神殿育ちの嫌われΩは、隣国の伯爵αに蕩ける愛を刻まれる

甘梨鈴

文字の大きさ
119 / 129

第118話 侵入

しおりを挟む








 ダリウは大広間の隅まで聞こえるように、声を張り上げる。
「皆の者。騒ぎはすでに収めた。どうか、今宵の宴を続けてくれ」
 その一言で、音楽が軽やかに響き渡り、ダンスも再開される。
 ダリウは、ルシアンに頭を下げた。
「デイモンド伯。誠に申し訳ない」
「いえ……王太子殿下が謝罪される必要はございません。この後、あの男を尋問されるのでしょう?」
「ああ。先に、デイモンド伯から事情を聞きたいのだが」
 手短に済ませたいという思いが伝わり、ルシアンは簡単に説明した。
 先日、エマに預けたはずのブローチを、カミラ嬢が着けていたので問いただした。どうやらレオナールがエマから奪い、そうと知らせずカミラ嬢に贈ったため、カミラ嬢が激怒し、立ち去った。
 そこまでで、ダリウはすべてを察したようだ。
「本当に、済まなかった。エマヌエーレも、苦しんでいるだろう」
「ええ」
 ルシアンも同意する。
 心優しいエマは、自分のせいだと責めているかもしれない。
「ところで……なぜ、エマヌエーレにブローチを預けたのですか?」
「特別な贈り物ですから、聖樹の祝福を頂きたかったのです。ランダリエでは、お守りとして喜ばれるとか」
「ああ……そうでしたか」
 ダリウも納得したように頷く。
「子細、承知しました。それでは、名残惜しいですがこれで」
 ダリウはもう一度頭を下げて、すぐに背を向けた。
 今度は、ティエリーの元へ駆け寄り、謝罪を始める。
(まったく、難儀なことだ)
 問題児の尻拭いをする様を直に見ては、ダリウを責める気にはなれない。
(それより、エマは発情期だと言っていたな)
 その時期に、番ではないアルファが近づくのは危険だ。しかし、先ほどのレオナールの態度に不安を覚えた。
(まさか……あの男、エマに何かしたのではないか?)
 あのブローチを、力ずくで奪ったのかもしれない。
 その時、暴力を振るわれていたら……。
 考えただけで、胸が締めつけられた。
(エマがいるのは、奥庭園の塀を越えた先だったな)
 ルシアンは副官を呼び寄せ、低い声で指示を与える。
「あの方の元へ向かう。ティエリー様には、うまく取り繕っておいてくれ」
「かしこまりました」
 それだけ告げると、ルシアンは誰の目にも留まらぬように、大広間を静かに後にした。



 + + +



 ルシアンは大広間を出てすぐ、控えていた護衛騎士の一人に外套を預け、従者のノエルと、若い護衛騎士ジュリアンを引き連れて奥庭園へ忍び込んだ。
(エマが発情期なら、私も気をつけなければ)
 念のために、抑制剤も飲んできた。
 侵入した夜の庭園は静かだったが、外灯の明かりに浮かび上がる花や木々は、昼と違った趣で美しい。
 こんな時でなければ、エマと散歩したいと思うくらいだ。
(住まいは、琥珀の館だったな)
 以前、エマに奥庭園を案内してもらった時、西殿にあるエマの住居も確認していた。
 奥へ進むと、庭園と西殿の境に高い塀が見えた。あの塀が西殿を囲っているのだろう。
 中へ入るには、見張りの衛兵の目をかいくぐらなくてはいけない。
「表に二人。奥にも、二人はいるか」
 門が見える位置まで来ると、ルシアンは見張りの数を推測する。
 西殿には聖樹の住居があり、そこに入れるのは、王族と特別に許可を得た一部の貴族のみ。そのため、門には庭園側と西殿側にそれぞれ数人の見張りが立っているのだ。 
「閣下、私が陽動を」
 ノエルが小声で囁く。従者である彼は、潜入の本格的な訓練を受けていないため、主に見張りや陽動を担当する。
 ルシアンが頷くと、すぐに暗闇へと姿を消した。
 しばらくすると、後ろで爆発音が響き、同時に閃光が迸った。
「な、なんだ!? 火花が!?」
「確認してくる! ここを頼む!」
「おい! 俺も行くぞ!」
 衛兵達が騒ぎだし、庭園側にいた見張りがすべて門から離れた。
(実践慣れしてない。持ち場を離れるとは、無能な兵士だ)
 一方、西殿側の衛兵である女性騎士も、動揺を見せていた。
「今のは、何の音?」
「外の警備が……誰か、隊長へ報告を!」
「隊長だけで構いませんか? 聖樹様へご報告は?」
「問い合わせがあった時で構わないでしょう。あの侍女長のことですもの。何事もなければ、かえって面倒なことになるわ」
 女性騎士のうんざりした声を耳にしながら、ルシアンはジュリアンと共に門をすり抜ける。
(西殿を守るべき騎士も、階級のしがらみでまともに対処できていない)
 王宮の中では滅多なことが起こるはずもなく、危機感が薄いのだ。
 おかげで侵入はたやすかったが、こんなずさんな警備で、王族や聖樹を守れるのか心配になる。
「閣下。館はあちらです」
 ジュリアンの先導についていくと、すぐに立派な建物が見えてきた。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか

まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。 そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。 テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。 そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。 大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。 テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。 ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます

まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。 するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。 初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。 しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。 でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。 執着系α×天然Ω 年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。 Rシーンは※付けます ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。 ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。 Xアカウント(@wawawa_o_o_)

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

運命よりも先に、愛してしまった

AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。 しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、 2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。 その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

いい加減観念して結婚してください

彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話 元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。 2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。 作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

処理中です...