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第二章 公爵夫人、メイド体験をする。

2−7終

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 ※エミーリア視点

 
 「リーン、離してってば!」
 
 リリー達と別れてからも、リーンは私の腰に手をまわしたままの格好でどんどん歩いていく。私ほとんど浮いてるんだけど?
 声を掛けても無言。一体、どうしたっていうの?
 
 そのまま彼のペースでひきずられていったら、あっという間に公園に着いた。
 
 私が恋文を渡す場所に決めていた花壇を通り過ぎ、もっと奥の人があまり来ない背の高い木の陰でやっと止まった。
 どうしたの?と聞く暇もなく、ぎゅうぎゅうと力いっぱい抱きしめられる。
  
 「エミィ、何で君はあんなにかわいい顔を無防備に晒すの?!危ないでしょ?」
 
 全く身に覚えのないことを注意された私は困惑した。
 かわいい顔とやらをした覚えは全くない。
 しかもそれは、彼の主観であって、他の人はそう思ってないだろうに。
 彼の思い違いを正すべく、私はまず目の前の頭を撫でた。
 
 「リーン、落ち着いて。私はそんな顔はしていないし、たとえしていたとしても他の人はそう思ってないから危なくないわ。」
 
 彼の頭を優しく撫でていい聞かせる。
 いつもならこれで収まるのに、今日は何故か腕の力が緩まない。
 ・・・どうしたものか。
 
 「エミィは自己評価が低過ぎる。何度も言うけど君は美人で、公爵夫人なんだよ。男女問わず下心満載で人が近寄って来るんだから、更にそれを増やすようなことをしないで。僕は、心配で心配で君の側を離れられないじゃないか。」
 
 うーん、これは今までも散々言われてきた。美人云々は、彼の大いなる主観によるものだから無視しているけど。
 私だって公爵夫人としての立場を利用されないように、夜会でもお茶会でも声をかけてくる人には気をつけている。
 
 でも今日の件は、例え私が無意識に、か、かわいい顔をしたからといって、下心を持って近づいてくる人が増えるとは思わない。
 彼の不安は一体どこから来ているのか。
 
 「リーン、本当に大丈夫よ。私の表情くらいで何か起こるなんてことは絶対ないから。」
 
 今度は彼の背中を撫でる。
 彼はがっくりと頭を私の肩に乗せて唸った。
 
 「エミィが、自分の可愛さを全然、わかってくれない・・・。」
 
 そんなものわかんないわよ。周りには私なんかより、ずっとずっと美人でかわいい人しかいないのですもの。
 
 ・・・でも、リーンにはずっと私を好きでいて欲しい。
 
 私は彼の腕の中で身動きすると、鞄から大事に持ってきた恋文を取り出した。
 全く想定していなかった状況ではあるけれど、もう今渡そう。
 私は勝手に落ち込んでいる彼の顔にそれを押し付けた。
 
 「何?・・・ええっ、今くれるの?!待って、心の準備が!」
 「恋文とは突然渡されるものなのよ!貴方のために書いたんだから、受け取って!」
 「エミィ・・・果し状を渡されている気分だよ・・・。」
 
 なんだか悲哀を漂わせながら恋文を受け取った彼は、しばらく手の中の封筒を眺めてから顔を緩ませた。
 
 「ありがとう。すごく、嬉しい。・・・直ぐに読むのが勿体ない気がする。しばらく大事に飾って置こうかなあ。」
 「恥ずかし過ぎるから、それは止めて?!」
 
 宝物を拾った子供のように封筒の表を見、裏を見、透かして見、していた彼がふと私の方を見た。
 
 「何?」
 「そういえば、さっきフィリップ達と話してた時、最後のほうに何を考えてたの?」
 
 彼と同じ方向に私も小首を傾げて、思い出す。
 
 「確かあの時は、リーンもフィリップみたいに喜んでくれたらいいなって思ってたわ。」
 「そうか、僕のことを考えていたのか・・・。」
 
 薄青の目を見開いた彼が、みるみるうちに真っ赤になり、片手で顔を覆う。
 なんでそこで赤くなるの?と考えて、はたと気づく。
 まさか、私はリーンのことを考えていて、彼のいう『かわいい顔』とやらをしていたということ?!
 私は恥ずかし過ぎてその場に蹲り、両手で顔を覆った。もう、顔が熱くてたまらない。
 
 「とりあえず、どこかに座って落ち着こうか。」
 
 その言葉が聞こえたと思ったら、私の足が地面から離れて彼に抱き上げられていた。
 今この時にこの態勢は辛い!
 羞恥が限界に達して思考停止した私は、抱き上げられた時のクセでつい、彼の首にしがみついて赤い顔を隠すという更に恥ずかしい態勢をとってしまった。
 
 
 「もうダメ、私はなんてところを見られてしまったの。」
 
 花壇横のベンチに降ろされた私は、今度は違う恥ずかしさで顔を覆って落ち込んでいた。
 ここは街の人々の憩いの場なので、それなりに人目がある。
 そんな場所であんな行動を!
 もう街を歩けない。
 
 「エミィそう落ち込まないで。きっと誰も気にしてないよ。」
 
 だって皆、慣れてるし。と続いたリーンの台詞に私は更に落ち込んだ。
 そういえば、結婚直後からそんなだった・・・。
 
 「大丈夫、大丈夫。君は街の人達に愛されているから。こまめに街を歩いて、困ったことは無いか、危ない所はないか、見て回ってる領主夫人なんて、なかなかいないよ?」
 
 「それは屋敷とこの街が隣接していて、私が街を歩くのが好きだからよ。でも頻繁には来れないし、港や市場までは中々行けないからどうしても全ては見きれないわ。」
 
 「そりゃ、一人で何もかもは出来ないよ。僕達はいろんな人に助けてもらってこうやっているのだもの。だから君は今のままでいいんだよ。」
 
 そう言ってリーンは頭を撫でてくれる。撫でられたところがほんのり温かい。
 ああ、幸せだなーと彼の隣でうっとりと目を閉じて陽にあたっていたら、かさかさと紙の音がした。
 何かな、と彼の手元を見た私は飛び上がった。
 
 「リーン!今読むの?!」
 「うん。だってわざわざ君からデートに誘って外で渡したということは、屋敷で読まれたくなかったからかなーと思って。」
 
 それは、図星なんだけど、目の前で読まれるのも落ち着かない。私は一体どうして欲しかったの?!
 私の思考が迷宮入りしている間に、リーンはさくさく封を開けて便箋を開く。
 
 「えっ、一枚・・・・・・」
 
 驚きの呟きを漏らしたっきり、私からの恋文を読んだ彼が黙り込んでいる。
 え、どうしよう。期待を裏切ってしまったかしら。やっぱり割愛せずに好きな所とか全部書いて、便箋百枚くらいの超大作にすればよかった?でもそれだと持ち運ぶのが大変だし・・・。
 
 そろっと隣の彼の顔を見た私は固まった。
 彼は、便箋を凝視したまま、見たことがないくらい真っ赤になっていた。
 
 「この手紙、家宝にしたい・・・!」
 「絶対にしないで!」
 
 とんでもないことを真剣に言う彼を止める。
 
 「じゃあ僕の一生の宝物にする。ありがとう、エミィ。」
 
 幸せそうな笑顔でそう言われて、悩んで書いたかいがあったな、と私も嬉しくなった。
 
 そういえば、ミア達の予想は外れたわね。
 何か賭けておけばよかったかも?
 
 
 そして、その夜。
 リーンは数年ぶりに熱を出して三日間寝込んだ。
 
 原因を聞いたヘンリックは呆れるし、ミアとカールは面白がって恋文の内容を聞きたがるし、他の使用人達も興味津々で中を見る機会を伺っているようだった。
 
 だが、リーンはその恋文を肌身離さず持ち歩いたため、誰にも見られることはなかった。
 
 
 『リーンへ。幸せにしてくれてありがとう。毎日貴方への好きが増えていきます。これからも貴方の隣にいたいです。』
 
 
 
 その後、あの花壇横のベンチは一部始終を見ていた街の人達によって、恋文を渡して告白すれば恋愛成就する場所に認定されたらしい。
 
 効果について責任は持ちませんからね!




■■■
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
続きの第三章はまだ書き終わっておりませんので、もうしばらくお待ちください。
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