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第二章 公爵夫人、メイド体験をする。

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 ※ほぼエミーリア視点
 
 
 「ウータ!あれ、あれ!向かいの王太子補佐様の執務室で、ミリーらしきメイドが窓を拭いているわ!」
 「うそ?!帰ってこないと思ったらそんなところに?あの部屋の掃除は終わってるはずよね?何かあったのかしら。」
 「そうよねえ、あの子、窓拭きしかできなさそうなんだけど、大丈夫かしら。誰か応援に行ったほうが良くない?」
 「でも、王太子補佐様、呼ばれてない時に行くと不機嫌になるわよね。」
 「そして、基本呼ばれないし。あの子、どうしちゃったの?」
 「あ、ヤバイ!ミリーがあの鉢植えに水をやろうとしてる!」
 「やだっ!それはまずいわ!あの植木鉢の世話は王太子補佐様が、自分でやるから誰も触るなって厳命されてるやつでしょ?!」
 「奥様からのプレゼントらしいわよ?」
 「うわあ、ミリー怒られるわね・・・あれ?王太子補佐様がミリーの後ろにいるっていうか、密着してない?あの距離感おかしくない?」
 「・・・ていうか、私、あんな顔の王太子補佐様を見たことがないんだけど・・・?」
 「んんん?」
 
 ■■
 
 「じゃあ、次はこの本を本棚に戻してくれる?」
 
 窓拭きと水やりが終わって、さあ逃げるぞ、と扉に突撃しようとした私を、リーンが腕を引いて物理的に引き止めた。
 え、まだやることあるの?側近のヘンリックは何をしているの?
 疑問が顔に出ていたらしく、彼が少し困ったように微笑んで言う。
 
 「ヘンリックは所用でいないんだ。だから困ってて。手伝ってくれるよね?」
 
 有無を言わさぬ笑顔で押し切られた。まあ、今の私はメイドだし、逆らえないわよね。
 私は大人しく本を受け取り、本棚の前へ移動する。
 背表紙を見ながら元の場所を探して片付けていくが、窓拭きの時と違ってこの作業には集中できなかった。
 さっきからこう、胸の辺りがもやもやしているのが原因だ。なんだろう、リーンがメイド姿の私に構えば構うほど、不快な気持ちが募ってくるのだ。私、どうしちゃったんだろう。
 
 「わっ!」
 
 そんなことに気を取られていたせいで、最後の本の入れ方が甘く、本が落ちてきた。
 当たるっと思わず手で頭をかばったけれど、衝撃は来なかった。
 恐る恐る目を開けるとリーンが後ろにいて落ちた本を受け止め、すとん、と元の位置にきちんと片付けてくれた。
 
 「あ、ありがとうございます。」
 「気をつけて。上の空でやってたら危ないよね?」
 
 正面に向き直ってお礼を言うと、いつもより怖い顔をした彼に怒られた。これが普段の王太子補佐の顔なのかしら?
 
 「さっきからだんだん表情が固くなってきているけど、大丈夫?」
 
 続けて彼が心配そうに尋ねてきた。
 えっ?!リーンは横で働いているメイドのそんなに細かい顔色までチェックしているの?それでもってこんなに近くで話すの?
 
 分かった。私、イライラしてるんだわ。
 私の知らないところで夫が、他の女性とこんなふうに近い距離で接してることが分かって、苛ついているんだ。
 あれね、これが嫉妬というやつね。
 ええ、私、自分が変装しているメイドに嫉妬してます。
 しかも、現在、このメイドはリーンに口説かれてるのよね?だって、この態勢は以前カールが私を口説こうとしていた時と一緒だもの。私の両横に彼の腕があって、顔が近い。
 これ、壁ドンっていうんだとあの後、ミアが教えてくれた。
 ・・・今は後ろが本棚だから、正確には本棚ドン?
 
 「もしかして怒ってる?」
 
 不安を滲ませてリーンがさらに聞いてきた。ええ、これはもはや嫉妬じゃなくて怒ってるわね!
 私、他の女性を口説こうとしている貴方に怒ってますよ!
 
 浮気をしているというのに、全く罪悪感のかけらも見えない彼の様子に、私は怒りが頂点に達してキッと真っ直ぐに彼の目を睨みつけた。
 
 「貴方、今私を口説いてますか?!」
 「え、いや、態勢的にはそうかもね?」
 
 リーンは私の勢いに驚いて両手を小さくあげた。
 
 「ご結婚なさってるのに?!」
 
 畳み掛けるように詰問した私を彼はぽかんと見返して、それから、吹き出した。
 ナニその反応!わかってることを聞くなってこと?!
 もーっ!と地団駄を踏みそうになっている私を見て、彼はにやっと笑った。
 
 「そうだね、僕にはとても大事にしている妻がいるよ?」
 「ならなんで・・・!」
 
 私を口説くのよ!と言いかけた私の目を覗きこんだ彼が、
 「僕の愛する妻は君だよね?エミィ。」
と言って私の肩に額をあてて爆笑し始めた。

 「あはははっ!これだけされて僕が君だと気がついてないと思ってたの?」
 「え、ええ?!・・・いつからバレてたの?」
 「向こうの棟の窓を拭いてた時から?」
 「さ、最初からじゃない!」
 「そりゃそうだよ。髪の色を変えて眼鏡を掛けたくらいで誤魔化せると思ったの?僕をみくびらないでよ。」
 
 そう言って彼は私をぎゅっと抱きしめてきた。
 
 「学生時代、窓ガラス越しに毎日君を探してたんだもの。どんな姿でも見つけられるよ。」
 
 私は言葉に詰まった。あの頃、私だって毎日彼を目で追っていた。
 今、こうやって一緒にいられることは奇跡だということを忘れてはいけない。
 
 「勝手に浮気だと勘違いして、怒ってごめんなさい。」
 
 素直にそう告げると、リーンが腕にさらに力を込めてきた。ちょっと、苦しいかも。
 
 「僕が浮気したと思って怒ってくれたのが嬉しい。僕のこと、それくらい好きでいてくれてるんだね。」
 「当たり前じゃない。貴方が他の女性とあんなに近い距離で話して、口説いているかと思ったら、とても、もやもやしたわ。」
 「ああもう、僕の奥さんがかわいい・・・!」
 「リーン!苦しい!」
 「あ、ごめん。」
 
 慌てて解放してくれたけれど、彼の顔は笑ったままだ。
 
 「焼きもちを焼いてもらえるなんて思わなかったから、嬉しくて仕方ないよ。エミィに本気で怒られたのは初めてかも。怖かったけどこれからはもっと怒っていいよ?」
 「何で?!」
 
 怒ったことで彼に怖かったと言われたのがショックで私は青ざめ、次の台詞で混乱した。
 怖かったのにもっと怒っていいってどういうこと?!
 
 「だって君、いつも可愛らしい文句を言うくらいで、ここまで本気で怒らないじゃない?我慢してるんじゃないかなって気になってたんだ。」
 「それは・・・貴方をはじめ、皆が良くしてくれるから別にそこまで怒るところがないだけで。」
 「それならいいんだけど、君は本当に怒りたいことは溜め込む気がするからな。我慢しすぎるのは良くないからこまめに怒ったほうがいいよ。」
 「私は結構怒ってる気がするんだけど。」
 「あれは僕にとっては、かわいいの範囲だよ。でも、今日のはちょっと怖かった。」
 
 そう言いながら彼は先程勘違いで怒った私を思い出したらしく、楽しそうに笑っている。
 私の全力の怒りで笑うってどうなの?むっとして彼を睨んだら、その笑顔のまま引き寄せられて囁かれた。
 
 「じゃあ、キスしていい?」
 「えっ?なんで?」
 「いつもと違う君もかわいくてかわいくてずっとしたかったんだ。我慢は良くないって言ったよね?」
 
 返事をする前に口を塞がれる。
 変装した私と執務室でこんなことしてるのを誰かに見られたら大変だ。
 私は思いっきり、力を入れて突っぱねようとするが、リーンはびくともしない。
 彼を拳でどんどんと叩いてようやく口が自由になった。
 
 「だめよ、誰かが入ってきたらどうするの!」
 「んー、鍵がかかっているから、誰も入って来れないよ?」
 「鍵?!」
 「君は本当にもう少し、用心しようね?これが僕じゃなかったらどうなってると思う?隣の部屋に仮眠用のベッドがあるんだよ?」
 「えっと、それは、どういう・・・。」
 「せっかくだから体験してみる?」
 
 私はぶんぶんと頭を振って拒否した。
 それ、多分絶対体験しちゃいけないやつだ!
 だってリーンが相当意地の悪い笑みを浮かべてる。
 
 「そう?残念だなあ。じゃ、鍵がかかってるから見られる心配もなくなったことだし、続き、しよっか。」
 「続き?!・・・待っ」つわけないだろ。」
 
 残りの言葉はリーンに全部食べられてしまった。
 
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