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27.最終話 幸せ

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■■

sideL



幸い、今夜は暑くもなく寒くもなく、まるくなりかけの月が天にかかっていた。



その明るい月の光に誘われたか、あちこちに会場から抜け出してきた人の姿がある。



僕は抱え込むように連れてきたエミーリアを、近くのベンチに座らせた。



夫人達が立ち去った後、今日1日、ずっと保っていた彼女の笑顔に陰りが見えたから、思わず外に連れてきてしまった。



座るとすぐに、彼女は肺の奥深くから息を絞り出すようにため息をついた。



「結局、私は虎の威を借る狐にしかなれなかったわ。貴方やお姉様のことまで、あることないこと言われたのに、自分で言い返せないなんて口惜しい・・・!」



いや、あれで十分だと思う。ついこないだまで全く貴族らしい交流もせず、自室に押し込められていたのだから、もっとおどおどするかと思っていた。



あのお喋り3夫人にあれだけ堂々と言えれば、今日のところは義姉上からも合格が貰えると思う。



彼女はもっと自信を持っていいのに。



「そんなことはない。君は義姉上の教えに従って、自分の持っているものを正しく最大限有効に使えていたよ。義姉上だって今でこそ一人であしらっているけれど、嫁いできたばかりの頃は、僕や兄を召喚してやり過ごしてたんだから。君も数年したら自分で返せるようになるよ。」



「そうなのね。私もアルベルタお姉様のようになれるかしら。」



彼女は少し気持ちが軽くなったのか、ほっと息をついた。その様子に、僕も心の中で安堵する。



「まあ、義姉上ほど強くならなくてもいいとは思うけど・・・。僕は、いつでも君を1番に守る人でいたいんだ。だから、ああいうときは、なるべく僕を呼んで欲しいな。そのために日々鍛えてるんだから。」



ここは絶対に譲れない。1人で暴走されたら大変だし、何より僕は彼女に頼られたい!



あのお喋りで噂好きの3夫人には、釘を刺したから、自分達の身がかわいければ、これ以上馬鹿な噂をあちこちにばら撒くことはないだろう。



周囲の野次馬にもタリアメント伯爵が彼女の後見であることを知らしめれたし、これでエミーリアをいじめるとどうなるかわかったよね。



それでもまだ、彼女への嫌がらせはなくならないに違いない。

もうこれ以上彼女を傷つけたくはないのに。

早く夜会への出席を減らせるようにならないかな。







外灯に照らされた彼女の顔は未だ晴れない。まだなにか悩んでいるのだろう。



彼女の前に跪いて、その手を取る。

まるでプロポーズシーンのようで、周りの人々が何か起こるのかと気にしている。



残念ながら、我々は既に婚姻済みなので何も起こさないが。



「大丈夫?まだなにか気になっていることがある?」



彼女の顔を覗き込んで尋ねれば、細い声で返事が戻ってきた。



「貴方は私をたくさん守ってくれる。でも、私だって貴方を守れるようになりたい。」



僕の奥さんが健気で可愛い過ぎるので、このまま抱きしめてキスしたい!



でも、そうするとヘンリックあたりが邪魔をしに飛び込んできそうなので、ぐっと我慢する。



あいつのおかげで、僕の忍耐力は最近飛躍的に増加していると思う。



「エミィ、君はもうすでに僕をたくさん守ってくれているよ。この体質を嫌わずに喜んで受け入れてくれたし、無理に治そうとしないで、ずっと寄り添ってくれているし、落ち込んだら頭を撫でてくれる。」



「それは貴方を守っていることになるの?」

「うん、僕の心を君は守ってくれているんだ。君にしかできないことだよ。」



彼女の顔が満たされたように綻んだ。







さて、せっかく庭園に来たことだし、時期も時間も丁度いい。



僕は立ち上がると、エミーリアへ手を差し出した。



会場へ戻ると思ったのだろう、彼女の顔が一瞬、疲労感を増したが、すぐに口元を引き結び素直に手を乗せて立ち上がる。



こういうところが、守ってあげたくなるんだよね。



ヘッドドレスと同じくサファイアをあしらったイヤリングが揺れる彼女の耳に、顔を寄せてささやく。



「行きたいところがあるんだ。ちょっと歩くけど大丈夫そう?・・・足が痛いようだったら抱き上げて連れてくけど、どうする?」



他意はなかったんだけど、尋ねた途端、エミーリアが遠ざかった。



そういう反応をすると僕の嗜虐心が刺激されると、いつになったら気がつくのか。

僕は愉しんでいるから教えないけど。



「僕、結婚当日に妻に逃げられた男になるの?」

「あ、いえ、逃げたワケじゃないのよ?条件反射というか?」



慌ててごまかしながら、カニ歩きで戻ってきた彼女をすかさず捕まえる。



「なるほど?条件反射ね。じゃあ、僕も条件反射で。」



そのまま彼女をさっと抱き上げて問答無用で歩き出した。







■■

sideE





また抱き上げられて運ばれている!最近、隙あらばこの態勢になっているような。



なんなの?!腕でも鍛えてるの?私はダンベルか何かなの?







庭園内は、夜とはいえ外灯があちこちに立っており、私達が誰かということが近くにいる人々にはわかるはずだ。



「下ろしてよ、歩けるから。自分で歩けるってば!」

「君、下ろすと逃げそうだからだめ。」

「逃げないわよ!」

「まあ、いいじゃない。今日頑張った僕へのご褒美ってことで。あんまり暴れたら落ちるよ?」



身を捩ったら、注意された。さすがに落ちたくはないのでぎゅっとしがみつく。



いい子、と笑い混じりに言われたので悔しくなって、

「どこが貴方のご褒美になるのよ。腕が疲れるだけじゃない。それともダンベル代わりなの?」

憎まれ口をたたいた。



それを聞いたリーンが大きな声で笑い出したので、周りの目が一斉にこちらを向く気配がした。

こんなとこで大笑いしないでよね。



「何言ってるんだか。君は軽すぎて、そんな用途に使えないよ。もう少し太れば?」

「そんなこと言うならいっぱい食べて、リーンが持ち上げられないくらいになるわよ!」

「楽しみにしてるね。」



彼には何を言っても暖簾に腕押しで、我ながら会話内容がバカバカしすぎる。



周りの目も気になってきて、後は大人しく黙って彼に運ばれることにした。



そのうち、心地よい揺れと彼の腕の中にいる安心感に加えて、朝からの緊張と疲れでついウトウトしてしまっていた。







気がつくとメインの通路から随分外れた場所に移動していて、暗がりにある生け垣の陰に下ろされた。



眠気の残る目をこすりながら足を地面につける。感触から芝生だと見当をつけた。



「ここはどこ?」

「あれ、静かだと思ってたら、もしかして寝てた?」

「ええ、ちょっとだけ・・・。」



ここが庭園のどの辺りかわからないし、外灯の明かりも届かなくて暗い。

足元もよく見えない闇に急に怖くなって、リーンの服を手探りで掴む。



「何か出そうで怖いんだけど!」



「怖くなんかないよ。暗くてよくわからないと思うけれど、ここは僕たちが初めて一緒に遊んだ場所だよ。」



え、あのバスケットとぬいぐるみがが置いてあった?

そう言われればそんな気もするけど暗くてよくわからない。



「今夜は月が明るいし、もう少しして暗闇に目が慣れたらそこに花があるのが見えるよ。」

「花?・・・黄色い、これのことかしら?」



私はしゃがんで、闇に目を凝らし、膝くらいの高さの可憐な黄色い花が咲いているのを見つけた。



「それそれ。こんなところに植えてあるけど、この時期の夜にしか咲かない花で、珍しいんだって。」



それを聞いた私は、その花から目が離せなくなった。



珍しい花って、もしや。



その花はいくつかがまとまって、月の光を浴びてふわふわと咲いている。



「4歳で君と出会ってから色々あったけど、ようやく一緒に見られた。」



横に並んだ彼がその花にそっと触れる。



「君のお祖父様が仰ったのがこの花かどうかわからないけれど、君に見せたかったんだ。この庭に咲く珍しい花を。」



どうしよう、化粧が崩れるから泣いちゃだめだって言われているのに。こんなことされたら涙が出てくる。



私はぐっと目に力を入れて涙を落とさないようにして、立ち上がった。



「リーン、ありがとう。実はもうここに来ることはないと思って、お祖父様に聞かずじまいだったの。だから、貴方が見つけてくれたこの花が私の探してた花だわ。だって私は今、幸せよ。もう貴方と一緒に暮らし始めてから、ずっと幸せなの。」



リーンも立ち上がって、私の手をとった。



「エミィ、君をもっと幸せにできるよう全力を尽くすから、僕の隣をこれからもずっと歩いてくれる?」



もうだめだ、お化粧はやり直しだ。



私は目の前にある彼の胸に飛び込んだ。



「ええ。私も貴方の隣を堂々と歩けるように、自分で言い返せるようにもっともっと頑張るわ。」



彼はいつもと違って、ふわりと包み込むように抱きしめてきた。



「ありがとう。でも、ゆっくりでいいよ。君は急ぎ過ぎるとこけちゃいそうだからね。」



「まあ、ひどい。でも今日2回もコケたんだもの、言われても仕方ないわよね。次から気をつけないと・・・。」



本当はそういうことを言ってるんじゃないと分かってる。

彼の優しさを素直に受け取れればいいのだけど、ついひねくれた反応を返してしまう。

自分の直したいところだわ。



ああ、そうか。



あれはこういうときに、気持ちを伝えるために使えばいいのね。



私はすっと息を吸って、彼の両肩に手を掛けた。

それから目を閉じて、そのまま手に力を入れて彼をこちらに引き寄せると、思い切って唇を触れ合わせた。



目を開けたら驚きで目を丸くする彼の顔があった。その表情が可愛くて、笑みが溢れる。



「リーン、愛してるわ。」







その後、当然、彼はタオルで顔を覆う羽目になった。



「リーンの唇って柔らかいわね。」

「それ!僕が言いたかったのに!」

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