はんぶんこ天使

いずみ

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第五章 聞いてない!って言いたいのに

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「慎君、これからも、一緒に勉強してくれる?」
「もちろん。安永さんの方が理解力は柔軟だから、僕の方が教えてもらうことは多いかもね」
 にっこりと笑った慎君に、安永さんもぎこちなく笑顔を見せる。
 その時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

「戻ろう。菊池さん、心配してたよ。そういえば、相葉さんは、どうしてここへ?」
「あ! そうだ! 委員会の仕事で、裏庭の見取り図を作りに来たの」
 ああー、全然終わってない。これは、放課後に持ち越しだ。

「邪魔しちゃって、ごめんなさい」
 すまなそうに私に言った安永さんは、以前に私が知っている通りの安永さんだった。その変化の大きさに、私は戸惑う。

 さっきまであんなにどなり散らしていた様子からは、ちょっと想像できない。
 もしかして。
 安永さん、黒いもやに操られかけていたの? あの黒いもやって、人をあんなふうにしてしまうの? 確かに宮崎さんは怖かったけれど、あれは、特殊な場合なのかと思っていた。
 違うんだ。
 人の心の闇って、あんなふうに簡単に大きくなったり小さくなったりするんだ。

「ううん、また放課後にやるからいいよ。安永さんの気持ちが楽になったなら、そっちの方が大事」
 私が言うと、安永さんはちょっと目を見張ってから、優しく笑った。

「相葉さん、相変わらずなのね」
「相変わらずって?」
「同じクラスだった時も、自分のことより人のことを心配してくれる人だった。私、こんな性格だからいつもきつい、って言われてて……ずっと、ふんわりと優しい相葉さんのことがうらやましかったの」
 その言葉に、私の方が驚いた。あの安永さんに、うらやましいと思われるなんて。

「だから私、あなたに嫉妬してたの。相葉さんなら、慎君が好きになってもおかしくないと思って」
「そ、そんなことないよ! 私なんて、美人じゃないし頭もそんなに良くないし、安永さんみたいにはきはきできないし……」
 自分で言ったことだけど、なんだか落ち込んできて語尾が小さくなっていく。
 そんな私を、二人はクスクス笑って見ている。

「ほら、そういうところよ。私、とてもかわいいと思うわ」
「僕もそう思うよ。だから颯太も、おっと」
 慎君は何かを言いかけて口を押さえた。

「颯太? 何?」
「なんでもない。それより急ごう。授業が始まる」
「あ、うん」
 私は校舎の中に戻りながら、誰にも気づかれないほどの小さいため息をついた。

 楓ちゃんみたいにできるかな、と思ったけれど……
 さっきだって、決して嘘を言ったわけじゃないのに、私の言葉は安永さんに届かなかった。逆に、慎君の言葉は、安永さんにすんなりと受け入れられていた。

 信頼。授業でやったから言葉は知っていたけれど、こういうことだったんだね。その人に信じてもらえなかったら、何を言っても通じないんだ。

 せっかくあの黒いもやの消し方がわかったのに。心の闇を消すのって難しいんだな。

 私はもう一度ため息をついて、教室へと戻った。


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