はんぶんこ天使

いずみ

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第五章 聞いてない!って言いたいのに

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 わあああと泣き崩れた安永さんを前に、私は、どうしていいのかわからなくておろおろする。今の話の中にいろんな情報が多すぎて、どこからどうやって答えていいのか。

 黒いもやはぐるんぐるんと激しく動くし、安永さんは取り乱しているし。
 なにか、安永さんの気を落ち着けることとか、嬉しいこととか……えええ、こんな時、なんて言ったらいいんだろう。

「私、全然、安永さんのことばかになんてしてないから」
「嘘! 見ていればわかるわよ!」
「そんなことない。安永さんは美人だし頭もいいし……」
「そんなの関係ないわ! あんたが何言ったって、慎君に……好きな人にそう思ってもらえなかったら何の意味もないじゃない!」
 き、と安永さんは、涙で濡れた顔を私に向けた。
「慎君、他に好きな人がいるって言ってた。あんたじゃないの? だからいつも……」
「違うよ」

 ふんわりとした声が、私たちの間に落ちた。二人で勢いよく振り返ると、廊下から慎君がのぞいている。
「慎君!」
「僕の好きな人は、相葉さんじゃないよ。君たちの知らない、他校の生徒」
 安永さんは驚いたのか、目を真ん丸にして固まったままだ。

「慎君、今の、聞いてたの?」
「ごめんね、聞こえちゃった。菊池さんがうちのクラスに来て、ここに安永さんがいるから行って様子を見てきてくれって」
 慎君は、私に向かうとにっこりと笑った。

「ごめんね、相葉さん。僕たちのことに巻き込んじゃって」
「あ、ううん……いえ……」
 それ以外、言いようがない。
「安永さん」
 慎君は、校舎の中からベランダに出てくると、安永さんの前に立った。

「昨日も言った通り、僕は君の気持には応えられない。でもね、ライバルとしての君を、心から尊敬している。君ほどの努力家を、僕は他に知らないよ。これからも僕にいい影響を与えてほしいと思っているし、僕も君の力になれればと思っている。心からそう思っているのは、本当だよ」
 慎君の言葉を、安永さんは、じ、と彼を見つめながら聞いていた。

 と。
 その背中のもやが、しゅるしゅると小さくなっていく。
 その変化に、私は目を見張った。

「私のこと……嫌いに、ならない?」
「どうして?」
「だって……私、取り乱して、ひどいことを……」
「悪いと思ったら、謝ればいい。君ならできるだろう?」
 ちら、と私の方を見ると、安永さんはうつむいた。

 その時はもう、黒いもやは手のひらサイズにまで小さくなっていた。
 あんなに大きかったもやなのに。

「ごめんなさい、相葉さん。私のかんちがいだったみたい」
「ううん……」
 全く消えたわけじゃないけれど、安永さんの背中のもやは、もうほんの少しになってしまった。
 私は、あぜんとした気持ちでそれを見ている。
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