ!!!
一階にいた尚美は二階からの物音に首を傾げる。
「…頭、大丈夫か。あの子は。」
ここ最近、憂鬱なニュースが雫の世界を満たしていたが、それらを全て浄化するような嬉しいニュースだった。
カチャン
「うーーー…。朝が来ちまったぜ…。」
朝六時。若宮 雫は寝ぼけた顔でベッドからゆっくりと起き上がる。
「ううう…。起きたくねぇ~…。ふはぁぁぁ」
女子とは思えないほど口と鼻の穴を開いて大きなあくびをしながら立ち上がった。どこかの研究所を爆発させたのかという頭を掻き上げ、お腹を掻きながら洗面所に向かう。
「お~。おはよう~…。」
先に洗面所にいたのは母・尚美。同じような寝ぼけた顔を下げて歯を磨いている。
「なおちゃん。おはよ~。」
雫も母の横に立ち、歯を磨く。尚美は雫の爆発した髪の毛を横目で見ると、鼻で笑った。
若宮 雫。二十一歳。今年の秋には二十二歳になる。ついでに言えば大学も今年が最後の一年だ。雫は子供の少ない田舎町で育った。父親の不倫により、両親は二歳の頃に離婚。以来、尚美は小さな雫を一人抱きかかえ、この田舎に越し、女手一つで育ててきた。あの時はまだ小さかったはずの雫も立派な女性になったのだ。立派?立派…?立派…?
「立派かね~…」
「ん?なんか言った?」
「いや、なんも。」
尚美は泡だった口をゆすぎ、顔を洗うと次に口から泡を吐き出した雫を見つめていた。
「…あんたさ、彼氏できたん?」
「ん!?ゴホッ!ごほっ!オエっ!」
「オエって、オヤジかよ。…そんなんで学生生活終わっていいんかねぇ~。」
尚美は歯磨き粉でむせた雫を洗面所に置いていき、リビングに戻って行った。雫は口をゆすぐと振り返り、尚美を睨むような仕草をしてみせた。
「…急になんなん。」
雫は洗顔を終えると、服を着替え、荒れ狂った髪を梳かし、少しだけメイクをした後アイロンで髪を巻く。そしてリビングに向かい、尚美がすでに用意した朝ごはんに手をつけた
「いただきまーす。」
「はいねー。」
尚美も自分用のパンを手に美味しそうに朝ごはんを食べる雫の向かいに座る。
「私の娘はそんなにモテんかね~。私があんたの頃はよくモテてたけど。同じ顔してるんだけどな…。」
「私だって、ある程度には声かけられるわ!」
「へー、どうかね。」
「モテてたくせに、おとんみたいな女好き選ぶとかわけわからん!そっちの方が不可解やわ!」
「ぐっ……。言うよね…。生意気小娘。」
雫は話を変えるようにテレビの電源をつけた。今日も今日とて悲しいニュースと政治のニュースばかりだ。雫は気分転換のつもりだったが、余計気が滅入ることに気づいた。
「やっぱり、蓮くんのこと、引きずっとるの?」
「う………。」
若宮 蓮。雫の幼馴染みであり、長年こじらせている初恋の相手。口数が少なく、自分の意見より人の意見を尊重してしまうような優しい男の子。まあ、裏を返せば優柔不断のパッとしないやつ。ただ、数少ない小学校の同級生の中で、誰よりも誰よりも優しかった。そんな彼が雫は大好きだった。そんな彼に恋心を抱いたのは小学二年生の頃。学校の帰り道……
「朝から回想シーンいらないからっ!!!!」
「ん?だれに言ってんの?」
「ん?え?…あー!もうとにかく!そういう話は朝しないでくれる?センチメンタルな状態で学校行くの嫌なの!」
「はいはい。悪かったね。」
雫は少しイライラしながら「ごちそうさま」と言うと食器を片付けた。雫ちゃんが朝から回想はいらないとのことだったので、また今度の機会に。今はまだ現代の雫をお届けします。
雫は荷物をまとめ赤色の軽自動車に乗り込み、大学に向かう。車で片道二十分。今日はいつもより早めの登校だ。大学に着き、大きな袋を持って車を降りると、奇遇にも同級生の成美がいた。
「なる!おはよう!」
「おは!演習緊張すんね!」
「今日は、頑張ろうね!」
そう。今日は保育学科の二年生と演習だ。先輩としてまともにやらねば!とこの日のために準備をしていた。
ーーーーーー
「わーーー!演習終わったーーー!」
雫と成美は食堂で昼食を取っていた。緊張が解けた雫は大きな背伸びをしている。
「なるは緊張とかしないの?すごく自然だった…。」
「まあ実習もやったしね。…逆に雫のあのロボットダンスは何?…」
「いいやん…。場も和んだでしょ?みんな笑ってたし…。」
「苦笑の方だったけどね…。」
雫は成美の言葉をシャットダウンするようにラーメンを啜った。するとそこに一人の学生が二人のテーブルに近づいた。背が高く、顔も濃い。うん、特に眉が濃い。好青年だった。
「あの、若宮さん。今日どこかのタイミングでお話しさせてもらえませんか?」
男性の声は少し張っていた。緊張しているのだ。しかし、その瞳は雫に真っ直ぐ向いている。
「…え、あ、はい。十六時すぎなら…。」
「じゃあ、その時間にB講義室で待ってます。」
「え、君の名前……は……?…」
男性は一方的に喋った後、雫の問いかけに答えることなく足早に食堂を出て行った。
「何、その映画みたいなセリフ。」
「うん…なんか言ってみたくなって、『君』とか言っちゃった。」
「まあ、聞いてなかったけどね。」
「え、今のってさ。ぜっっっっっっったい告白だよね?」
「だろうね。桜蘭祭近いし。お祭りマジック的な?」
「あーね……。」
名も名乗らず去った『君』の男性が消えていった方向を見つめる雫。その視界にふと別の男性と目が合う。
(うわ…。気まず……。)
雫は咄嗟に顔を背ける。目があった男性は言わば一つの雫の黒歴史だ。
ーーーーーー
雫が一年生の頃。俄然、勉強はもちろん恋愛にも力を入れようと意気込んでいた頃だ。その頃、大学で初めて意気投合した男の子が颯太くん。通称・そうちゃん。明るく面白いそうちゃんに雫は徐々に惹かれ、そうちゃんもいつ何時も笑うゲラの雫との時間が特別になっていた。二人が付き合うまではあまり時間は要らなかった。しかし破局まではもっと時間が要らなかった。
そうちゃんのアパート。友人だった期間も含めてもまだ四ヶ月の仲。何を二人とも生き急いでいたのか。大人の階段を登ろうとしていた。そうちゃんは震える手で雫の服を一枚ずつ丁寧に剥がしていく。まるでみかんの白いところを剥くが如く丁寧に脱がしていく。
「そうちゃん、自分で脱ごうか?」
「いや、ムード。もうちょっと恥じらってよ。」
「あ、ごめん。恥じらいより我慢ならない気持ちが勝ってしまった。」
「よし…下着……。」
「う、うん。言うのもムード無いけどね?」
緊張と緩和、色気少々なムードの中、ついに露わな雫の姿をそうちゃんの瞳に映し出された。そうちゃんはゴクリと唾を飲むと雫を抱きしめる。
「雫。むっちゃ綺麗。…やばいかも。」
「…うん。」
そうちゃんの荒い息が雫の耳にかかる。遂に本気のお色気ムード。二人の鼓動が早くなっていく。そうちゃんの指先が雫の肌を撫で始める。
「ん…」
(やば……こんな感じか…、はず…)
「雫…雫…」
(…蓮はどうやってやるんだろ。)
「あ。」
雫は思わず、そうちゃんの体を押しのけた。雫も自分の反射的な行動に驚いていたが、一番はそうちゃんが驚いていた。驚いていたというかショックを受けていた。その顔には拒絶されたことの深い悲しみがあった。
「…ごめん。焦りすぎた。痛かった?」
「いや……そうじゃないけど……」
「初めてやし…ゆっくりやってこ。」
「………今日は、もうやめよ。」
雫はそうちゃんが丁寧に脱がした下着と服を拾い集め始めた。
「あのさ、雫って本当に俺のこと好き?」
その問いかけに雫は答えを出すことはなく。翌日から二人は言葉を交わすことなく自然消滅していった。交際期間たったの二週間。
言えない。絶対に言えない。初恋こじらせすぎて、セックスの一つも満足にできませんなんて。キスまではかろうじてできるけど、その先が行けませんなんて。そんなこと言って彼氏が引かないわけがない。
ーーーーーー
(そんなことも、あったなぁ……。)
あれから雫の色恋沙汰は一切ない。恋愛に対する興味もめっきり無くなってしまった。
十六時過ぎ。約束通り雫はB講義室に来ていた。太眉『君』がすでに中に入っていた。
「お待たせしました…。」
「あの!…若宮 雫さん!…好きです!…一目惚れでした!…僕と…」
「ごめんなさい!!!」
「ぼ…k…to……まだ、何も言えてません!!」
「すみません!!」
「では………ともだ」
「ごめんなさい!!!」
「t…I……。」
潔いお断り。男性に隙を与えない。雫の奥義。あえて告白の途中で断ることによるペース崩し作戦。これによって相手は一時的に言葉を失い、引かざる終えなくなる。
「……あり…ありがとうございました!!!」
さすが太眉『君』。顔に合う漢気で敗北を潔く認めた。講義室にはまるで侍の居合い切りがあったかのような空気が漂う。雫もなりきって残心をとる。
(また…罪なき男を切ってしまった…。)
「何を武士みたいな顔をしとんのじゃ。」
「あたっ。」
一部始終を見守っていた成美は後ろから雫の頭を小突いた。雫は恥ずかしそうに成美に笑顔を向ける。成美はそんな雫を本気で心配するように見つめ、ため息をついた。
「ほら。カフェ、今日も行くでしょ?」
「…あたぼうよ!」
「なんで次は江戸っ子なんだよ。」
「あたっ」
ーーーーーー
大学近くの行きつけ喫茶にて。二人は普段のようにチョコパフェを一つ頼み、二人で食べていた。
「なんで。名前くらい聞いてあげればよかったじゃん。良い子そうだったのに。」
「良い子そうだったからだよ。」
「お?」
雫はチョコパフェを大きく掬い、大きな口に運ぶ。
「こひらへへふおんはほはかわいほう。」
「こじらせてる女って…。そうちゃんのこと?」
「…それもある。」
「も、って……。え?そうちゃんと別れた時に話してた初恋の人とか言わないよね。」
「……。」
「うーわっ。やだよ。あんた……。まじで心配になってきたわ。どうすんの。これから!…一生恋愛できないじゃん。」
「…だよね。いやね。わかってんですよ。わたくしも。でもさ、ああいうときに思い出しちゃう時点で末期っていうか…。人と付き合う権利ないっていうか…。」
成美はチョコパフェを自分の元に引き寄せ、雫から没収した。
「いい?雫。恋愛の先輩として言う。そうちゃんとより戻しな。」
「は!?できるわけないじゃん!」
「そうちゃんの話、この前たまたま聞いたけど、彼女あれ以来いないんだって。そうちゃん、あんたのこじらせでこじらせそうになってんだよ!今ならまだ間に合う。あんたの初めて、もう一回捧げてきな。」
「……いやいやいやいやいや!ばっか言っちゃダメよ。ダメダメ。」
「古っ……。真面目に聞きなよ!そうちゃんと一晩過ごせば初恋の人だって踏ん切りつくって。私だって今の彼氏とする時も前の人引きずってなかったって言ったら嘘になるし。なんなら比べちゃうし…。でも、今はあの人しか見えてない。雫もいずれはそうなるから。」
「………。」
「雫?」
「……なる。パフェ…。」
「はぁ……。花より団子かよ……。」
その日の夜。雫はベッドの上で足痩せストレッチをしながら成美から言われたことが脳内再生されていた。雫はゆっくりと携帯のメッセージを開く。そうちゃんのチャットはそうちゃんからの「俺、なんかした?」で終わっている。
「なんもしてないよ……。私が、悪いんだよ。」
雫はそう呟くと、枕に顔を埋めた。その瞬間、携帯の着信音が鳴る。
「もしもし。」
<おう。おひさ。俺、俺。>
「オレオレ詐欺なら間に合ってます。」
<ばか!違うわ!…迅だよ。>
「あぁ、迅か。おひさ。」
<おう。俺が彼女できてから全然会ってないもんな。>
井田 迅。雫の幼馴染。なんだかんだで仲のいい腐れ縁のような友人だ。
「そうだな~。どう?一年?経った感想は?」
<まだ半年だよ。>
「あれ…そっか。で、どうしたの?」
<あー、そうそう。みんな大学卒業のいい節目だろ?まあ、社会人のやつもいるけどさ。…小学校の同窓会やろうかなって。中学のは成人式の時にやったけど、また俺らの小学校だけってなると別だろ?>
「………え、今なんて?」
<いや、だから同窓会。>
「まっっじで!!!!????まじか!!え、やろやろ!!いつやんの??」
<お、おう…。いや、まだ日程どころか人が集まるかもわかんないからさ。>
「え?人…?」
そうか。そもそもあの少ない同級生の数。半分来ないとなるとこれは何の会?状態になってしまう。人が集まるかを確認しなけれな同窓会は成り立たない。蓮に会えると思って喜んだのに。いや待てよ。蓮…来るか?正直、仲のいい輪に入っていたわけでもない。むしろ来たがらないんじゃないか?…。雫は一気にテンションを下げた。
「…ウン。ソウダヨネ。」
<え?情緒どうした?>
「…で、今いろんな人に聞いてんの?」
<そうそう。でも俺だけじゃ連絡つかないからさ、雫の仲のいい三人にも連絡しといてくんね?>
「…わかった。」
<…なんで不服そうなんだよ。>
「だって蓮が来ないなら行く意味ないって…。」
<まだお前、レンレン言ってんのかよ。呆れるわ…。>
「パンダみたいな感じで言うのやめてもらっていいすか?」
<そんなわがまま言うなよ。俺も頑張って説得してみるからさ。雫も人集めんの協力して。>
「…迅。蓮と仲良くないくせに。」
<あー、もうそういうこと言うならがんばらなーい。>
「嘘です。嘘です。もー、じゃんじゃん頑張っちゃいます!✴︎」
<よろしい。>
電話を切った後、雫は思いっきり足に力を入れ、ベッドから飛び跳ねた。
「やったーーーー!!!」
ゴンっっ!!!
一階にいた尚美は二階からの物音に首を傾げる。
「…頭、大丈夫か。あの子は。」
ここ最近、憂鬱なニュースが雫の世界を満たしていたが、それらを全て浄化するような嬉しいニュースだった。
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【完結】小さなマリーは僕の物
miniko
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マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。
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※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)
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