はんぶんこ天使

いずみ

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第一章 今、天使って言った?

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「まあ。元気いっぱいの颯太さんは、どこが具合悪いのかしら」
「腹、減りました! 動けません!」
「颯太さんも朝ごはん抜き?」
「ご飯は三杯食べてきました。今日の朝めしはアジの開きでした」
「先生もアジの開きは大好きです。それに、それだけ食べていれば十分です。ちょうどいいわ。颯太さん、これみんなにくばってちょうだい」
「ええー、俺?」
 文句を言いながらも颯太が立ち上がる。

「はい、お願いね。あなたの元気をみんなに分けてあげてちょうだい」
 先生はにっこりと笑って、颯太にプリントを渡した。ぶつぶつ言う颯太に、クラスのあちこちから笑いが起こった。

 クラスの雰囲気はいつも通りだった。私だけが、ふに落ちない顔をしている。

 うーん、菜月ちゃんの髪、莉子ちゃんの言ったとおり私のかんちがいなのかなあ。そういえば先週、一組の早紀ちゃんも急にショートにしてきてたっけ。流行ってんのかもしれない。
 クラスの中の誰も気にしてないみたいだもの。きっと、私のかんちがいだ。そうなんだ。そうに決まってる。私も気にしないでおこう。

 そう思うことにして、私は颯太からプリントを受け取った。 
 
 ☆

 ところが、その日の六時間目。

「はい、じゃあ練習は終わり。今日は、前回言ってあったとおり、歌のテストをするわね。本田君から後ろへ順番に一人づつ、第二音楽室の方で歌ってもらいます。他の人はここで待機してください。音楽室の中なら、声を出してもいいからね」
 そう言って響子先生は、一番前の席にいた本田君をつれて音楽室を出ていく。とたんに音楽室はにぎやかになった。

 周りの話に耳をかたむけてみるとそこで話題になっているのは、昨日見たドラマの話とかゲームの話とか……

 誰も、何も思わないの?

「美優、何歌う? 私、まちぼーけー、にしようかなーって……美優?」
 莉子ちゃんが教科書を持ってきて、私の机の上におぎょうぎ悪く座った。けど、今の私にはそれよりもずっと気になることがある。

「どうしたの? なんか変な顔してるよ。あ、変な顔はもともとか」
「莉子ちゃあん……」
 からかってくる莉子ちゃんの顔を見上げた私の声は、我ながら情けないと思うような細い声だった。
「響子先生の髪って……」
「え? 寝ぐせでもついてた? 私、気づかなかったけど」
 あっけらかんと言うってことは、またさっきの菜月ちゃんみたいに不思議に思ってないんだ。

 響子先生。つやのある黒くて長い髪が似合っている美人で、男子も女子も憧れる、沢田先生とはまた別の意味で人気の先生だ。

 なのにその髪が、菜月ちゃんよりも短くなっていた。
 どうして、誰も何にも言わないの? 響子先生だよ? 

 そう言いたいけれど、驚いているようでもない莉子ちゃんの様子に何も聞けない。
「美優?」
 よほど私が情けない顔をしていたのか、莉子ちゃんがちょっと真顔になった。
「美優ちゃん、具合悪いなら保健室行こうか?」
 その様子を見ていたらしい萌ちゃんが、やっぱり心配そうに言った。
 あらら、私、具合の悪かった萌ちゃんに心配されるような顔してたのかな。

「あ、ううん、元気だよ」
 あわてて首をふる。

 具合が悪いわけじゃない。ただ何がなんだかわからないだけで……

 でも、萌ちゃんはそんな私をいすから立たせた。
「でも、顔色悪いわ。今日のテスト、次の時間にしてもらおう? 莉子ちゃん、先生に言っておいてくれる?」
「また保健室かー。あんたたち本当に大丈夫? 先生には言っておくよ」
 めずらしく強引な萌ちゃんに、引きずられるようにして私たちは音楽室を出た。
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