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13.ツキに賭ける

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 「それから、君に会うために通い続けた。他の君狙いの奴らの話を盗み聞いて、情報を集めた。遠い国から飛ばされてきた良家の娘だと。俺にも転移魔法について訊いた事があったな。俺が行く度、君は何時でも嫌悪の無い同じ綺麗な笑顔をくれる。膨らみ続ける希望と想い。もう、耐えきれなくなった」

 言って、カイルさんは縋るように私をきつく抱きしめる。
 彼の背中に腕を回してなだめるように優しく撫でると、少し緩まった。

 「でも、リィナ。君は俺の思った通りの人だった。外見で人を判断しない。俺みたいな男にも優しくしてくれた」

 耳元に降ってきた言葉に体が一瞬強張こわばった。
 彼は大きな思い違いをした上に、矛盾を抱えている。

 このまま彼の言葉のままに受け入れて、何も見ないフリをして関係を続けたとしても――いつかは破綻する。
 カイルさんの肩越しに見える月が雲に覆い隠されるのが見えた時、私はカイルさんに嫌われる覚悟を決めた。

 これは、賭けだ。

 よしんば私が振られる形になったとしても、今後彼が楽な気持ちで生きられるならそれでいい。
 大きく深呼吸をして心を落ち着かせると、私は打って出た。

 「――カイルさん。私が、ある程度は外見であなたを判断していたと言ったら、軽蔑しますか?」

 自分から出た声は、思ったより冷たく響いた。
 カイルさんが私をゆっくりと離す。その表情が、眼差しが、私の言葉を理解したくないと物語っていた。

 「リィナ……?まさか君まで」

 「私ね、故郷ではお世辞にも美しいとは言われずに育ったんです。男の人からはあからさまに他の女の子と差を付けられ、からかわれ、酷い時には人間扱いすらされなかった」

 皆まで言わせず被せるようにして言った私に、彼は困惑したのか眉を顰めて額に掌を当てた。

 「どういう事だ……? リィナは綺麗じゃないか。それに、故郷って……」

 「私の故郷では、カイルさんみたいな人が美しいとされるんですよ。反対に、昼間のオークの人は醜い化け物と思われるでしょうね。美の基準が、この国とはまるで逆なんです。カイルさんがもしハッガイさんみたいな外見だったら、即お断りしてました。そんな私を軽蔑しますか、カイルさん」

 淡々と言葉を紡いでいく。いよいよ混乱したのだろう、カイルさんは頭を振った。
 正気に戻れとでも言うように私の肩を掴む。

 「一体何を言ってるんだ。君の目に俺がかっこ良く見えているとでも言うのか? それでも君は他の女とは違うじゃないか!」

 「残念ですが同じです。皆、多かれ少なかれ外見で人を判断しているんですよ。もし、私が痩せていて醜かったら、貴方は告白してくれましたか?」

 矛盾を突きつけると、カイルさんはぐっと押し黙った。
 それが答えだ。

 「そうなんです。カイルさんも、わざわざ自分と同じような境遇の女性を探して恋をしようとは思わないんですよね。その人の心がいかに綺麗でも、どんな長所があっても、生理的に受け付けないんでしょう。
 私の外見って、この国では好ましいものとされるんですよね? だったら貴方もまた外見で多かれ少なかれ判断してるって事です。
 だから、外見で判断される事はお互い様で、そういう風潮もどうしようもない、人のカルマだから仕方ないって諦観するしかないんです。そしてそれは外見が醜い人も美しい人も同じ事なんだと思います」

 「……」

 「ただ、私の故郷では太った女性が醜いとされていたんですけれど、それでも例外は居て、逆にそういう女性が良いっていう男性も数は少ないですが居たんです。ブリオスタ王国にだって、貴方のような外見が良いっていう女性。少数でしょうけど、私以外にも探せば居ると思います。
 多くの人には好まれなくても、好んでくれる人は必ず見つかる。私の場合、それに気づいて人間不信から立ち直ったんです。それで、いろいろ考えて悩んで吹っ切れました。外見の事で他人に嫌われても、自分まで自分を嫌っちゃダメだって」

 「何が言いたいんだ。他の女を探せと?」

 「いえ、そういう事ではなく。『リィナは外見で人を判断しない』というのはカイルさんの思い違いだって事です。正直、貴方の見た目は私にとって凄く魅力的なんです。勿論、外見だけで判断する事は失礼だと思うから、こうしてデートしている訳ですけれども」

 「……じゃあ、何も問題ないじゃないか。信じられないが、俺の見た目をリィナが好んで気に入ってくれるのなら、それで――」「カイルさん」

 彼が話を終わらせようとするのを強引に遮る。

 「他に選択肢が無いから、ではなく。他にも選択肢がある状態で、それでも貴方は私を選んでくれますか? 愛をくれる可能性のある女性が私の他にも居たとしても、それでも私が良いと選んでくれるのでしょうか?」

 「リィナ……」

 私の問いに、カイルさんは口を噤んだ。
 幻想的な星明りの中、お互いを見極めるようにただ黙って視線を交わす。

 心音さえも聞こえそうな沈黙の中、ふと虫の声が止んだ。
 花畑の方から一陣の強い風。
 花の香と花びらをわずかに運んできたそれは、草木を騒めかせながら湖にさざ波を起こして吹いて行った。

 雲間から、月が顔を出して辺りを照らしだした。

 風になびくカイルさんの長い銀髪が月光を反射して輝き、私の頬をぜる。
 月光の中、その灰色のまなざしの奥――私はそこに、何のてらいも偽りもない、ただき出しのままの心を見たように思った。

 「考えてみたんだが……」

 左頬に、彼の右手が触れる。その親指が、私の唇をゆっくりと撫でた。

 「……今日、デートしてくれたのは。共に花畑や夕焼けを見てくれたのは。キスをくれたのは。俺の心に触れてくれたのは。君が初めてなんだ、リィナ。他の誰かが俺を愛してくれるとしても――俺は、やっぱり君が良い」

 目頭がにわかに熱を帯びる。
 私は賭けに勝ったのだ。

 胸がいっぱいになりながらも私は彼に微笑み返した。
 上手く笑えているだろうか。

 「……カイルさん」

 「何だ?」

 「二人で共に色んな物を見たり、聞いたり、食べたりして。デートを重ねて沢山楽しい思い出を作っていきましょう。愛はあげるだけや貰うだけでは、きっといつか尽きてしまうと思うから、お互いにあげたり貰ったりしながら大きく育てていきたいです。これからずっと――貴方と一緒に」

 「リィナ、それって……」

 カイルさんの瞳が見開いて期待するように輝く。
 私は黙って小さく頷いた。

 喜びのままに伝えたい事を全て言ってしまうと、今度はだんだんと恥ずかしさが込み上げてきて顔から火が出そうになる。
 カイルさんは鼻がムズムズするような表情をしていたが、唐突に立ち上がると明後日あさっての方向に駆け出していった。

 呆気に取られていると、オリンピックで金メダル余裕の速さでぐるぐると走り回ったり、側転や背転、ジャンプしたり。
 小さな花火が打ちあがったかと思うと、「ぃやったあああああああ!! 今日は人生最良の日だあああああ!!!!」と遠くで叫んでいるのが聞こえる。

 胸が温泉に入ったかのようにポカポカしている。何だか可笑しくなって、私はいつまでも笑っていた。
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