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第二章 夫妻の贈り物
17、妻の贈り物
しおりを挟む「わぁ、見て。あの人格好いい!」
「ダメ。よく見なさいよ、既婚者だわ。大体、隣に相手がいるじゃないの」
「えっ、妹とかじゃないのー?・・・あ、本当だ結婚指輪してる。残念!」
テオ様と街を歩いているとあちこちからそんな会話が聞こえてくる。私はくすぐったいような気分で手を繋いでいる隣の彼に声を掛けた。
「テオ様、結婚指輪とはすごいものですね」
「本当に。これで君に変な虫がつかなくなるといいのだけど。」
「私に虫がついていましたか?! どんな虫でした? え、この指輪って虫除けにもなるのですか?! ・・・すごーい」
もう虫はついてないらしいけれど頭の方をぱぱっと払ってから、指輪を着けている左手を顔の前に持ってきて、しみじみと眺めた。それを見ていたテオ様が明るい笑い声を上げた。
「ははっ、本当にフィーアはいつでも可愛いなあ。そうだよ、虫除けにもなるすごい指輪だからずっとつけておいてね」
はい、と神妙に頷いた私を彼がひょいと抱き上げる。私が彼の肩に掴まると同時に、あちこちから小さな悲鳴が上がった。何かあったのかとくるりと見渡せば、女の子達が彼の笑顔に釘づけになっていた。
テオ様が心から笑うと冷たい感じが和らいで、ちょっと幼くなって可愛らしさがにじむ。
確かに悲鳴を上げたくなる気持ちはわかるのだけど、これは私に向けられたものなのにと思うと、モヤモヤしてきて私の口からポロリと嫌味がこぼれ出た。
「テオ様は、いっぱいモテていいですね」
言った瞬間、しまったこれは相当嫌な感じだったと口を手で塞ぐも時すでに遅し。彼の目が丸くなって直ぐに細くなり、表情も固くなる。
さっきモテるばかりに嫌な目にあった話をしていた彼に言っていいことじゃなかった!
謝らなくてはと間近にある薄青の瞳を見た途端、私の全身が凍りついた。
「フィーアはいっぱいモテたいの? 僕は不特定多数にモテても嬉しくないよ。だってほら、僕の腕は君を抱くといっぱいになるだろ。この手で守りたいのは君だけなんだから、君だけにモテたいと思ってる。フィーアは、僕だけじゃ足りない?」
テオ様が怒ってる、けど。なんか違う・・・?
これは彼に嫌味を言ったはずが、私が不特定多数の人にモテたがっていると思われた?!
私は慌てて彼の見当違いの怒りの消火に努める。
「本当は嫌味だったのです、ごめんなさいっ! ・・・私は、テオ様だけで十分足りています。他の人にモテたいなんて思ったことはありません!」
必死に言い募れば、彼から湧き上がっていた怒りの気配が消えて不思議そうな声が出てきた。
「嫌味? フィーアがそんなことを言うなんて初めてじゃない? どうしたの?」
自分の嫌な部分を好きな人に説明するのは勇気がいる。でも、それを聞くまで彼は解放してくれないだろうと、仕方なく白状した。
「・・・申し訳ありません。女の子達がテオ様の笑顔を見て騒いでいたのでモヤモヤして、つい言ってしまいました」
「それって嫌味じゃなくてヤキモチじゃない? ヤキモチ焼くとか、フィーア、君、可愛い過ぎるよ・・・。あーもう、僕の人生で妻にヤキモチを焼かれる日が来ようとは思わなかったな」
「これが、かの有名なヤキモチなのですか?!」
恋愛話にはつきものの嫉妬、ヤキモチ。自分の中にもその感情があったのかとびっくりした。
テオ様は何故か私のヤキモチに喜び過ぎて、笑顔がさらに輝いている。もちろん、周囲の女の子達がそれを見逃すはずはなく、素敵と息を呑む気配が伝わってくる。
もうこれ以上は見せたくない!
私はテオ様に抱き上げられたままなのをいいことに、目の前の彼の顔にハンカチを被せた。
「わっ、フィーア?!」
「テオ様、笑顔が素敵すぎです! 他の人に見せたくないので少し控えてください」
「わかった。じゃ、ここから逃げよう。どこへ行きたい?」
「テオ様行きつけの本屋に行きたいです!」
「え、あの店?! 専門書ばっかりだよ?」
そう言った彼は、君の顔が見えないのは辛いと頭を振ってハンカチを外す。現れた顔は、普段本屋に行きたいなどということがない私の頼みに不思議そうに首を傾げている。その彼にどうしても行きたいと再度頼むと、今度は快く了承してくれた。
テオ様行きつけの本屋は専門書の扱いが主で、所狭しと置かれた棚いっぱいに分厚い本が並んでいる。客層も落ち着いているため、店内は静かで女の子達に騒がれることはない。私はほっと息をついてテオ様と別行動を開始した。
・・・つもりだったのだけど。直ぐ後ろにずっと彼が居る。ついてきている。
「えっと、テオ様もこちらの方にご用ですか?」
もしや、私が行く方向と同じなだけなのかと尋ねてみれば、無邪気な笑顔とともに否定された。
「いや? 僕はフィーアについて行ってるだけだよ。そういう君は何を買うの?」
私はぐっと詰まって立ち止まった。実は初めてもらったお給料で彼に贈り物をしたいと思っているのだが。本人がいたら買い難いことこの上ない。
「テオ様は本を見ないのですか?」
「うん、ここの本は全部知ってるから新刊だけチェックしてる。で、今日は何もないんだ。だから、君が迷子になってもいけないし一緒にいるよ」
苦し紛れに問い返せば、あっさり撃沈した。追い詰められた私は上を見て下を見て左右を見てから白旗を上げた。
迷子のことを持ち出されたら強く言えない。たとえ、店内であっても・・・!
「・・・あのですね、テオ様に栞をプレゼントしたいと思うので、お好きなものを選んでください」
「えっ、僕に? そんな、僕に使わないでフィーアの好きな物を買いなよ」
彼ならそう言うだろうと思っていた。だけど初めて働いてお金をもらった時、何に使おうか真剣に考えて、いつもお世話になっている人達にささやかでもお礼がしたいと思ったのだ。
それで、まず一番にテオ様に何を贈ろうかと考えた。いつも身に着けて貰えるものがいいなと思ったが、彼の持ち物は全て最高級品だ。それらに私の買える範囲の物は混ざれない。
でも、出来るだけ近くに置いてもらえる物がいいと彼の持ち物を観察し続けて遂に発見したのだ。彼が持ち歩いている本から覗く栞を。
これなら予算内で買えて、側に置いて貰えそうとワクワクしてここに来たのに。こっそり買って驚かせようと思っていたのに。
・・・でも、本人に好きなものを選んでもらう方がきっと使ってもらえる、かな。
私はお財布の入ったポシェットを両手で握りしめ、彼の目を真っ直ぐに見た。
「私はテオ様達のお陰で今、こうして痛い思いも苦しい思いもせずに生きていられるのです。ですから、私から感謝の気持ちとして受け取っていただきたいです。その、テオ様が普段使っているような良い物は買えませんけど・・・」
「僕の方こそ、フィーアが僕といてくれることに感謝してる。僕の持ち物はまあ、最上級品を持つのが務めみたいなもので、こだわりはないから君がプレゼントしてくれる物ならなんだって宝物だよ!」
私が彼にもらった物を大事にするように、彼も私が贈るものを宝物のように大事にしてくれるなんて、こんなに嬉しいことはない。
それから、二人で店の入口近くに並べられている栞を見に行った。
そこには多種多様な栞がずらりと並んでいて、私は圧倒された。以前、彼と来た時にちらっと見ただけだったので、こんなに種類があるとは知らなかったのだ。危なかった、一人では今日中に決められなかったに違いない。
冷や汗をかいて栞の群れを眺めている私の横で、テオ様は使いやすくて長持ちしそうだからと言って青い革製の物を選んだ。
それは綺麗な白い紐がついているけど無地で値段は私が予定していたより随分安かった。
「その栞でいいのですか? こちらの模様が入っている物とかも綺麗ですけど・・・」
「うん、これがいい。帰ってからフィーアにサインしてもらうから。それに、君のことだからフリッツ達にも何か買うつもりなんだろ?」
「はい。お二人ともハンカチがいいかなと思っているのですが、どうでしょうか?」
「それなら、近くにいい店があるから寄って行こう。僕は生まれた時からあの二人といて好みを知ってるから役に立つよ。で、それが終わったらあのパフェを食べに行こうね」
「はいっ!」
私は元気よく返事をしてから、彼の差し出した手に自分の手を重ねた。
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