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21.婚約者と試練

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この回はsideL内でも視点が切り替わるため、途中に■■が入ります。

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sideL





「うわああっっ?!ちょっと、待って、なんで?!」



エミーリア嬢がハーフェルト公爵家に来た翌朝、主の絶叫が屋敷内に響き渡った。



予想はしていたので、ロッテと2人で主の寝室に駆けつける。



扉を開いた先には、タオルが間に合わなかったのか、血をぼたぼた落としながら鼻を押さえる主とそれを寝ぼけた目で見ているエミーリア嬢がいた。



エミーリア嬢は随分と寝起きが悪そうですねえ。



「リーンハルト様、こちらを。」



とりあえず、持ってきた濡れタオルを渡してパニック状態の主を落ち着かせる。



「なんで、彼女がここで寝てるわけ?!」



呆然自失の体で尋ねる主を、気の毒そうに見ながらロッテが口を開いた。



「昨晩、お嬢様はリーンハルト様のお帰りを待っておられましたが、ラグの上で寝ておしまいになりました。それで、お声をかけて客間へご案内しようとしたのですが、」

「私が、ここを自分の寝室だと思って寝ちゃったの。ごめんなさい。」



なんとか覚醒したらしいエミーリア嬢がロッテの後を引き継いで、ベッドの上に座ったまま主に向かって深々と頭を下げた。



私もすかさず後に続く。



「昨夜、そのことをリーンハルト様にお伝えしようと思ったのですが、大変お疲れのご様子で・・・」

「わかった。不幸な偶然が重なった結果というわけだ。」



とりあえず、主は昨夜の次第を把握して落ち着いた。

そして、恐る恐るといった体でエミーリア嬢の方を見ると、口籠りつつ続けた。



「・・・エミーリア、僕は昨日、夢だと思って君に・・・。」



昨夜二人の間に何が?!



私とロッテの顔色が変わる。

ロッテなんてエミーリア嬢の身体をじっと観察している。



「・・・私寝てたから、何も覚えてないわ!」



エミーリア嬢は、全身を真っ赤にして主の台詞をぶった切った。



エミーリア嬢、その態度、絶対に覚えてますよね。



主も察したのだろう、エミーリア嬢とは反対に真っ青になって、

「すまないが、ちょっと2人にしてくれるかな?」

我々を部屋の外に追いやった。



当然、私とロッテは頷きあうと扉に耳をつけた。







■■





目が覚めて、すぐに違和感を感じた。確認すると、僕の腕の中で愛しい彼女が寝息をたてていた。



昨夜、彼女が出てくる夢を見て、欲望のままに触れた覚えがある。

いやにリアルな夢だとは思ったが、夢だと信じて疑わなかった。



まさか、現実・・・?!



そう理解した途端、僕の口から叫び声が上がった。







そして、今はエミーリアと2人、ベッドの上で

向かい合っている。



まずは彼女に昨夜のことを謝罪しなければ。息を吸って吐いて覚悟を決めて口を開く。



「エミーリア。その、昨夜はなんというか、ごめんなさい!」

「リーン、それは置いといて。まずは、おはようございます。」

「あ、おはようございます・・・。」



エミーリアは僕の謝罪を流し、無表情で朝の挨拶をしてきた。



彼女の顔は無で怖いけど、お互い寝間着のままで挨拶を交わす状況に出血が止まらない。



彼女が今着ているのは僕が選んだ柔らかい青色のナイトドレスだ。髪も肩につくくらいに綺麗に揃えられてふわふわと揺れている。灰色の目はまだ少し眠そうに瞬かれ、こちらを見つめてくる。



昨夜、あれ以上やらなくて本当によかった。まっすぐに目を見られないところだった。

触っただけなら、セーフ、だよね?



エミーリアがぱちぱちと自分の顔を叩きながら、ぼんやりした声で言う。



「私、ちょっと朝は弱くて。いつも予定の2時間前には起きてベッドでぼうっとしてるから、今まだ頭がはっきりしてないのだけど。昨日のことはお互い夢だということで、お終いにしない?私がロッテの話を聞かずに部屋を間違えたのが悪かったわけだし。」



「ヘンリック達の話を聞かなかった僕も悪かったんだよ。」

「お互い次から気をつけましょうね。」



彼女はそう話をまとめると、頷きながら側の枕を抱きかかえ、ぽすっと頭を乗せた。また寝てしまいそうだ。



本当に朝が弱いんだな。こんな彼女を見られるのも同じ部屋に寝たからこそなんだと思うと、彼女の間違いに感謝したくなった。



「今夜からはちゃんと客間を借りて休むわ。」



半分目を閉じながらそう言って寄越した彼女に、ふと悪戯心が湧いた。



「ねえ、エミーリア。僕が今夜も君と一緒に寝たいと言ったらどうする?君の匂いと柔らかさが忘れられないんだ。」



言い終わらないうちに、ボフッと顔に枕が投げつけられる。

難なく受け止めて彼女の顔を見ると、眠気は吹っ飛んだようで、これ以上はないくらいに真っ赤になっている。



これは確実に昨夜のことを思い出しているな。



あまりにも真っ正直な反応が可愛くて、僕がくっくっと笑うと彼女はものすごく悔しそうな顔をした。



「君、昨夜の僕の本音聞いたよね?今日から毎日一緒に寝よ?」

「・・・って呼んでくれたら、」

「え?聞こえな・・・」



「起きてる時に愛称で呼んでくれたらいいわよ!昨夜寝ぼけてた時は呼んでくれたのに、今朝起きてからは呼んでくれないじゃない!」



羞恥で薄っすら涙目になっている彼女の顔を見て、何を言われたか頭が理解した途端、僕の顔も急激に熱くなった。



それって今夜から一緒に寝てもいいって言ったも同然じゃないか。



実は起きてから、いつ、エミィって呼ぼうか図ってた。

ヘンリック達の前で初めて呼びたくはなかったんだ。



でも、昨夜夢だと思っている間は愛称で呼んだのに、今朝は使わないことに彼女が不満を感じていたなんて、思いもしなかった。



僕の無茶なわがままに、そんな可愛らしい条件で返してくるとは想像もしていなかった。



本当に、可愛すぎてやばい。止まっていた鼻血が吹き出す・・・と思ったら出ない。出ないの?



よし、じゃあ今のうちだと素早く近づいて彼女を抱きしめ、耳元で囁いた。



「エミィ、愛してるよ。その髪型も似合ってる。」



初めて愛称を呼ぶ時には、愛してると言おうとずっと前から決めてた。



そして、僕の腕の中でエミーリアはこれ以上はないというくらい、耳まで真っ赤になって固まっている。



「もう、君はなんでそんなに可愛いの?!」



思わず、叫んで気がついたら、彼女をベッドに押し倒して、両手を絡めてシーツに押さえつけるという態勢になっていた。



僕の真下にやや潤んだきれいな灰色の瞳がある。表情もみたことがないほど上気してこちらを見つめ返している。



僕の心臓がきゅっと飛びあがった。このままだと、自分の中の何かが暴走しそうだ。



いつもそれを止めてくれる身体の変調もまだこない。

もしや治った?

試しに続けて見ることにした。



「エミィ?昨夜は僕の好きなように君に触れちゃってごめんね。お詫びに今夜は君が僕を好きなようにする?それとも今する?」



「しない、絶対にしない。もう、一生別の部屋で寝る!」



エミーリアの狼狽ぶりがすごい。顔もいつまでも赤いままで、本当に熱が出たんじゃないかと心配になるくらいだ。



片手を解いてそっと頬に触れる。熱はないが、彼女の目に怯えが走った。



しまった、と手を引っ込める。そんな感情を抱かせるつもりじゃなかったんだ。



これじゃあ、僕が自分の欲を満たすために連れてきたみたいじゃないか。

そうじゃない。彼女を自由にするためだったはず。



深呼吸をして押し寄せる煩悩を遠くへぶん投げる。



「怖がらせてごめんね、君がいいって言うまで何もしないから安心して。」



それでほっとした様子の彼女を引き起こして、乱れた髪をそっと直す。



「君の気持ちを無視して焦っちゃった。これからずっと一緒にいるんだから、ゆっくりいくつもりだったのに。やっぱり夫婦になるまでは、別々に寝ようか。」



あとたった半月の我慢だ。と心の中で言い聞かせながらベッドから降りて伸びをする。



それから彼女の気持ちの負担にならないように、明るい笑顔を作って振り返る。



「じゃあ、着替えて、一緒に朝食を食べようか。」



ところが、彼女はじっと俯いて黙っている。



あれ?もしかして怒った?本当に一生一緒に寝てくれない気かも。



「あの、エミィ・・・」

「やっぱり一人は寂しいから一緒に寝たいの。寝るだけはだめ?」



彼女が勇気をふり絞って、僕の寝間着の裾を掴んで言った途端、今まで何の気配もなかったあれが来た。ちっとも治ってない!



慌ててタオルで鼻を押さえながら、自分で言い出したことだけど、本当に彼女と一緒に寝られるのか真剣に悩んだ。





■■





扉の外では。

「旦那様はエミーリア様には全くもって強く出られない、ヘタレですねえ!」

「ミア!どこから湧いてきたんです?!いいですか、主はヘタレじゃありません。エミーリア嬢が悪いんです!あの数カ月前の冷たさと無関心さはどこいったんですか!」

「ヘンリック様はお嬢様に不満があるようですけど、主人夫婦の仲がいいのはありがたいことですよ。」

「普通の関係なら、でしょう?!主が失血死したらどうするんです?!」

「鼻血では死なないと思いますよ?」

「あら。さあ、ミア、急いでお嬢様の朝のお支度に行くわよ。」

「はーい。」







急にそそくさと去っていった二人を見送っていたら、後ろから冷気が漂ってきた。



「ヘンリック、全部聞こえてたんだけど?悪かったね、ヘタレで鼻血で失血死する主人でさ。」

「あ。」

(ヘタレって言ったのはミアですってばー!)

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