神殿育ちの嫌われΩは、隣国の伯爵αに蕩ける愛を刻まれる

甘梨鈴

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第76話 恋人の距離

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 貴族令嬢に必須の持ち物だが、ルシアンに渡されるまで、思いつきもしなかった。
「お借りしてもよろしいのですか?」
「貸すのではありません。貴方に差し上げる物です」
「えっ、でも、こんな高価なものまで……」
「レディーは、喜んで受け取るものですよ」
 ルシアンが優しく微笑む。
 エマは、おそるおそる両手で受け取り、そっと開いてみた。
 布地は白地に金糸で花が刺繍され、まるで花びらを閉じたまま抱えたように気品がある。
「うわぁっ、素敵な扇子ですね」
 気をつけて扱わないと、すぐに壊れてしまいそうな繊細さだ。
「気に入ったようで良かったです。これは、顔を隠したい時や、侍女と話す時に使って下さい。手が塞がるときは、侍女に持たせるといいですよ」
 ルシアンが、扇子の使い方まで教えてくれる。
 エマは頬を紅く染め、扇子をぎゅっと握りしめた。
「ありがとうございます。ルシアン様」
(ルシアン様から、たくさん頂いてしまった)
 変装のためとはいえ、ここまでエマによくしてくれるなんて、感謝しかない。
「エマ」
「はい」
 ルシアンに呼ばれて、顔を上げた。
 赤い瞳が柔らかく細められ、微笑みを浮かべている。
「貴方とこうして出かけられることに、感謝します」
「そんなっ! 私の方こそ、こんなによくして頂いてっ!」
 本当なら、接待役のエマが、ルシアンに気を遣わないといけないのだ。
 だけどルシアンは、エマの事情を汲んで、こうして手間を掛けて王都へ連れ出してくれる。
「私のために手を貸してくださって、ありがとうございます」
 エマは心から、ルシアンに感謝を伝えた。
 ルシアンが手を伸ばして、エマの髪をなでる。
「……エマ」
「はい」
 ルシアンが手を伸ばして、エマを抱きしめた。
「ぇ……る、ルシアン様!?」
「貴方が美しすぎて、動悸がします」
「えっ?」
「到着するまで、このままで」
 耳元で低く囁かれ、ドキンッと鼓動が跳ねる。
 エマは耳たぶまで赤くして頷いた。
   

   
 + + +



 王立美術館は、王都の中心部に荘厳な姿を見せていた。
 白大理石と金属細工で形作られた建物の正面は、陽光を受けて輝いている。石畳の広場は大きく、中央には王家の紋章を刻んだ噴水があった。
 高くそびえるアーチ状の入り口には、王家の紋章である金の鳩と、王立美術館の名が刻まれた銘板が掲げられ、衛兵が礼儀正しく控えていた。
 ルシアンがそれらを一望して、笑顔を見せる。
「こちらの美術館は、建物も見応えがありますね」
「ありがとうございます。我が国でいちばん大きな美術館ですので、そう仰って頂けて嬉しいです」
 エマは真面目に返したが、ルシアンが少し不満そうな顔をする。
「二人きりですから、かしこまらなくて大丈夫ですよ」
「あ、ですが……」
「可愛い恋人にそんな口調で話されては、寂しくなります」
「!」
(こ、恋人っ!?)
 甘い顔で見つめられ、胸がドキドキした。
 でも、ルシアンが言うことも一理ある。
 エマはいま、ルシアンと腕を組み、ぴったりとくっついている状態なのだ。
(これって、やっぱり恋人の距離なんだ……!)
 そう思うと頬が熱くなる。
 役になりきった方がいいと理解していても、交際したことのないエマには、何が正解か分からない。
 エマが戸惑っていると、ルシアンがそっと顔を寄せる。
「今日は、私の恋人ですから。ね?」
「は、はいっ!」
 エマはコクコクと頷いた。
 ルシアンは微笑みながら、ゆっくり歩く。
(あ、僕に合わせてくれてるっ)
 エマは履き慣れない靴のせいで、いつもより歩調が遅い。ルシアンは何も言わず、黙って合わせてくれてるのだ。
(ルシアン様は、優しいな)
 いつも親切にしてくれる。
 だからエマも、ルシアンのために何かしたい。
 せめて、案内くらいはちゃんとしたいと思っているけど、少し不安だ。 
 エマが王立美術館を訪れるのは、これが二回目なのだ。一度目は、イーリス大神殿から王宮の西殿に移ったあと、淑女教育の一環で美術鑑賞をしに来たとき。
 レオナールの婚約者に決まってからは、一度も王宮の外へ出ていない。
 館内の説明は、王立美術館付きの文官に任せるしかなさそうだ。
「今日は貴方と一緒ですから、楽しみです」
「わ、私もですっ」
 エマは大きく頷き、ルシアンに笑顔を向けた。
 ルシアンのエスコートで館内へ足を踏み入れる。
 吹き抜けになった大広間は、淡い金を基調とした装飾だった。天井には精緻なフレスコ画、四季の神々と聖なる加護を象徴する神話的な情景が描かれている。
 大理石の床を歩いていくと、展示室の入口手前で一人の文官が待っていた。
「ようこそ、お越し下さいました」







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