88 / 129
第87話 流行ってる
しおりを挟むそんな二人のやりとりを、店主が微笑ましく見守っている。
「では半分にしましょう」
「はいっ」
エマはホッとしたが、それが油断に繋がった。
ルシアンはもう一つの布きれを手に取り、トレイの上に広げた。
「これは、南方で流行っているとか?」
「さようでございます。ランジェル国では夏の間、就寝の際にシュミーズではなく、このような下着をつける風習があるのです。こちらは女性用になります」
「え? 女性が、下着を履くのですか?」
意外な話に、エマは驚いた。
ランダリエ王国の女性は身分を問わず、昼間は裾の長い肌着を、寝るときはゆったりとした薄い夜着を羽織る。男性と違い、下着を履かないのが普通だ。
エマは『聖樹』だから、アルファに嫁ぐことを踏まえて、女性に準じた服装を身に纏っている。
「レディー。ランジェルは一年中温暖な気候で、軽装が好まれる地域です。就寝時に下着だけというのも、あちらでは普通だと聞きました」
「閣下の仰るとおりです。そして、こちらの下着ですが、ランダリエでも一部の貴婦人の間で流行っているのですよ」
「一部で流行ってる……?」
その意味がよく分からなくて、エマは首をかしげた。
店主は微笑を浮かべたまま、ルシアンに視線を向ける。
エマがルシアンを見あげると、赤い瞳を細めて、かすかに笑った。
そっとエマに顔を近づけて、耳元で囁く。
「恋人や夫と夜を共に過ごす時に、これを着けるそうです」
「夜……ぁっ!」
意図するところを察して、エマはボッと顔から火を噴いた。
とっさに俯くが、耳たぶから首元まで真っ赤になっている。
(この布きれを身につけて……ベッドの上で、行為を!?)
レースで作られたそれは非常に小さく、秘部を隠すのに心許ない。
エマが動揺している間に、ルシアンは下着まで購入してしまった。
(え、ちょっと待って? あれ、僕が着けるの……?)
まさか、と思ったけど、どうもそうらしい。
店主が綾織りの布に下着を包み、ルシアンへ渡したところまでは良かったが、それをエマに差し出したのだ。
そして、エマにだけ聞こえるように、小さく囁く。
「エマ。明日はこれを着けてきて下さい」
「えっ!? でも、これは夜に着けるのでは?」
「せっかくですから、貴方が身につけた姿を見たいのです」
ひそひそと囁く甘い声は、エマの理性を鈍らせる。
(んっ……そんな声で、言われたらっ)
腰が甘く疼き、蕾がきゅっと締まる。
恋しいアルファに逆らえず、エマは羞恥をこらえて、コクンと頷いた。
「わ、分かりましたっ」
「私以外の人に、見せてはいけませんよ?」
「はい……ルシアン様」
(ルシアン様が、僕に期待してる……)
そう思ったら、羞恥よりも喜びの方がまさった。
エマはドキドキしながら、小さな包みをギュッと抱きしめた。
天耀宮に戻ったときは、すっかり日が落ちていた。
すでに皇太子たちは戻ってきていて、食事をしているようだ。
「遅くなってしまいましたね。着替えたら、食事にしましょう」
「いえ。そこまでお世話になるわけにはいきません」
「遠慮しなくていいのですよ」
「大丈夫です。その、夜に終わらせないといけない仕事が残ってますので」
エマは下手な言い訳をして、ルシアンの申し出を断った。
本当はもっと一緒にいたいけど、帰りが遅くなれば、侍女長が側妃やレオナールに告げ口をするだろう。
(僕がダリウ殿下のご命令で、皇太子の接待に同行したこと、ぜったい怒ってるし)
すでにレオナールを怒らせてるため、これ以上機嫌を損ねたくなかった。
嫌味だけならまだしも、レオナールの気分次第で、また折檻を受けるかもしれない。
(あんな苦しい思いはしたくない……)
「では、差し入れに軽食を持たせましょう」
「えっ? あの、食事は使用人が作りますので……」
「ランダリエにはない、珍しい果実がありますから」
ルシアンが、窺うようにエマを見つめた。
たぶん、エマの嘘に気付いている。
(ルシアン様は、どこまでご存じなのだろう)
今日、美術館の休憩室で、レオナールに冷遇されていることを話した。でも、それより前から気付いていたのかもしれない。
今朝、湯浴みをしたとき、みすぼらしい肌着をクロエに見られたと思うから。
(ご飯も、使用人と同じ物だって、分かっちゃったのかな)
ルシアンは鋭いから、エマの現状に気付いて、憐れんでくれてるのかもしれない。
同情だとしても、嬉しかった。
でも、差し入れは断ろうと口を開く。
「ルシアン様。せっかくのお気遣いですが……」
そのとき、バンッと勢いよく扉が開いた。
「ひゃっ」
ビクッとして肩をすくめる。
「おい、ルシアン。聖樹はどこだ?」
「ぇ……?」
姿を現したのは、皇太子だった。
12
あなたにおすすめの小説
もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか
まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。
そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。
テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。
そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。
大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン
ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。
テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
いい加減観念して結婚してください
彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話
元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。
2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。
作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。
[離婚宣告]平凡オメガは結婚式当日にアルファから離婚されたのに反撃できません
月歌(ツキウタ)
BL
結婚式の当日に平凡オメガはアルファから離婚を切り出された。お色直しの衣装係がアルファの運命の番だったから、離婚してくれって酷くない?
☆表紙絵
AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
辺境伯は嵌められた元令息から目が離せない
コムギ
BL
冤罪により、辺境の地へ追いやられた元侯爵令息ユベール。
だが彼は、あまりのことに気を病んで――はいなかった。
野山を駆け回り、虫を捕まえ、草花をスケッチし、のんびり釣りをする。
それはすべて、侯爵家の跡取りとして縛られていた頃には許されなかった自由だった。
そんな生活から一年。
冤罪を証明できそうだと、幼なじみの王太子から報せが届く。
――王都へ戻れる。
それは同時に、あの窮屈で冷たい場所へ戻るということでもあった。
迷うユベールの前に現れたのは、これまで静かに見守るだけだった辺境伯ラドヴァン。
「ならば、ずっとここにいろ」
「俺と婚約すればいい」
不器用に、しかし真っ直ぐに差し伸べられた手。
優しく(時に暑苦しく)包囲してくる辺境伯と、元侯爵令息の恋物語。
※他サイトにも掲載しています。
高貴なオメガは、ただ愛を囁かれたい【本編完結】
きど
BL
愛されていないのに形だけの番になるのは、ごめんだ。
オメガの王族でもアルファと番えば王位継承を認めているエステート王国。
そこの第一王子でオメガのヴィルムには長年思い続けている相手がいる。それは幼馴染で王位継承権を得るための番候補でもあるアルファのアーシュレイ・フィリアス。
アーシュレイは、自分を王太子にするために、番になろうとしてると勘違いしているヴィルムは、アーシュレイを拒絶し続ける。しかし、発情期の度にアーシュレイに抱かれる幻想をみてしまい思いに蓋をし続けることが難しくなっていた。
そんな時に大国のアルファの王族から番になる打診が来て、アーシュレイを諦めるためにそれを受けようとしたら、とうとうアーシュレイが痺れを切らして…。
二人の想いは無事通じ合うのか。
現在、スピンオフ作品の
ヤンデレベータ×性悪アルファを連載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる