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第5章 モブ幼女と森の精霊(ブクスフィ)

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話していた怖い魔物も出てこなかったし、崖とか霧とかに遮られる事もない。
 ジローの案内に従って、私たちはブクスフィの群れを発見した。
 パッと見た感じだと、周りとあまり変わらない。大きな木があって、木々の隙間から入ってくる光も地面の草に反射している。違いと言えば少し大きな木が多いかな?ってくらい。
「ここなの?」
「波長は間違いないぞ、このあたりがブクスフィの群れで間違いない、やつ等は敢えて近づくものを脅したりする種族じゃない、森に悪さをしない限りジッと様子を黙って見ている奴等だ」
 じゃあ、もしかしたらこの目の前の木もブクスフィ?踏んでいる木の根も?
「ええと、話せるの?」
「そうだな、答えてくれるかは相手次第だ、話しかけてみれば聞こえていないって訳じゃないな」
「そっか、じゃあ、すみませ~ん」
 シーン・・・。
 もう一度。
「すみませ~ん、ブクスフィのみなさ~ん、ちょっと話がありまして~」
 シーン・・・。
 やっぱり反応なし。反応がないと、なんか声だすのがきつくなる。私自身は経験した事はないけど、クラス中に無視されたりしたら、こんな気分になるのかも。
「ねぇジロー、本当に合ってる?勘違いとかしてない?」
「失礼な奴だな、ここまで案内した我にその言い草か、後は根気よくやるしかないだろうよ」
 言うと、少し機嫌を損ねたのかジローはパッと消えてしまった。
「ああ~一人にしないでよ~」
 声をかけるが、ジローは現れない。仕方なく私は言われたとおり何度も何度もブクスフィに話しかける。
 さすがに大声で語りかけるのは辛くなったので、普通の大きさで話しかける。最初は挨拶とか、赤髪父のアルナウトさんの事を助けてほしいと話しかけていたけど、それにもまったく反応なし。
 ついには話す事もなくなってきて、私は前の世界の私自身の事を話し始めていた。
「私はこことは違う場所で学校って所に通っててね、そこで色々な勉強していたんだけど、さすがに異世界で生きてく術は学んでなくてさ、ここに来て凄いびっくりしたんだ、なにより食べ物がないし、お腹は空くし、クラクラして倒れちゃうし」
 なんか独り言で愚痴を言ってる気分になってきた。
「それにこの世界では家族が全然違くて、ご飯を食べさせてくれないの、なんとかユルヘンって子が持っていた干し豆食べてなんとかなったけど、本当にきつかったんだ~」
 そんな内容を一時間くらいもしゃべり続けただろうか。何かカサっと音がしたかと思うと、足元にオレンジ色に熟した柿みたいな物が転がっていた。それを見た瞬間におなじみのお腹の音が響く。
「食べていいのかな?」
 とか言いながら、手は自然に伸びて柿みたいな物に噛み付いていた。
 噛んだ瞬間に、ジュワッと水分が口の中に広がり、甘みが舌を刺激する。歯ごたえは梨みたいで、味は柿って感じで、この世界で一番美味しい。
「食べたら眠くなってきちゃった」
 今日は早起きだったし、起きてすぐに森歩きしたせいでお腹が落ち着いたら凄く眠気が襲ってきた。私は体力が無いほうじゃないけど、昨日の夜も妖精女王に会った夜も考えてみれば私にとってはオーバーワークだ。しっかり休むのも、その後に頑張る為には必要だよね。そんな言い訳を自分にしながら、私は近くの木に寄りかかり眠りについた。
 夢の中でなにか美味しい物を食べていたような気がする。目を覚ましたとき、口の隙間からよだれがたれていた。
「なんか、おしかったなぁ、もうちょっと長く夢見てたらお腹いっぱいに食べられたのに」
 それに、この世界の食べ物ではなく、元の世界の食べ物だった気がする。この世界で夢見るほど感動した食べ物は、さっきの柿もどき位だから、たぶん違う。
「焼肉とか、お刺身とか、ハンバーグでもいいから食べたいなぁ~」
「それはそんなに美味なるものなのかい?」
「焼肉もお刺身もすっごく美味しいよ、それにお母さんの作ったハンバーグは小さめに作ってあるせいで何個でも食べられちゃうの」
「ほほう、それは聞いたことが無いが、人の子は珍しき物を食べるのだな、我らには清々しき日の光と水があれば充分よ」
 と、ここまで話して気づく。私、誰と喋ってるんだ?寝ぼけて見えない友達でも生み出したのかな?中学もそろそろ卒業って年齢なのに今更?
「おやおや、心がいきなり乱れたの、先ほどまではあんなに穏やかに話していたのにな」
「あなたは誰?・・・ですか、もしかして神様とか」
 数日遅れで、異世界転生のチートボーナスをくれる神様が現れたのかな?
 もしボーナスくれるなら、今なら料理スキルとか欲しいかも、ハンバーグがつくれるくらいの。
「ハハハ、我々を神と呼ぶ種族もいたが、すでに絶えて久しい、人にとってはブクスフィと呼ばれる木の魔物の一種じゃよ、残念ながら我らも神は見た事が無いな」
 なんか、複数人の人が合唱で喋っているような声で、抑揚がわかり辛い
「ブクスフィさん!あ、あの数日前に私のお父さんがこのあたりで何かしませんでしたか?」
 もし何か恨みに思われる事をしていたら、私まで同罪だとか言われたくなくて少し遠まわしに探ってみる。
「数日前か、数日前にあった異変ならば、北方のウイルズ・アインが断りも無く我々の森を侵した事があったな、その際に多くの我等とウイルズ・アインが戦ったがの」
 ウイルズ・アインが何か判らないけど、それはブクスフィと敵対している生き物なんだろう。ジローから聞いた話だとブクスフィは頑固だけど、妖精女王とお友達とか言ってたし、そうなるとウイルズ・アインは悪者って事かな?でも
「そうじゃなくてですね、私の父が数日前に、このあたりで貴方達から呪いを受けたんです、なにか心当たりはありませんか?」
「人が呪いとな、今回のウイルズ・アインの侵攻はいささか狂気じみており、我等にも多数の被害が出た、無念の思いで大地に帰ることも叶わなかった我等もいただろう、そういった時に人が我等に触れれば呪いをうけるであろうな」
 なにそれ?つまり赤髪父はブクスフィとウイルズ・アインとか言う魔物同士の争いに巻き込まれ、たまたまそこに居合わせたせいで呪いを受けたってこと?
 それは運が悪いとも言えるけど、完全にとばっちりじゃない。
「それで、その呪いをかけた貴方達の仲間は今どこにいるんですか?」
 とばっちりなら、きちんと説明して呪いを解除してもらわなければならない。迷惑料も取立てたい気分だよ、まったく
「その呪いをかけた我等は、おそらく大地に返ることも出来ずに消えたであろうな、故にそなたら人に呪いをかけた我等は既にいない」
 何か言い回しが変だけど、ようするに赤髪父に呪いをかけたブクスフィはもう死んじゃっていないって事?でも呪いってかけた人が死んでしまえば解けるもんじゃないの?う~んわからん・・・。
「じゃあ、呪いは解除できないの?」
「我等がかけた呪いであるならば、解除は簡単にできる、木々の解呪と呼ばれるわれ等が作りし薬があれば、たちまちとは言わぬが、治す事ができる。」
 それを早く言いなさいよ、面倒くさい!
「治せる薬があるなら、それ、欲しいんだけど・・・」
「何故に我等が薬を、人に譲らねばならぬ?」
はぁ!何言ってんだこの木のお化け!!そっちの争いのお陰で、迷惑しているのはこっちだつーの。魔物同士の勢力争いとかどうでもいいし、巻き込まれただけだし。それなら薬くらい寄越してもいいんじゃない?
「どうゆう意味ですか、それは私に何か対価を求めてるって話ですか?!」
「その通りだ人の子よ、我らは長い生の中で、人でも獣でも魔物でも、無償で何かをすることは無かった、そなたは巻き込まれただけと言うだろうが、我らが森を徘徊している人を目こぼししているだけで、我らの庭を歩き、怪我をしたから薬を寄越せと言うは、傲慢でしかないな」
 う~ん、良くわからない。法律とかもちろん学んだことも無いから、なにが正しいとか判断がつかなくなった。
 私の主張は、魔物同士の争いにただ巻き込まれただけの父の為に薬が欲しいという事。対してブクスフィ側の主張は、人の庭=森に勝手に侵入し、放置していたら庭に合った物で怪我したので、薬を寄越せというのは傲慢であるという。森の所有権とかとか私程度が口を挟んでいい話かもわからない。
 ここは専門家に聞くしかないけど、果たして機嫌はなおっているかな。
「ねぇジロー、お願い、ちょっと助けて欲しいの・・・」
 いつもなら見えないように近くにいて、ポンっと姿を現すジローだったけど、今回は出てこない。
「ねぇ、怒らしたのたぶん私だから、謝るから、お願いジロー」
臍を曲げた猫には平身低頭するしか方法は無い。お気楽な部分もあり強い怒りを長続きさせない習性を信じて距離をおいていればそのうちに忘れて甘えてくる方法もあるけど、人の言葉を理解するケットシーのジローではその手は通じない。自分が悪いと謝るしかない。
「うるさいな~人間、勝手にブクスフィと交渉すれば良いだろう、聞いていれば割と気に入られているようであるし」
「でも、ちょっと私、この世界の常識って言うのが判らなくてね」
「ふん、話してみろ」
 私はジローに、ブクスフィとの話の流れを説明した。そして自分の違和感についても同じように伝えたところ、ジローは
「ふんっ頑固な爺にありがちな話だな、良い、今回は我が話をつけてやろう、その代わり、その方には後で一つやってもらう事が出来たぞ」
「えっと、えと、その変なお願いじゃなければ・・・」
「その様な幼女の肉体に欲など覚えぬわっ!二十年たってから申してみることだ、まったく・・・。」
 ブツブツと言いながらブクスフィの元に近寄るジロー。私にはどれがブクスフィの本体で、どのブクスフィが話していたのか判別が出来ないけど、ジローにはわかるみたいだ。なんかいやな予感がするけど、交渉内容はジローにお任せだ。不思議な生物同士、きれいに話しをまとめてくれることを祈る。
 あと、変なお願いも出来れば無い方向性でお願いしたい。
 肉欲的な云々は無いにしても、魂の半分を食わせろとか、目玉の一つも所望じゃとか言われたら嫌過ぎる。海外のその手の児童文学では、魔物とか悪魔とかと交渉して、まともに終わった話を読んだことが無い。
 体感でジローとブクスフィが交渉しはじめて、二十分位。身じろぎもせずにポツンと立っていたら、交渉が終わったのかジローが空中をふよふよと浮きながら戻ってきた。
「どうだった?」
「当たり前だが交渉は成立、薬もしっかりとせしめてきたぞ」
 見るとジローの首元にペンダントの形で小瓶が有り、その中で黄色い液体が光っていた。蜂蜜に光を当てているみたい・・・。
「ありがと~ジロ~!」
 いつかの様に全身で感謝を表そうと、ジローに飛びつくが、彼は照れ屋なのかふいっと空中で姿勢を換えて避けてしまう。
「礼はよい、それとこれからの話だが、もちろんお前にも手伝ってもらう事があるぞ」
「ふぇ?私が?」
 無能力で非力で、特に出来ることの少ない私が手伝う事ってなんだろう?小石の的当てゲームとかだったら自信あるけど。
「ああ、それと我にも報酬をよこすようにな、忘れてはおらぬぞ」
 報酬とか言われても渡せるものなんか何も無い。齢七歳にして借金生活の始まりだろうか?手伝いに報酬、なんかとんでもないことになってきた。
大丈夫か、私?・・・。
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