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第六章「炎に濡れし、哀しみの誕」
第二話「斬って、けれど忘れないで」
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川辺にはまだ、いくつかの灯籠が残っていた。
その火は、まるで見送られるのを待つかのように、揺らぎもせずにそこに在り続けていた。
榊原新右衛門は焔陰の柄に手を添えたまま、じっとその炎を見つめていた。灯籠の中に漂う微かな霊気は、かつてのように禍々しくもなく、ただ深い哀しみと、名残惜しさに満ちていた。
おせんと道明は少し後ろに控えていた。おせんは目を伏せ、道明は黙って手に霊符を構えている。
「……焔陰が共鳴を始めたな」
道明の低い声に、新右衛門は頷いた。
刀の中に宿る想念が、灯籠の火と呼応している。それは、あの日お蓮を送ったときと同じ感覚だった。
だが、今回は異なる。
目の前にいるのは、ただの怨霊ではない。父として、職人として、生き、そして焼かれて死んだ仁兵衛。
灯籠の火の中に、仁兵衛の姿がまた浮かび上がっていた。炎に焼かれたはずの身体は、幽かな光と煙に包まれ、まるで川の底からゆらりと浮かび上がるようだった。
「……おはる、もう泣くな」
その声は、どこか懐かしく、優しかった。
おはるは道明の背後にいた。灯籠に向かって手を伸ばしかけるも、その手は震えていた。
「父さん……」
新右衛門は、焔陰の柄を握りしめた。
刀が、応じている。
「斬るとは、消すことではない」
心の中でそう呟いた。
この刀ができたときから、それは決まっていた。斬ることで、霊の想念を受け止め、受け継ぎ、そして彼岸へ導く。
その役目を、今こそ果たすときだ。
「仁兵衛どの……」
新右衛門は一歩、灯籠へと踏み出した。
風が凪ぎ、灯籠の火が一瞬だけ高く燃え上がる。
そして――焔陰が抜かれた。
刃は、淡い光を放っていた。
その光はまるで、灯籠火そのものが刀に宿ったようで、周囲の闇をやさしく押し返していた。
「これで、お別れです」
新右衛門はそう言い、刀を振るった。
刃は、炎を断たず、ただ空気をなぞるようにして、霊の想念の中を滑った。
その瞬間、仁兵衛の姿がふっと揺らぎ、微笑みを浮かべたかに見えた。
「……おはる、幸せになれ」
そう言い残し、霊は静かに昇天した。
灯籠の火が、音もなく消えた。
周囲に広がっていた微かな霊気も、ふっと解き放たれるように消えていく。
その静寂の中、おせんがそっと口を開いた。
「……今、火が祈りに戻った。もう、ここに残る想念はないわ」
道明も頷く。「あれは、霊であって、呪いではなかった。だが、もし導けずにいたなら……災いとなっていた」
おはるは、まだ涙を流していた。だがその顔には、苦しみだけでなく、どこか安堵の色も浮かんでいた。
「……ありがと、ございます……」
新右衛門は焔陰を納め、そっと息を吐いた。
遠くで、川がさらさらと音を立てて流れていた。
その流れは、まるですべての哀しみを洗い流すように、夜の空気を静かに揺らしていた。
夜は深く、だが澄んでいた。
灯籠がひとつ、まだ流れずに岸辺に留まっていた。
それを見つけたおせんが、そっと拾い上げ、手のひらに包み込んだ。
「……これは、おはるさんに渡しておくわ」
新右衛門はその横顔を見つめた。
「……ありがとう」
「いいのよ。これは願いを閉じ込めるものじゃなくて、送り届けるためのものなんだから」
夜風が川面を渡り、流れの音に溶けていく。
すべてが、静かだった。
そして、新たな朝が遠くに近づいていた。
その火は、まるで見送られるのを待つかのように、揺らぎもせずにそこに在り続けていた。
榊原新右衛門は焔陰の柄に手を添えたまま、じっとその炎を見つめていた。灯籠の中に漂う微かな霊気は、かつてのように禍々しくもなく、ただ深い哀しみと、名残惜しさに満ちていた。
おせんと道明は少し後ろに控えていた。おせんは目を伏せ、道明は黙って手に霊符を構えている。
「……焔陰が共鳴を始めたな」
道明の低い声に、新右衛門は頷いた。
刀の中に宿る想念が、灯籠の火と呼応している。それは、あの日お蓮を送ったときと同じ感覚だった。
だが、今回は異なる。
目の前にいるのは、ただの怨霊ではない。父として、職人として、生き、そして焼かれて死んだ仁兵衛。
灯籠の火の中に、仁兵衛の姿がまた浮かび上がっていた。炎に焼かれたはずの身体は、幽かな光と煙に包まれ、まるで川の底からゆらりと浮かび上がるようだった。
「……おはる、もう泣くな」
その声は、どこか懐かしく、優しかった。
おはるは道明の背後にいた。灯籠に向かって手を伸ばしかけるも、その手は震えていた。
「父さん……」
新右衛門は、焔陰の柄を握りしめた。
刀が、応じている。
「斬るとは、消すことではない」
心の中でそう呟いた。
この刀ができたときから、それは決まっていた。斬ることで、霊の想念を受け止め、受け継ぎ、そして彼岸へ導く。
その役目を、今こそ果たすときだ。
「仁兵衛どの……」
新右衛門は一歩、灯籠へと踏み出した。
風が凪ぎ、灯籠の火が一瞬だけ高く燃え上がる。
そして――焔陰が抜かれた。
刃は、淡い光を放っていた。
その光はまるで、灯籠火そのものが刀に宿ったようで、周囲の闇をやさしく押し返していた。
「これで、お別れです」
新右衛門はそう言い、刀を振るった。
刃は、炎を断たず、ただ空気をなぞるようにして、霊の想念の中を滑った。
その瞬間、仁兵衛の姿がふっと揺らぎ、微笑みを浮かべたかに見えた。
「……おはる、幸せになれ」
そう言い残し、霊は静かに昇天した。
灯籠の火が、音もなく消えた。
周囲に広がっていた微かな霊気も、ふっと解き放たれるように消えていく。
その静寂の中、おせんがそっと口を開いた。
「……今、火が祈りに戻った。もう、ここに残る想念はないわ」
道明も頷く。「あれは、霊であって、呪いではなかった。だが、もし導けずにいたなら……災いとなっていた」
おはるは、まだ涙を流していた。だがその顔には、苦しみだけでなく、どこか安堵の色も浮かんでいた。
「……ありがと、ございます……」
新右衛門は焔陰を納め、そっと息を吐いた。
遠くで、川がさらさらと音を立てて流れていた。
その流れは、まるですべての哀しみを洗い流すように、夜の空気を静かに揺らしていた。
夜は深く、だが澄んでいた。
灯籠がひとつ、まだ流れずに岸辺に留まっていた。
それを見つけたおせんが、そっと拾い上げ、手のひらに包み込んだ。
「……これは、おはるさんに渡しておくわ」
新右衛門はその横顔を見つめた。
「……ありがとう」
「いいのよ。これは願いを閉じ込めるものじゃなくて、送り届けるためのものなんだから」
夜風が川面を渡り、流れの音に溶けていく。
すべてが、静かだった。
そして、新たな朝が遠くに近づいていた。
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