神殿育ちの嫌われΩは、隣国の伯爵αに蕩ける愛を刻まれる

甘梨鈴

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第95話 リセリアの雪

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(社交辞令かな? でも、そう言ってもらえただけで嬉しい)
 エマは、未来の約束も、甘い夢だと受け止めることにした。
 ルシアンは数日後には帰国するし、今日が、ルシアンと過ごせる最後の日だから。
「エマ。私が着けて差し上げます」
「はい」
 ルシアンが背中に回り、エマは髪を持ち上げた。
 ネックレスを着けるときに、ルシアンの指が軽く首筋に触れる。
「んっ」
 ちょっとドキドキしたけど、その高鳴りすら愛おしく感じた。
 支度ができると、ルシアンがエマに顔を近づけて、そっと頬にキスをする。
「っ!?」
「今日もよろしくお願いします。私の愛しいローズ」
「っ、は、はいっ!」
 エマは顔を真っ赤にして頷いた。
 そんなエマとルシアンのやり取りを、ナタリナとクロエは微笑ましく眺めていた。
   

   
 + + +  

   

 天耀宮を馬車で出発して、向かったのは王都の中心にある市場だ。
 エマは馬車にルシアンと二人で乗り込んだが、昨日と同じようにルシアンがすぐ隣に座る。
 腕が触れるので離れようとしたが、ルシアンに腰を抱かれて、密着する羽目になった。
「あ、あの、ルシアン様っ」
「どうしました?」
「あ、暑くないですか?」
「いいえ。エマは暑いですか?」
「……少し」
「窓を開けましょうか?」
「いえ! 大丈夫ですっ!」
 エマはあわてて首を振った。
 窓を開けたら、ルシアンと密着してる姿が丸見えになってしまう。
「では、何か心配ごとがありますか?」
 エマを抱き寄せたまま、ルシアンが優しくたずねた。
 顔を上げれば、ルシアンの美しい顔が見える。ルビーのような紅い瞳に、陽に透ける銀の髪。誰もが見惚れる、容姿端麗な貴公子だ。
「エマ?」
「あっ、えと……今日は、観劇をするのですよね?」
「ええ。『リセリアの雪』という演目ですが、ご存じですか?」
「あ、知ってます! 有名なお話ですよねっ」
「ランダリエでは、定番のオペラだと伺いました。私は、タイトルしか知らないのですが」
「あ、リセリアの雪は、ランダリエの聖樹のお話なんです。だから、他国の方がご存じなくても当然ですね」
 エマは微笑みながら答えた。
 定番のオペラだというが、エマも観劇に行くのは初めてだ。いちばん好きなお話を観に行けると知って、喜びに頬を紅潮させる。
「一度は観てみたいと思っていたので、嬉しいですっ」
「それなら良かったです。どんな話か伺っても?」
「はいっ。恋愛悲劇なんですけど……」
 エマは昔読んだ本を思い出しながら、あらすじを語る。

『リセリアの雪』は、神殿で女神イーリスに仕える聖樹と、裕福な商家の青年の恋物語。
 春の祝祭で出会った二人は、恋に落ちる。青年は結婚の許しをもらうため、国王へ贈り物を用意するが、それをずる賢い伯爵に騙し取られてしまった。
 青年が失意の内に、聖樹と王弟との婚約話が進んでしまう。
 だが二人は決意し、全てを捨てて駆け落ちをする。

「……冬の雪が二人の足跡を隠してくれて、そのまま辺境の地に逃れるんですけど、聖樹はそこで病に罹って亡くなるんです」
「だから、悲劇なんですね」
「はい。ちょうど、季節外れの春の雪が降る日に……聖樹は青年の腕の中で眠るように息を引き取りました」
 物語を読んだときは、とても悲しい結末だけど、ホッとした。
 最後に、愛する人の側にいられた聖樹は、きっと幸せだと思ったから。
「青年は、聖樹の亡骸とともに姿を消して……二人は雪の精霊とともに旅立ったと、言い伝えが残ったそうです」
「その青年の生死は分からないと?」
「はい。……明確に書かれてないので、生きているという人と、後を追って亡くなったという人と、必ず論争になります」
 エマが答えると、ルシアンは穏やかに目を細めて、エマを見た。
「エマは、どちらだと思っているのですか?」
「私は、生きていると思います……亡くなった聖樹が安らかに眠れるように、青年にはずっと祈り続けていて欲しいです」
 エマは頬を染めて、小さく答えた。
 亡くなった後も、愛する人から、愛され続けたい。そう思うのは、子どもっぽい考えかもしれない。
 だけど、幼い頃のエマは、二人のロマンスに憧れていた。物語のように悲劇的な結末は望まないけど、愛するアルファとの出会いや、番(つがい)に深く愛されることは、ずっと夢見ていた。
「エマは可愛いですね」
 ルシアンが愛おしそうな顔で、エマを覗き込む。
 赤い瞳に甘く見つめられ、ドキドキしながら答えた。
「私は、オメガなので……亡くなった後も、アルファに想ってもらえたら、幸せだから……」
 はにかみながら答えると、ルシアンが不思議そうな顔をした。  
「この青年は、アルファなのですか?」
「あ、はい。一般には知られていませんが、史実を元にして書かれた作品です」






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