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第118話 侵入
しおりを挟むダリウは大広間の隅まで聞こえるように、声を張り上げる。
「皆の者。騒ぎはすでに収めた。どうか、今宵の宴を続けてくれ」
その一言で、音楽が軽やかに響き渡り、ダンスも再開される。
ダリウは、ルシアンに頭を下げた。
「デイモンド伯。誠に申し訳ない」
「いえ……王太子殿下が謝罪される必要はございません。この後、あの男を尋問されるのでしょう?」
「ああ。先に、デイモンド伯から事情を聞きたいのだが」
手短に済ませたいという思いが伝わり、ルシアンは簡単に説明した。
先日、エマに預けたはずのブローチを、カミラ嬢が着けていたので問いただした。どうやらレオナールがエマから奪い、そうと知らせずカミラ嬢に贈ったため、カミラ嬢が激怒し、立ち去った。
そこまでで、ダリウはすべてを察したようだ。
「本当に、済まなかった。エマヌエーレも、苦しんでいるだろう」
「ええ」
ルシアンも同意する。
心優しいエマは、自分のせいだと責めているかもしれない。
「ところで……なぜ、エマヌエーレにブローチを預けたのですか?」
「特別な贈り物ですから、聖樹の祝福を頂きたかったのです。ランダリエでは、お守りとして喜ばれるとか」
「ああ……そうでしたか」
ダリウも納得したように頷く。
「子細、承知しました。それでは、名残惜しいですがこれで」
ダリウはもう一度頭を下げて、すぐに背を向けた。
今度は、ティエリーの元へ駆け寄り、謝罪を始める。
(まったく、難儀なことだ)
問題児の尻拭いをする様を直に見ては、ダリウを責める気にはなれない。
(それより、エマは発情期だと言っていたな)
その時期に、番ではないアルファが近づくのは危険だ。しかし、先ほどのレオナールの態度に不安を覚えた。
(まさか……あの男、エマに何かしたのではないか?)
あのブローチを、力ずくで奪ったのかもしれない。
その時、暴力を振るわれていたら……。
考えただけで、胸が締めつけられた。
(エマがいるのは、奥庭園の塀を越えた先だったな)
ルシアンは副官を呼び寄せ、低い声で指示を与える。
「あの方の元へ向かう。ティエリー様には、うまく取り繕っておいてくれ」
「かしこまりました」
それだけ告げると、ルシアンは誰の目にも留まらぬように、大広間を静かに後にした。
+ + +
ルシアンは大広間を出てすぐ、控えていた護衛騎士の一人に外套を預け、従者のノエルと、若い護衛騎士ジュリアンを引き連れて奥庭園へ忍び込んだ。
(エマが発情期なら、私も気をつけなければ)
念のために、抑制剤も飲んできた。
侵入した夜の庭園は静かだったが、外灯の明かりに浮かび上がる花や木々は、昼と違った趣で美しい。
こんな時でなければ、エマと散歩したいと思うくらいだ。
(住まいは、琥珀の館だったな)
以前、エマに奥庭園を案内してもらった時、西殿にあるエマの住居も確認していた。
奥へ進むと、庭園と西殿の境に高い塀が見えた。あの塀が西殿を囲っているのだろう。
中へ入るには、見張りの衛兵の目をかいくぐらなくてはいけない。
「表に二人。奥にも、二人はいるか」
門が見える位置まで来ると、ルシアンは見張りの数を推測する。
西殿には聖樹の住居があり、そこに入れるのは、王族と特別に許可を得た一部の貴族のみ。そのため、門には庭園側と西殿側にそれぞれ数人の見張りが立っているのだ。
「閣下、私が陽動を」
ノエルが小声で囁く。従者である彼は、潜入の本格的な訓練を受けていないため、主に見張りや陽動を担当する。
ルシアンが頷くと、すぐに暗闇へと姿を消した。
しばらくすると、後ろで爆発音が響き、同時に閃光が迸った。
「な、なんだ!? 火花が!?」
「確認してくる! ここを頼む!」
「おい! 俺も行くぞ!」
衛兵達が騒ぎだし、庭園側にいた見張りがすべて門から離れた。
(実践慣れしてない。持ち場を離れるとは、無能な兵士だ)
一方、西殿側の衛兵である女性騎士も、動揺を見せていた。
「今のは、何の音?」
「外の警備が……誰か、隊長へ報告を!」
「隊長だけで構いませんか? 聖樹様へご報告は?」
「問い合わせがあった時で構わないでしょう。あの侍女長のことですもの。何事もなければ、かえって面倒なことになるわ」
女性騎士のうんざりした声を耳にしながら、ルシアンはジュリアンと共に門をすり抜ける。
(西殿を守るべき騎士も、階級のしがらみでまともに対処できていない)
王宮の中では滅多なことが起こるはずもなく、危機感が薄いのだ。
おかげで侵入はたやすかったが、こんなずさんな警備で、王族や聖樹を守れるのか心配になる。
「閣下。館はあちらです」
ジュリアンの先導についていくと、すぐに立派な建物が見えてきた。
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