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第一章 公爵夫人、拾った男に口説かれる。

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 「カールさん、体調はどう?」

 大きなノックと同時に扉をが開いて、女性が一人、勢いよく入ってきた。
 オレはベッドから身を起こしてその人を笑顔で出迎える。

「奥様、毎日ありがとうございます。おかげで随分元気になりました。」
「本当?良かった!もうすぐ、ミアが昼食を持って来るわ。それから、」

 おっと、それなら侍女が来ちまう前に、大急ぎで計画を進めないとな。
 オレは座っていたベッドから立ち上がって、素早く扉の前にいる女性の前に行くと、その華奢な身体を包み込むように壁に手をついた。
 ついでに少し開いていた扉を閉め、気づかれないよう鍵をかける。

 これで舞台は完成。

「道で行き倒れていた私を拾って看病してくださった、お美しく心優しき奥様、貴方の心に私の居場所をくださいませんか?」
「あら?」

 腕の中のその人は灰色の目を瞬かせて戸惑ったようにオレを見上げ、顔の両側についたオレの腕に交互に視線を遣って不思議そうな表情になった。
 それがふりだってことはわかっている。今まで会った女達は皆、この後嬉しそうな顔でオレに落ちたんだ。


 この女性は、五日前にこのお屋敷の門前で倒れていたオレを助けてくれた恩人だ。
 一文無しで空腹のあまり行き倒れていただけだったオレは、医者を呼んでもらい治療を受け、手厚く看護してもらうと、あっという間に回復した。 
 元気になったオレが一番に考えたのは、この幸運をどう活かすか、ということだった。


 自慢じゃないが、オレは濃い金の髪と澄んだ青い目を持ち、なおかつ顔と声がいい。
 おかげで男どもにはやっかまれていじめられたが、大きくなってからは金持ちの未亡人だの、愛がない結婚生活を送る貴族の夫人だのに可愛がられて、何不自由のない生活をしてきた。
 そんなオレが金持ちの未亡人同士のトラブルに巻き込まれて援助者を失い、逃げてきたこの場所で行き倒れたところを拾ってくれたのもまた、金を持っていそうなこの女性だった。

 助けてもらったお礼に旦那様にご挨拶をと言っても、いつも寂しそうな顔で今日もいないのと答え、着ているものは常に最上級の布地のドレスで、宝石のついたアクセサリーを普段使いし、屋敷内でも侍女を連れているなんてオレの次の援助者に最適じゃないか。

 ありがとう、神様!

 しかも、同じくらいの年齢で美人ときたら、もう文句のつけようがない。
オレが行き倒れたのはこの人に会うためだったんだと今なら言える!

「美しくて優しい女神のような貴方に救われて、ひと目で愛してしまったんです。旦那様はいつも不在で、お寂しいですよね。オレならそんな思いはさせません、この気持ちを受け入れてくれませんか?」
「ええっ?!いえ、それは・・・。」

 奥様が足踏みしながら挙動不審になっている。・・・今までにない反応だ。
夫と疎遠の貴族女性にしては遊び慣れていないらしい。
 確かに雰囲気も今まで見てきた女性たちとは違っていて、そこも良かったんだが、こんなに慣れてないとはちょっと困るかもしれない。
 だが、ここまできてやめるわけにもいかない。この人を逃したらオレはまた路頭に迷わねばならないんだ。

「貴方のそのなめらかな灰色の髪を解いたところがみたい・・・」

気合を入れてオレが一番魅力的に見える角度で、一番好まれる笑顔を浮かべ、目の前の女性の手をとって落とそうとしたその時、

ガンッ

という音とともにすぐ横の扉が吹っ飛び、気がついたらオレは壁を背にしていて、顔の横すれすれに煌めく刃が深く刺さっていた。

「よくも僕の妻に手を出したね?」

 恐ろしく冷え切ったその声は、俺の正面から発されていた。
 恐る恐るそちらを見ると、紺色の正装を身に纏い、淡い金の髪を一つに結んだ見たことない程に綺麗な顔の青年がオレを睨みつけていた。
 視線だけで人が殺せるのならオレは確実に今死んだ。

 そのお綺麗な顔の男の左腕には、さっきまでオレの腕に囲われていたはずの女性がしっかりと抱きしめられていた。

「あー!旦那様、扉壊しちゃったんですか?!合鍵持ってきたのに。」

雰囲気をぶち壊すにぎやかな声がして、ミアとかいう侍女が覗き込んできた。

「そんなの、待てるわけないだろ。一秒だって知らない男とエミィを二人きりになんてさせておけるものか。」
「リーン?!夕方に帰ってくるってさっき使者が来たとこよね、なんでいるの?!」
「君に早く会いたいからに決まってるだろ。なのにこんな男に口説かれてるなんて酷いよ。」
「ええっ、やっぱり口説かれてたの?そうかなと思ったけど、私にそんなことする人いないと思ってたから、なんだろうなって。」
「何言ってるの?!君はいろんな意味でモテるから自覚して!あの態勢は僕以外ダメだから、ああなる前に逃げて。エミィが口説かれていいのは僕だけ!分かった?」

 そこで何故か真っ赤になる奥様。なんなの、この状況。
 それよりなにより、この目の前のキラキラした青年が、
「旦那様?若いですね。奥様との年の差が大きそう・・・。」
思わずぽろりとオレの口から出た台詞を聞いた旦那様以外の人間が、一斉に青ざめた。

 え、なにか悪いこと言った?だってどう見ても旦那様は十代後半だし、奥様はオレと同じ二十代後半だよな?十歳近く開いてない?

「お前、本当に死にたいらしいね?」

 笑顔になった旦那様が、すっとオレの顔の横に刺さっていた剣を抜いて、そのまま顔の前に突き出した。
 え、ちょっと待って?この人、いま豆腐から抜くように剣を壁から抜いたけど、それって相当力いるよね?
その剣、かなりの業物で完璧に実用品だよね?お貴族様が身につける装飾過多なお飾り品とは違うよね?
そして、笑顔だけど目が笑ってなくてオーラがとてつもなくヤバイ感じなんだけど、一体何者なの?!

「あの、本当にすみません。でも、奥様にはまだ手は出してないんで・・・。さっきの発言もお気に触ったなら謝りますので、殺すのだけはご勘弁願えないかと・・・。」

 オレは権力に阿って生きてきたので、すぐさま両手を上げて降参のポーズをとり、生き延びる方を選んだ。
オレよりどれだけ若かろうと、とりあえず権力者には逆らわない。その上この人は間違いなく相当身分がある。上に立つ者特有の気配がするから。
 目の前の刀身はピタリとオレに狙いを定めたまま一切ぶれない。絶対軍の上層部にいるだろ、この人。

「あの、カールさん、私と彼は一歳しか違わないの。」

 黙ったまま睨みつけるだけの旦那様に代わって、彼の腕の中から重苦しい声で奥様が教えてくれたその事実にオレは驚愕した。

「嘘でしょ、奥様。貴方一体、今いくつです?!」
「勝手に僕の妻と話さないでくれる?」

 ザクッ。
 今度はさっきと逆の位置に剣が刺さった。あ、ちょっと耳が切れた。痛い、絶対にわざとだろ。

「エミィも。僕の留守中に男を連れ込んで、密室で二人になっちゃだめじゃないか。」

 消毒、と言いながら奥様の唇にキスをし、さっきオレが触れた指先にも唇を押し当てながら奥様に注意するその声は、オレに対する時と違ってものすごく甘い。
 そして言ってる内容と込められた感情が全然釣り合ってない。注意しているはずなのに、愛を囁いているようにしか聞こえないんだが。
 あれだろ、この旦那様、実は自分の妻が浮気するなんて全く思ってないだろ。

「連れ込んでなんかないわよ!行き倒れてたから、助けたの!知らない人だから屋敷内じゃなくて騎士団の宿舎にしたし。」

 奥様はムッとしたように旦那様に反論している。ああ、旦那様と話していると確かに随分と若く見えるわ。

「それに、密室じゃないわ!私、ちゃんと扉を開けておいたもの。用心してます!・・・え、開いてなかった?風で閉まっちゃったのかしら?」

 心底不思議そうな声の奥様に、オレの方が脱力した。ちっとも用心してねえよ。少しはオレを疑え。
しかし、屋敷とは別に騎士団の宿舎があるってここは本当にどこだ?
 自分がヤバイものに手を出した気がしてきて、二人の様子をうかがうと、旦那様は奥様を愛しそうに見ながらも、しっかり釘を刺していた。

「風で鍵までは掛からないよね?いつも言っているけど、世の中は悪い男ばっかりなんだから扉を開けておいても部屋に二人きりはだめだよ?」
「鍵までかかってたの?ごめんなさい、次から気をつけるわ。・・・え、じゃあ、カールさんが鍵を閉めたの?どうして?」

 くるっとこちらを向いて尋ねてきた奥様にオレは慄いた。
何故直接オレに聞く?!貴方を落とすためです、なんて答えたらオレは貴方の夫に殺されると思うんですけど!ほら、もう視線だけで死にそう!どうにか誤魔化さねば。

「鍵、閉まってました?不思議ですね!手が当たったのかもしれませんね?オレはね、奥様が毎日寂しそうな声で旦那様はいないとおっしゃるものですから、勝手に旦那様との関係がよろしくないのかと勘違いして、お話相手にでもなれればと思っただけなんです。まさか、こんなに仲がよろしいとは。オレ、いらないですね。」

 最後は嫌味入りだ。本当に、最初から知っていれば手は出さなかったのに。
 そうか、奥様のドレスの色が青系統ばっかりだったのはオレの目の色じゃなくて、旦那様の薄青の目の色に合わせてたわけね。まんまと騙されたわ。
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