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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
人材確保、先手必勝。
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しん、と部屋が静まり返った。
「皇帝の、息子…って事は、皇子という事か!?」
信じられない…と続けるカレル兄。「じゃあ命を狙ってきているのは家族って事だよな。それも星の研究結果を伝えただけでか」
スレイマンは強張った顔で頷いた。
成る程、と思う。
イドゥリースは天文というか、占星術が専門なのか。それを研究していて、未来に訪れる不吉な配置を発見してしまい、それを伝えた所、父親の皇帝や兄弟皇子達からほら吹きだとか世間を乱す不穏分子として見做されて国を追われた、と。
しかし。
「あの、ちょっと良いかしら。『良くない事』って、具体的には?」
何とも漠然とした言い方である。首を傾げて訊ねると、スレイマンは口を開いた。
「はい、大きな良くない事は、災い。大きな地揺れと大波が来る、山が火を噴く。アヤスラニ帝国が危ない、と」
「何と!」
エヴァン修道士が驚嘆の声を上げると、皆の視線が一斉に私に突き刺さった。
「――『来るべき災厄』、ですね」
サリューン枢機卿の静かな言葉。私は「ええ」と頷いて、彼らと目を合わせる。
「……スレイマン様、そしてイドゥリース様。私はイドゥリース様の仰った事と同じことが起こると考えています。良くない事、災いが起こるのだと」
地震が増えているというニュース。ナヴィガポールで実際に地震と津波は起こった。前世でも占星術に長けた人間が災害が起こる事を当てていた事例を聞いた事がある。星占いだからと言って一概に迷信だと馬鹿に出来ない。
「えっ、本当デスか?」
スレイマンがイドゥリースの方を向いて何事かを言うと、イドゥリースはこちらに驚きの目を向けた。目は口程に物を言うというか、信じてくれるのかとどこか縋るような感情が伝わって来る。
私は安心させるようににこりと微笑んで頷いた。そして周囲を見渡す。
「私は『来るべき災厄』を乗り切るために、イドゥリース様の協力が必要だと考えています。ある程度災厄が起こる時期を特定出来れば、と。
こうして偶然に邂逅したのは神の思し召しでしょう。だから亡命を受け入れる事に賛成です。皆様はどう思われますか?」
「あ……しかし彼らは異教徒で」
逡巡するエヴァン修道士。
――何だ、そんな事。
というか、私は何を置いてもイドゥリースの占星術の技術が欲しい。それがあれば何か起こるとしても事前に対策が取れるし、安心安全なニート生活の実現にきっと役に立つ筈だ!
私は努めて悲し気な笑みを浮かべながら首を横に振った。
「絶対なる神の御前にはそのような事はくっそどうでも良い些末事ですわ。エヴァン修道士、私が以前、大樹の例を出して言ったことを忘れたのですか? 全ての根は、一つなのです」
「くっそ……!? いえ、そうでしたね。申し訳ありません」
ぽろりと出た素の言葉に、顔を引き攣らせながらも空気を読んだエヴァン修道士。視界の端に、カレル兄が頭に手をやっていた。ククク、ツッコミ役の父サイモンはここには居ないのだよ。一番偉い聖女たる私の独壇場、やりたい放題である。しかし今度はサリューン枢機卿が口を挟んできた。
「マリー様! やはりお考え直しを。異教徒以前に他国の皇族ですよ? 厄介な事になりかねません!」
「まあ枢機卿。皇族と言っても皇太子ではないのでしょう? 十三番目の皇子様で国を追われ、命を狙われている身。
厄介とは言っても、ガリア王国とは違い、トラス王国とアヤスラニ帝国は国境を接していないのだし。国同士の関係や権力云々はあまり気にしないで宜しいのではないかしら?」
小首を傾げてにこやかに言うと、カレル兄が慌て出した。
「ちょっ、待て待てマリー! 亡命させるとして、どこが受け入れるんだ?」
「それは勿論、キャンディ伯爵家かルフナー子爵家よ」
それが何か問題でも?
しれっと言い切ると、やっぱり、と頭を抱えている。
というか、囲い込むんだから当たり前じゃん。他の貴族の家にも渡したくないし。
グレイがおずおずと切り出した。
「マリー、スレイマンは僕の親友だし、二人共うちが引き受けるのが妥当だと思う」
「あっ、グレイ。私は危なく無くなったら国へ帰れると思いマス」
「だけど君が手引きして逃がしたってバレていたら? 暫くは戻れないと思うけど」
「……」
グレイのツッコミにスレイマンはしょんぼりと俯いた。
「まあまあ、スレイマン様。亡命とは言ってもイドゥリース様お一人じゃ心細いんじゃないかしら。少なくとも落ち着くまでは貴方も一緒にトラス王国へいらしたら良いと思うわ。
そうそう、グレイ。思いついたんだけれど、彼らの後ろ盾を父にお願いすれば良いんじゃないかしら。
イドゥリース様の力を借りたいのは私だもの。教会に後ろ盾になって貰うのは色々問題がありそうだし。ね?」
イドゥリースには出来るだけ首輪を付――いや、恩を売っておきたい。私がグイグイ捻じ込むと、カレル兄が渋面になった。
「……お前なぁ。そう勝手に」
「カレル様、ちょっと」
グレイがカレル兄の耳に口を寄せ、ボソボソと何事かを囁いた。カレル兄の眼差しが父譲りの鋭い物に変わる。
「ほう、成る程……それなら。手紙は責任持って俺が書こう」
「ありがとうございます。もし駄目なら当初の予定通りになるだけですから」
良く分からないけれど、話がまとまったらしい。
「じゃあ決まりね!」
未来予測能力ゲットだぜ! 聖女の権力を振りかざしてでも誰にも否やは言わさん!
手をパチリと合わせて喜んでいると、スレイマンがあの、と声を上げた。
「マリアージュ様、イドゥリースが『自分に何をさせたいのか』と訊いてマス」
「ああ、そうね。占星術で予測して欲しいのです。災いが何時、出来れば、何処で起こるのかを」
ただ、何処で、というのはなかなか難しいかも知れない。確か、占星術って緯度によっては星の配置等も微妙に変わって来るとか何とか。イドゥリースがそれも考慮した上で星読みが出来れば御の字だが、多くは求めまい。
私の要請をスレイマンが翻訳すると、イドゥリースがこちらを真剣な表情で真っ直ぐ見詰め、短い言葉を発して頷いた。
「『ワカリマシタ』と言ってマス。その代わり、彼の道具が必要になりマス。世界の地図と天球図、計算の道具や筆記本等デス。国を出る時、ヒラール商会に全て預けて来マシタ。ヒラール商会に運ばれて来る筈デス」
「じゃあ持って来させよう。トリスタン」
「はい、かしこまりました。すぐにでも使いを出しましょう。スレイマン様、一筆頂けますでしょうか」
こうして、私達は亡命希望のアヤスラニ帝国人二人と行動を共にする事になったのだった。
「皇帝の、息子…って事は、皇子という事か!?」
信じられない…と続けるカレル兄。「じゃあ命を狙ってきているのは家族って事だよな。それも星の研究結果を伝えただけでか」
スレイマンは強張った顔で頷いた。
成る程、と思う。
イドゥリースは天文というか、占星術が専門なのか。それを研究していて、未来に訪れる不吉な配置を発見してしまい、それを伝えた所、父親の皇帝や兄弟皇子達からほら吹きだとか世間を乱す不穏分子として見做されて国を追われた、と。
しかし。
「あの、ちょっと良いかしら。『良くない事』って、具体的には?」
何とも漠然とした言い方である。首を傾げて訊ねると、スレイマンは口を開いた。
「はい、大きな良くない事は、災い。大きな地揺れと大波が来る、山が火を噴く。アヤスラニ帝国が危ない、と」
「何と!」
エヴァン修道士が驚嘆の声を上げると、皆の視線が一斉に私に突き刺さった。
「――『来るべき災厄』、ですね」
サリューン枢機卿の静かな言葉。私は「ええ」と頷いて、彼らと目を合わせる。
「……スレイマン様、そしてイドゥリース様。私はイドゥリース様の仰った事と同じことが起こると考えています。良くない事、災いが起こるのだと」
地震が増えているというニュース。ナヴィガポールで実際に地震と津波は起こった。前世でも占星術に長けた人間が災害が起こる事を当てていた事例を聞いた事がある。星占いだからと言って一概に迷信だと馬鹿に出来ない。
「えっ、本当デスか?」
スレイマンがイドゥリースの方を向いて何事かを言うと、イドゥリースはこちらに驚きの目を向けた。目は口程に物を言うというか、信じてくれるのかとどこか縋るような感情が伝わって来る。
私は安心させるようににこりと微笑んで頷いた。そして周囲を見渡す。
「私は『来るべき災厄』を乗り切るために、イドゥリース様の協力が必要だと考えています。ある程度災厄が起こる時期を特定出来れば、と。
こうして偶然に邂逅したのは神の思し召しでしょう。だから亡命を受け入れる事に賛成です。皆様はどう思われますか?」
「あ……しかし彼らは異教徒で」
逡巡するエヴァン修道士。
――何だ、そんな事。
というか、私は何を置いてもイドゥリースの占星術の技術が欲しい。それがあれば何か起こるとしても事前に対策が取れるし、安心安全なニート生活の実現にきっと役に立つ筈だ!
私は努めて悲し気な笑みを浮かべながら首を横に振った。
「絶対なる神の御前にはそのような事はくっそどうでも良い些末事ですわ。エヴァン修道士、私が以前、大樹の例を出して言ったことを忘れたのですか? 全ての根は、一つなのです」
「くっそ……!? いえ、そうでしたね。申し訳ありません」
ぽろりと出た素の言葉に、顔を引き攣らせながらも空気を読んだエヴァン修道士。視界の端に、カレル兄が頭に手をやっていた。ククク、ツッコミ役の父サイモンはここには居ないのだよ。一番偉い聖女たる私の独壇場、やりたい放題である。しかし今度はサリューン枢機卿が口を挟んできた。
「マリー様! やはりお考え直しを。異教徒以前に他国の皇族ですよ? 厄介な事になりかねません!」
「まあ枢機卿。皇族と言っても皇太子ではないのでしょう? 十三番目の皇子様で国を追われ、命を狙われている身。
厄介とは言っても、ガリア王国とは違い、トラス王国とアヤスラニ帝国は国境を接していないのだし。国同士の関係や権力云々はあまり気にしないで宜しいのではないかしら?」
小首を傾げてにこやかに言うと、カレル兄が慌て出した。
「ちょっ、待て待てマリー! 亡命させるとして、どこが受け入れるんだ?」
「それは勿論、キャンディ伯爵家かルフナー子爵家よ」
それが何か問題でも?
しれっと言い切ると、やっぱり、と頭を抱えている。
というか、囲い込むんだから当たり前じゃん。他の貴族の家にも渡したくないし。
グレイがおずおずと切り出した。
「マリー、スレイマンは僕の親友だし、二人共うちが引き受けるのが妥当だと思う」
「あっ、グレイ。私は危なく無くなったら国へ帰れると思いマス」
「だけど君が手引きして逃がしたってバレていたら? 暫くは戻れないと思うけど」
「……」
グレイのツッコミにスレイマンはしょんぼりと俯いた。
「まあまあ、スレイマン様。亡命とは言ってもイドゥリース様お一人じゃ心細いんじゃないかしら。少なくとも落ち着くまでは貴方も一緒にトラス王国へいらしたら良いと思うわ。
そうそう、グレイ。思いついたんだけれど、彼らの後ろ盾を父にお願いすれば良いんじゃないかしら。
イドゥリース様の力を借りたいのは私だもの。教会に後ろ盾になって貰うのは色々問題がありそうだし。ね?」
イドゥリースには出来るだけ首輪を付――いや、恩を売っておきたい。私がグイグイ捻じ込むと、カレル兄が渋面になった。
「……お前なぁ。そう勝手に」
「カレル様、ちょっと」
グレイがカレル兄の耳に口を寄せ、ボソボソと何事かを囁いた。カレル兄の眼差しが父譲りの鋭い物に変わる。
「ほう、成る程……それなら。手紙は責任持って俺が書こう」
「ありがとうございます。もし駄目なら当初の予定通りになるだけですから」
良く分からないけれど、話がまとまったらしい。
「じゃあ決まりね!」
未来予測能力ゲットだぜ! 聖女の権力を振りかざしてでも誰にも否やは言わさん!
手をパチリと合わせて喜んでいると、スレイマンがあの、と声を上げた。
「マリアージュ様、イドゥリースが『自分に何をさせたいのか』と訊いてマス」
「ああ、そうね。占星術で予測して欲しいのです。災いが何時、出来れば、何処で起こるのかを」
ただ、何処で、というのはなかなか難しいかも知れない。確か、占星術って緯度によっては星の配置等も微妙に変わって来るとか何とか。イドゥリースがそれも考慮した上で星読みが出来れば御の字だが、多くは求めまい。
私の要請をスレイマンが翻訳すると、イドゥリースがこちらを真剣な表情で真っ直ぐ見詰め、短い言葉を発して頷いた。
「『ワカリマシタ』と言ってマス。その代わり、彼の道具が必要になりマス。世界の地図と天球図、計算の道具や筆記本等デス。国を出る時、ヒラール商会に全て預けて来マシタ。ヒラール商会に運ばれて来る筈デス」
「じゃあ持って来させよう。トリスタン」
「はい、かしこまりました。すぐにでも使いを出しましょう。スレイマン様、一筆頂けますでしょうか」
こうして、私達は亡命希望のアヤスラニ帝国人二人と行動を共にする事になったのだった。
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