神殿育ちの嫌われΩは、隣国の伯爵αに蕩ける愛を刻まれる

甘梨鈴

文字の大きさ
78 / 129

第77話 帝国の高貴な令嬢

しおりを挟む







 胸元に王立美術館の徽章をつけた彼は、三十代半ばほどの男性だ。穏やかな雰囲気で、笑みを浮かべている。
「帝国よりの貴賓、デイモンド伯爵にお目にかかれて光栄です」
 文官は丁寧に一礼したのち、ルシアンの隣に控えるエマを見て、驚きに目を見張った。
(ぇ……もしかして、気付かれた!?)
 エマはとっさに扇子で顔を隠した。
 身を強ばらせて、ルシアンの腕に身を寄せる。
(どうしようっ……女装してるって思われたのかも)
 怯えるエマの前で、文官が上ずった声で問いかける。
「は、伯爵っ。こちらのご令嬢は?」
「私の婚約者だ」
(えっ!?)
 エマは思わずルシアンを見あげた。
 ルシアンは唇に笑みを浮かべて、エマを振り向く。
「ぁッ……」
「帝国で最も高貴な御方に縁(ゆかり)のあるご令嬢だ。彼女の美しさに見惚れるのは仕方ないが、くれぐれも失礼のないように」
(えぇっ!?)
 エマが戸惑っていると、文官はピシッと姿勢を正す。
「はっ! かしこまりました!」
 文官はエマに向かって、最敬礼する。
(こ、婚約者って……それより、帝国の高貴な方ってどういうこと?)
 エマは扇子を傾けたまま、ルシアンを見つめる。
「レディー。何も心配はいりませんよ」
 ルシアンは甘い声と眼差しで、エマに微笑む。
 まるで、そこにいる文官に見せつけるように、エマの耳元で囁いた。
「正体を隠すためですから、許してください」
「ルシアン様……」
 エマは変装だけでなく、実際に会う相手にも、気付かれないようにしなくてはいけない。
(僕が『聖樹』だって……王子の婚約者だって気付かれたら、大変なことになるから)
 エマのために演技をしてくれる、ルシアンの気遣いが嬉しかった。
 でも、それにしては、エマを褒めすぎだと思うけど。
「あの……そんなに褒めなくても、大丈夫ですからっ」
 小声で囁くと、ルシアンは不思議そうに首をかしげた。
「事実を告げただけですが?」
「えっ?」
「貴方は、ご自分の魅力に気付いていないのですね」
 ルシアンは優しく微笑んで、エマの髪をさらりと撫でた。
「!?」
 エマがびっくりしている間に、文官に向かって声を掛ける。
「今日は、彼女とゆっくり見て回るつもりだ」
「かしこまりました。それでは、まずこちらの展示室から……」
 文官の案内に従って、美術館の中を見て回る。
 室内は部屋ごとに主題が分かれ、回廊のように続く構造になっていた。
 視察という名目だからか、エマたちが見て回る場所には、他に誰もいなかった。
 そのため、エマはルシアンの隣に並んで、落ちついて絵画や彫刻を眺めることができた。
 初めのうちは、文官の説明に耳を傾け鑑賞していたが、やがて集中できなくなった。
 ルシアンがエマの腰をさりげなく支えてくるのだが、距離が近い。いや、近すぎる。
「っ……ルシアン様、ち、近すぎでは?」
「そうですか?」
「こ、こんなにくっついたら……非難を浴びてしまいます」
 いくら恋人の振りをしているとはいえ、人目のある場所で男性と密着するのは、はしたないことだ。貴族の恋愛に疎いエマは、この状況が恥ずかしすぎた。
「この程度は普通ですよ」
「でもっ」
(ずっとくっついてるせいか、ルシアン様の香りがする)
 エマは頬を染めて、視線を落とす。
 それに、なんだか体が熱くなってきた。
 ふだんと違い、コルセットやドレスで体を覆っているので、熱がこもってしまうのだ。
(んっ……静香石も、動いちゃいそう……っ)
 気を散らすエマに気付いたのか、ルシアンが文官を呼ぶ。
「部屋を用意してくれないか。彼女が少し疲れたようだ」
「かしこまりました。貴賓室を使えるようすぐ準備して参ります」
 文官は頷くと、慌てたようにその場を離れた。
 後ろからついてきた侍女や従者も、ルシアンの合図で展示室を出て行く。
 二人きりになると、ルシアンが優しくエマを呼ぶ。
「エマ。ずっと歩かせてしまい、申し訳ありませんでした」
「そんな……私は大丈夫です」
「ですが、足が痛むのではないですか?」
「あ、いえ……」
 ゆっくり歩いてくれたから、思ったより負担はない。
 だけど、ルシアンのフェロモンにあてられているとは、恥ずかしくて言えなかった。
 誤魔化すように、目の前にある絵画を眺める。
 そこには、幻想的な一枚の大作が飾られていた。黄金の大樹の幹に寄り添う男女。裸体に白い布を腰元に巻き、互いを愛おしげに見つめている。
「これは、神話を描いた絵ですか?」
「はい。ランダリエの神話に出てくる、最初のアルファとオメガです」
 エマは嘆息して、絵を眺めた。
 二人の間には、小さな天使がいて、大樹の根元で身を丸めて眠っている。
「この絵のアルファは……ルシアン様に似てますね」






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか

まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。 そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。 テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。 そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。 大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。 テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。 ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

運命よりも先に、愛してしまった

AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。 しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、 2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。 その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。

いい加減観念して結婚してください

彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話 元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。 2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。 作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

第3皇子は妃よりも騎士団長の妹の私を溺愛している 【完結】

日下奈緒
恋愛
王家に仕える騎士の妹・リリアーナは、冷徹と噂される第3皇子アシュレイに密かに想いを寄せていた。戦の前夜、命を懸けた一戦を前に、彼のもとを訪ね純潔を捧げる。勝利の凱旋後も、皇子は毎夜彼女を呼び続け、やがてリリアーナは身籠る。正妃に拒まれていた皇子は離縁を決意し、すべてを捨ててリリアーナを正式な妃として迎える——これは、禁じられた愛が真実の絆へと変わる、激甘ロマンス。

処理中です...